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四ノ章乃弐

(ふざけやがって)

 慎二しんじは心の中で悪態をついた。

(負けるものか。絶対に負けない。あんな奴、芹沢先輩にふさわしくない)

 ――そうさ。やつはあの女にふさわしくない。ふさわしいのはお前だよ。

(そうだ、僕こそがふさわしい)

 〝声〟が囁く。限りなく自分の声に似た、誰かの〝声〟。

(あんな奴には負けない)

 ――負けやしないさ。お前は強い。

(でも……)

 ――何を迷うことがある。

(あいつ、〝力〟のことを知っていた)

 ――そんなのはったりだ。

(そうかな)

 ――そうさ。だいいち知ってるからどうした。

(…………)

 ――ただの人間に何ができる。

(もしかしたら、向こうも〝力〟をもってるのかも?)

 ――大丈夫。お前は強い。強くなったんだ。

 〝声〟との会話を続けながら慎二は校舎に入って行く。途中、五人組とすれ違ったことに気づかない。その五人が自分を追いかけて来たことにも。 

 教室まであと少しのところで、慎二は囲まれてしまう。

時田ときた。久し振りだなァ。相川あいかわの野郎、もうお前のことなんか知らねェってよ」

 背も高くがっしりとした少年が、慎二の前に立ちはだかった。その顔に浮かぶのは嘲りか。

「…………」

 それを慎二は面倒臭そうに見る。少年はそんな慎二の態度に表情を変えた。嘲りから怒りへと。

「お前さァ、いつからそんな態度とれるようになったわけ?」

「……昨日の今日で、ずいぶんと対応が早いよね。暇人が」慎二が呟く。

「あン? 何か言ったかァ?」

 慎二はその少年を無視して進もうとした。少年は慎二の肩を掴んで押し戻す。

「シカトたァ、いい度胸じゃねェか。ちょっとこっちこいよ」

 そのまま引っ張ろうとした少年の手を、慎二は肩からはたき落した。

「手前ェ!」

「……西條さいじょう君、僕はいま機嫌が悪いんだ」

「!?」

 大柄な少年――西條の動きがが止まった。取り囲んでいる四人の生徒たちが互いに顔を見合わせる。

「あはははははは!」

 西條たちが爆笑する。

「機嫌が悪いだ? だからどうしたよ、タァーコ。手前ェの機嫌なんざ、関係ねーんだよ」

 西條は再び慎二の肩を掴んだ。

「しつこいぞ」

 慎二の声に、怒気がこもった。自分より背の高い西條を威圧するように睨む。

「はっ、なにが『しつこいぞ』だ。手前ェが凄んでも、全然怖かねーんだよ」

 西條は、慎二のそんな様子を気にもとめていないようだった。

「失せろ、下衆が」

 慎二の瞳が深紅へと変わる。そしてそのまま〝力〟を西條へと叩きつけた。

 感電でもしたかのように西條がのけ反った。そしてすぐにその場に膝をつく。呆然とした表情で、慎二を見ている。その目はどこか虚ろだ。

「西條!」

「時田、何しやがった!?」

 取り巻きたちが色めき立った。慎二は鬱陶しそうに回りを見る。そして無差別に回りへと〝力〟を放とうとした瞬間――

「こら、何をしている!」

 教師の一喝が聞こえた。

「ちっ、覚えてろよ!」

 西條を抱え、少年たちは去っていった。

「時田、何があった?」

 教師がやってきて慎二に詰問する。

「なんでもありません」慎二はうつむく。

「本当か? 正直に言ってくれ。先生、相談に乗るぞ」

 声は確かに心配そうだった。だが慎二を見る教師の瞳には、やっかいごとはごめんだという意識がありありと出ていた。

 向けられた視線からそれを感じ取り、慎二はうつむいたままため息をつく。

「本当になんでもありません。西條君と話していたら、貧血を起こしたみたいで」

「そ、そうか。ならいんだ」

 教師はそそくさと教室へと入っていった。それっきり、慎二のことなど見向きもせずに。

「みんな、下衆だ」

 深紅の瞳のまま慎二は呟いた。

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