いつもと変わらない朝。
いつものように坂を登れば学校があり、坂道は登校する生徒たちで溢れていた。なんの変哲もない、ありふれた日常の繰り返し。多くの生徒たちとっては、本当に何も変わらない日常の始まりだった。
そんな生徒たちの中を、
今朝は一人で起きたし、こうやって遅刻もせずに登校している。雪葉がいなくても普通の生活を送るのになんの支障もない。だが……。
京也は何か足りない気がしていた。雪葉がいないことで、自分の一部が欠けた気がした。
京也とていつも雪葉と一緒にいるわけではない。学校に来ればそれぞれの友達がいるし、つきあいがある。休日だって一緒に遊ぶことなど希だ。必ず二人が一緒にいる時間というのは、実のところ登校時間くらい。むしろ一緒にいない時間の方が多いのだ。
だが改めて雪葉の姿が自分の横にないと感じたとき、京也は寂しさを覚えるのだ。
――自分の心まで縛られるいわれはないんやぞ。
と、京也は自分の進路を遮るように現われた人影に気づいた。
「…………」
「今日は
足を止めた京也を見て、
「まだ、仲直りしていないんでしょ? 先輩、すごく怒ってましたから」
「……仲直りしていないのは事実だが、雪葉と一緒じゃないのは、君の考えてる理由からじゃない。あいつは今日は来ないよ」
「? 先輩に何かあったんですか? まさか、あなたが……」
「さてね。君の方がよく知っているんじゃないのか?」
昨晩、京也に蒼一郎は言った。慎二が雪葉に精神的な干渉をしかけていたと。ならば挑発して出方を見るか。そう考え、京也はわざと意地の悪い笑みを浮かべてみせる。
慎二の顔が一瞬ひきつった。
「なんのことですか?」
「昨日、君が雪葉にしようとしたことだよ」
京也の目がすっと細くなる。自然と視線が鋭くなった。いつも雪葉のそばにいるときとは違う京也の表情。護法師としての顔だ。
その雰囲気に圧倒され、慎二は目を逸らしてしまった。が、ハッとなってすぐに視線を京也に戻す。
以前の自分を思い出して、慎二の顔が恥辱に歪んだ。自分は変わったのではなかったのか。もう、決して強いものの言いなりなどならないのだ。変えるのだ。
京也への憎悪が沸き上がってきた。それは嫉妬と京也の前で恥辱を感じてしまったことに対する怒りが入り混じったものだった。
見つめる慎二の瞳が深紅へと変わってゆく。視線に力を込め、京也を睨みつける。
「おいおい。こんな場所で何をする気だ? 俺たちだけじゃないんだぞ」
「……!」
京也の言葉で、慎二は我に返った。
「その変な〝力〟を使いたいんなら、場所を選んだ方がいいと思うけど?」
「…………あなたは、いったい」
誰にも知られていないはずの〝力〟のことを言われ、慎二は動揺した。
そして気づく。京也は慎二が雪葉にしようとしたことをなぜか知っているのだと。雪葉から聞いたのかもしれないという思いが、一瞬浮かぶ。
二人は仲直りしたのだ。京也の挑発は慎二の被害妄想を誘った。
慎二は京也を睨み付ける。
「怖い顔だな。知りたければ教えてやるよ。ただし、ここでは駄目だ。時間と場所を指定してくれ」
挑戦的な笑みを京也は浮かべた。それを見て、慎二がむっとした表情になる。
「……昼休憩、特別棟の屋上で待ってます」
はき捨てるように言って、慎二は去っていった。
「オイオイ、急展開ってやつか」
京也の濃くなった影から声が聞こえた。
それに答えることなく、京也は鋭い視線のまま慎二の後ろ姿を見つめていた。