目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
四ノ章乃参

 音楽室や美術室などの特別教室を集めた特別棟の屋上は、教育棟とは違って訪れる生徒は少ない。放課後なら吹奏楽部の部員が練習場所として使うこともあるが、昼休憩に生徒がやってくることはほとんどなかった。

 京也きょうやは屋上の入り口を開けて陽光の下へとその姿をさらした。

「……待ったかな?」

「いいえ。遊び相手がいましたから」

 屋上のほぼ中央に、慎二しんじが立っていた。その向こうのフェンスにもたれかかるようにして四人倒れている。西條さいじょうの取り巻きたちだ。

「僕ね。前はこいつらにいじめられてたんです。この場所で」

 もの問いたげな京也の視線を受けて、慎二が答えた。四人を見る慎二の瞳は赤い。

「それで復讐を?」

「復讐? 僕が?」慎二は鼻で笑った。「こいつらがちょっかいかけてきたんですよ。僕は降りかかる火の粉を払っただけです。ああ、ご心配なく。死んでませんよ。死んだっていいようなゴミですけどね」

「そういう考え方は、雪葉好みじゃないな」

 京也の言葉に、慎二の表情が険しくなる。

「僕が、芹沢せりさわ先輩にふさわしくないと?」

「そこまでは言っていない。ただ、君の考え方は雪葉ゆきはとは合わない。あいつは人が死ぬことなんか望んでいない」

「そういう自分はどうなんですか! 自分は芹沢先輩にふさわしいと思うんですか?」

 むきになった子供の表情で、慎二は言う。京也はそれを無表情に見返している。

「俺には分からないな」

「なら、僕が教えてあげますよ。あなたは芹沢先輩にふさわしくない」

 ふと、京也が表情を和らげた。それを見て慎二は眉をしかめる。

「……そうかもしれない」京也は自嘲めいた笑いを浮かべる。「俺はあいつにふさわしくないのかもな。だが、君に雪葉を任せるわけにはいかない」

「決めるのはあなたじゃない!」

 慎二は視線の〝力〟を最大にして京也へと放つ。〝力〟は不可視の槍となって潜り込み、相手の精神を破壊する――はずだった。

 だが〝力〟が京也を貫く寸前、見えない壁に遮られ消えてしまった。

「悪いが、その程度の攻撃じゃ俺には通用しない」

「……あなたは僕が〝力〟を使うのを知ってるみたいだ。驚きもしない。いったい、何者なんですか?」

「そう言えば答える約束だったな。この世には〈世界法則プロヴィデンス〉と呼ばれる不文律を無視して世界に干渉を行う〈魔〉という存在がいる。例えば君にその力を与えた奴のように。それを祓うのが俺のような護法師ごほうしだ……といったら信じるか?」

 京也は口だけで笑ってみせた。

「護法師……以前の僕なら信じなかったでしょうね。そんな〈魔〉だの、護法師だのなんて。でも、今は違う。僕は〝力〟を貰ったから」

「そうか。なら俺からの質問だ。君が使うその〝力〟は誰に貰った?」

「そんなこと知ってどうするんです?」

「祓う。それが俺たちの仕事だ」

「……駄目です」

「?」

「それはできません。あなたには、ここで死んで貰わないといけない」

 慎二は決意を込めた視線で京也を睨む。

「〝力〟を貰ったお礼か?」

「違いますよ。芹沢先輩のためです。あなたがいるかぎり、芹沢先輩はずっと苦しむことになる。あなたじゃだめなんです。あなたがいたらだめなんです」

 熱に浮かされたように慎二は言った。

「……さっきも言ったが、君に雪葉を任せるわけにはいかない。〈魔〉にとり憑かれて浮かれるような奴には」

「あなたにそんなことを言う権利はない」

「あるさ。俺はあいつの幼なじみだからな」

 京也を見る慎二の顔が歪む。

「そんなに偉いのか」慎二は呟く。「僕より出会ったのが早かっただけで、たったそれだけで、あなたに決める権利があるのか?」

 慎二は京也を睨みつける。その表情は憎悪というより泣き顔に近かった。

「ふざけるな! あなたは芹沢先輩を大切にしない。芹沢先輩がどんな気持ちでいるのか知ろうとしない!

 でも僕は違う。芹沢先輩を絶対大事にする。あなたみたいにはならない!」

 慎二は再び〝力〟を放った。だが、結果は同じだった。どんなに視線〝力〟を込めようとも、京也には届かない。

「君の〝力〟では俺は倒せない。諦めろ。俺も普通の人間を傷つけたくはない」

「莫迦にするな!」

 慎二は激昂した。

(くそ! くそ! くそ! くそ! なぜだ。なぜ〝力〟が通じないんだ! 僕は強くなったんだ。相川も西條も、僕にかなわなかったじゃないか!)

 心の中で、慎二は叫び続ける。

(こいつを倒すんだ。こいつがいる限り僕は、芹沢先輩を――!)

 京也に対する憎悪が、その大きさを増した。どす黒い炎となり、慎二の心を焦がす。

(熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い)

 胸が熱い。焼けるようだ。

 慎二の意識はたった一つの感情に支配されようとしていた。それは憎悪。

 彼の意識が憎悪で塗り替えられた瞬間、慎二の胸の部分から深紅の染みがが広がりだした。質量を持った煙のようなそれは、慎二の全身を包み始める。

 数瞬の後、小柄な慎二の体は大きな化物へと変化していた。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?