音楽室や美術室などの特別教室を集めた特別棟の屋上は、教育棟とは違って訪れる生徒は少ない。放課後なら吹奏楽部の部員が練習場所として使うこともあるが、昼休憩に生徒がやってくることはほとんどなかった。
「……待ったかな?」
「いいえ。遊び相手がいましたから」
屋上のほぼ中央に、
「僕ね。前はこいつらにいじめられてたんです。この場所で」
もの問いたげな京也の視線を受けて、慎二が答えた。四人を見る慎二の瞳は赤い。
「それで復讐を?」
「復讐? 僕が?」慎二は鼻で笑った。「こいつらがちょっかいかけてきたんですよ。僕は降りかかる火の粉を払っただけです。ああ、ご心配なく。死んでませんよ。死んだっていいようなゴミですけどね」
「そういう考え方は、雪葉好みじゃないな」
京也の言葉に、慎二の表情が険しくなる。
「僕が、
「そこまでは言っていない。ただ、君の考え方は
「そういう自分はどうなんですか! 自分は芹沢先輩にふさわしいと思うんですか?」
むきになった子供の表情で、慎二は言う。京也はそれを無表情に見返している。
「俺には分からないな」
「なら、僕が教えてあげますよ。あなたは芹沢先輩にふさわしくない」
ふと、京也が表情を和らげた。それを見て慎二は眉をしかめる。
「……そうかもしれない」京也は自嘲めいた笑いを浮かべる。「俺はあいつにふさわしくないのかもな。だが、君に雪葉を任せるわけにはいかない」
「決めるのはあなたじゃない!」
慎二は視線の〝力〟を最大にして京也へと放つ。〝力〟は不可視の槍となって潜り込み、相手の精神を破壊する――はずだった。
だが〝力〟が京也を貫く寸前、見えない壁に遮られ消えてしまった。
「悪いが、その程度の攻撃じゃ俺には通用しない」
「……あなたは僕が〝力〟を使うのを知ってるみたいだ。驚きもしない。いったい、何者なんですか?」
「そう言えば答える約束だったな。この世には〈
京也は口だけで笑ってみせた。
「護法師……以前の僕なら信じなかったでしょうね。そんな〈魔〉だの、護法師だのなんて。でも、今は違う。僕は〝力〟を貰ったから」
「そうか。なら俺からの質問だ。君が使うその〝力〟は誰に貰った?」
「そんなこと知ってどうするんです?」
「祓う。それが俺たちの仕事だ」
「……駄目です」
「?」
「それはできません。あなたには、ここで死んで貰わないといけない」
慎二は決意を込めた視線で京也を睨む。
「〝力〟を貰ったお礼か?」
「違いますよ。芹沢先輩のためです。あなたがいるかぎり、芹沢先輩はずっと苦しむことになる。あなたじゃだめなんです。あなたがいたらだめなんです」
熱に浮かされたように慎二は言った。
「……さっきも言ったが、君に雪葉を任せるわけにはいかない。〈魔〉にとり憑かれて浮かれるような奴には」
「あなたにそんなことを言う権利はない」
「あるさ。俺はあいつの幼なじみだからな」
京也を見る慎二の顔が歪む。
「そんなに偉いのか」慎二は呟く。「僕より出会ったのが早かっただけで、たったそれだけで、あなたに決める権利があるのか?」
慎二は京也を睨みつける。その表情は憎悪というより泣き顔に近かった。
「ふざけるな! あなたは芹沢先輩を大切にしない。芹沢先輩がどんな気持ちでいるのか知ろうとしない!
でも僕は違う。芹沢先輩を絶対大事にする。あなたみたいにはならない!」
慎二は再び〝力〟を放った。だが、結果は同じだった。どんなに視線〝力〟を込めようとも、京也には届かない。
「君の〝力〟では俺は倒せない。諦めろ。俺も普通の人間を傷つけたくはない」
「莫迦にするな!」
慎二は激昂した。
(くそ! くそ! くそ! くそ! なぜだ。なぜ〝力〟が通じないんだ! 僕は強くなったんだ。相川も西條も、僕にかなわなかったじゃないか!)
心の中で、慎二は叫び続ける。
(こいつを倒すんだ。こいつがいる限り僕は、芹沢先輩を――!)
京也に対する憎悪が、その大きさを増した。どす黒い炎となり、慎二の心を焦がす。
(熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い)
胸が熱い。焼けるようだ。
慎二の意識はたった一つの感情に支配されようとしていた。それは憎悪。
彼の意識が憎悪で塗り替えられた瞬間、慎二の胸の部分から深紅の染みがが広がりだした。質量を持った煙のようなそれは、慎二の全身を包み始める。
数瞬の後、小柄な慎二の体は大きな化物へと変化していた。