(ふざけやがって)
(負けるものか。絶対に負けない。あんな奴、芹沢先輩にふさわしくない)
――そうさ。やつはあの女にふさわしくない。ふさわしいのはお前だよ。
(そうだ、僕こそがふさわしい)
〝声〟が囁く。限りなく自分の声に似た、誰かの〝声〟。
(あんな奴には負けない)
――負けやしないさ。お前は強い。
(でも……)
――何を迷うことがある。
(あいつ、〝力〟のことを知っていた)
――そんなのはったりだ。
(そうかな)
――そうさ。だいいち知ってるからどうした。
(…………)
――ただの人間に何ができる。
(もしかしたら、向こうも〝力〟をもってるのかも?)
――大丈夫。お前は強い。強くなったんだ。
〝声〟との会話を続けながら慎二は校舎に入って行く。途中、五人組とすれ違ったことに気づかない。その五人が自分を追いかけて来たことにも。
教室まであと少しのところで、慎二は囲まれてしまう。
「
背も高くがっしりとした少年が、慎二の前に立ちはだかった。その顔に浮かぶのは嘲りか。
「…………」
それを慎二は面倒臭そうに見る。少年はそんな慎二の態度に表情を変えた。嘲りから怒りへと。
「お前さァ、いつからそんな態度とれるようになったわけ?」
「……昨日の今日で、ずいぶんと対応が早いよね。暇人が」慎二が呟く。
「あン? 何か言ったかァ?」
慎二はその少年を無視して進もうとした。少年は慎二の肩を掴んで押し戻す。
「シカトたァ、いい度胸じゃねェか。ちょっとこっちこいよ」
そのまま引っ張ろうとした少年の手を、慎二は肩からはたき落した。
「手前ェ!」
「……
「!?」
大柄な少年――西條の動きがが止まった。取り囲んでいる四人の生徒たちが互いに顔を見合わせる。
「あはははははは!」
西條たちが爆笑する。
「機嫌が悪いだ? だからどうしたよ、タァーコ。手前ェの機嫌なんざ、関係ねーんだよ」
西條は再び慎二の肩を掴んだ。
「しつこいぞ」
慎二の声に、怒気がこもった。自分より背の高い西條を威圧するように睨む。
「はっ、なにが『しつこいぞ』だ。手前ェが凄んでも、全然怖かねーんだよ」
西條は、慎二のそんな様子を気にもとめていないようだった。
「失せろ、下衆が」
慎二の瞳が深紅へと変わる。そしてそのまま〝力〟を西條へと叩きつけた。
感電でもしたかのように西條がのけ反った。そしてすぐにその場に膝をつく。呆然とした表情で、慎二を見ている。その目はどこか虚ろだ。
「西條!」
「時田、何しやがった!?」
取り巻きたちが色めき立った。慎二は鬱陶しそうに回りを見る。そして無差別に回りへと〝力〟を放とうとした瞬間――
「こら、何をしている!」
教師の一喝が聞こえた。
「ちっ、覚えてろよ!」
西條を抱え、少年たちは去っていった。
「時田、何があった?」
教師がやってきて慎二に詰問する。
「なんでもありません」慎二はうつむく。
「本当か? 正直に言ってくれ。先生、相談に乗るぞ」
声は確かに心配そうだった。だが慎二を見る教師の瞳には、やっかいごとはごめんだという意識がありありと出ていた。
向けられた視線からそれを感じ取り、慎二はうつむいたままため息をつく。
「本当になんでもありません。西條君と話していたら、貧血を起こしたみたいで」
「そ、そうか。ならいんだ」
教師はそそくさと教室へと入っていった。それっきり、慎二のことなど見向きもせずに。
「みんな、下衆だ」
深紅の瞳のまま慎二は呟いた。