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四ノ章乃肆

 化物に変化した慎二しんじは無数の触手を足として持っていた。その上に、人の上半身を思わせる体が乗っている。体はすべて赤い鱗に覆われており、詰物をしたように筋肉で膨れ上がった剛腕がついていた。

 腹部に当たる部分に、深紅に光る八面体のクリスタルが見えた。そこから根のようなものが伸びて、化物の体にもぐり込んでいる。首が長くその先についた顔は爬虫類を思わせるつくりだった。

「よっほど憎まれてやがんだな。ありゃ、お前への憎しみが具現化したんだぜ」

 京也きょうやの横に伸びた影の中から、SF映画に出て来る人型ロボットのようなものが現われた。

牙影がえい〉だ。

「何をしに出てきた」

「つれねェなァ、おい。あそこまで具現化しちまうと、ちょっとやっかいだな」

「手出しは無用だ」

 〈牙影〉は肩をすくめる。

「へいへい。せいぜいがんばりな。危なくなったらこの前みてェに助けてやるよ」

「死ネ!」

 変わり果てた姿の慎二が動いた。触手が京也を捕らえようと伸びて来る。京也はそれを横に跳んで躱した。

 とばっちりをうけないよう、〈牙影〉は影に潜って別の場所に移動する。

 京也は慎二に向かって疾った。再び触手が襲って来る。鞭のようにしなりながら、複数の触手が一斉に京也を目指す。京也はそれをすべて紙一重で躱した。京也のその動きは緩やかに見えて鋭い。

 相手のふところへ入り込んだ京也が、慎二の体に向かって拳を放つ。拳は微かな燐光を纏っていた。それが全身を覆う鱗にぶつかる。

 と、同時に化物の腹部にあるクリスタルが光った。

「くっ!」

 鉄板を叩いたような衝撃が返ってきた。

「無駄ダヨ。僕ハ強インダ」

 一瞬怯んだ京也の左から慎二の拳が襲ってきた。丸太のような筋肉質の剛腕が、人の頭ほどもある拳に強大な破壊力を与えている。

 避けるのが間に合わないと悟った京也はとっさに腕を交差して防御をする。だが、防御ごと京也は吹き飛ばされた。

 地面を転がりながら衝撃を殺すと、京也はすばやく立ち上がった。そして間髪をいれずにその場から跳びのく。刹那、触手が京也のいた場所を薙いだ。

 京也の着地地点を狙って慎二は触手で攻撃を繰り返す。京也は触手が達する前に跳びのいて躱してゆく。そうして避けながら、京也は次第に慎二に近づいていった。

 横薙ぎに襲ってきた触手を京也は上に跳んで避けた。そして空中で体をひねり、氣をのせた蹴りを化物の顔に叩き込む。

 またも腹部のクリスタルが輝き、蹴り込んだ姿勢のまま京也の動きが止まった。その隙に、慎二は京也をはたき落す。

「がはっ」

 京也は地面に叩きつけられた。

「ダカラ無駄ナンダッテ」

 倒れている京也を慎二が掴もうとする。手の影が京也を覆った。その瞬間、京也の姿は地面に吸いこまれるように消える。

「!?」

「ったく、遠慮してどうするよ」

 背後から聞こえた声に驚いて慎二が振り向く。巨体となった慎二の生み出す影の中に。

〈牙影〉と京也が立っていた。

「余計なことをするな」

「オレに手を出されるのが嫌なら、とっととケリつけろよ。見てらんねェぜ。狙う場所、分かってんだろうが。きっちり核を狙えばあの坊やまで死にゃしねェよ」

 それには答えず京也が動く。慎二は巨体に似合わぬスピードで振り向いた。

 京也は鋭い踏み込みから右半身へと転身する。そのまま内氣をのせた右拳を突き上げるように出す。燐光を纏った拳は化物と化した慎二の腹部を突いた。そこに埋まっている深紅のクリスタルを。

 今までになく強い光がクリスタルから発せられる。

 そして拳とクリスタルが触れた瞬間、京也は強い波動を感じた。慎二の持つ憎悪とは違う、もっと冷たい、人間のものとは違う異質な波動。それに混じってイメージが流れ込んで来る。

 黒いコートの男。男に片腕はなく、整った顔立ちの片目もつぶれている。残った瞳の色は赤――

「こいつは!」

 京也が驚きの表情を浮かべた。氣が乱れ力のバランスが崩れる。京也に不利な方へと。京也の体が僅かによろめいた。

 慎二はその瞬間を見逃さなかった。触手を使い、京也の体を巻き込んだ。腕に、足に、胴に、首に触手を絡みつけて京也の自由を奪う。

「あの莫迦」〈牙影〉が悪態をついた。「なに気ィ抜いてやがる!」

「〈牙影〉、くるな!」

 動こうとした〈牙影〉を京也の一喝が止めた。

「助けはいらない」

 鋭く真剣な京也の声。〈牙影〉と京也の視線が交差する。

「……十秒だけ待ってやる」

 〈牙影〉は京也を睨んだまま言った。

「捕マエタ。コレデ終ワリダ」

「ぐはっ」

 強い力で京也の体が締めつけられる。身動きのとれない彼に、触手はふりほどけない。

「コレデ芹沢セリサワ先輩ハ僕ノモノダ」

 胴と首の締めつけが京也の意識を奪おうとしていた。

(……雪葉)

 京也は雪葉の顔を思い浮かべる。

 笑った顔、怒った顔、困った顔。そして泣いた顔。気づけばいつも京也は雪葉の側にいた。彼女が自分以外の男の子とつき合っていると知ってもショックはなかった。京也にとっても、雪葉は仲のよい幼なじみでしかなかったはずだ。なのに、自分はいつから雪葉を意識し始めたのだろうか。

 それは随分と前のことのように思えるし、つい最近のことのようにも思えた。そのとき自分はなにか大事な約束をしたのではなかったのか。その瞬間から、京也にとって雪葉は大事な存在にったのではなかったのか。

 その約束は――

(そうか……こんな大事なこと忘れてたなんて、雪葉に怒られるな)

 薄れかけた京也の意識が再び強さを取り戻す。

(悪いけど)

 京也は意識を集中した。残った内氣を循環させて、大きな氣のうねりを作り上げる。燐光が京也の体を覆った。

(雪葉を――)

「――お前に渡すわけにはいかない!」

 練り込んだ氣を、京也は爆発的に膨らませた。

「グア!」

 氣が物理的な圧力となって爆ぜた。京也の自由を奪っていた触手が千切れ飛ぶ。

 解放された京也は、地面に足をつけるとすばやく呼吸を整えた。吸気と共に外氣を取り込み丹田へと送りこむ。そのまま氣を循環させて、京也は氣を練り込んだ。

「芹沢先輩ハ、僕ノモノダ!」

 慎二は被せるような感じで、京也の頭部を狙って拳を打ち込んだ。

 京也は氣をのせた腕のひと振りでそれを受け流す。そして流れるように爪先から踏み込んた。次いでねじり込む形で踵を地面に着けると、同時に捻った体から拳を腹部にあるクリスタルへと突き上げた。

 クリスタルが発光する。練り込まれた氣を纏った拳が、クリスタルに負けない光を放った。

「ガァァァァァァ!」

 僅かな抵抗を見せたのち、クリスタルは砕け散った。

 同時に化物となった慎二の体にも亀裂が生まれた。見るまに亀裂の数は増えてゆき、化物の体は破片となって崩れる。

 破片の内部からもとの姿の慎二が現われる。そのまま倒れようとした慎二を、京也が抱き止めた。

「――芹沢……先…輩」

 意識を失う寸前、慎二は呟いた。

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