「なんや、デートの邪魔したみたいで悪かったな」
「そんな、デートなんかじゃないです」
慌てた様子で雪葉が言う。両手を軽く挙げて否定して見せる。
「せやけど、じーと見つめ
「!」
からかうように、蒼一郎は言った。
雪葉は慎二に告白されたことを思い出し、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
「蒼一郎」
鈴音の咎めるような声。その時初めて、雪葉は
鈴音の美しさに同姓であるはずの雪葉も思わず見惚れてしまった。
黒い艶やかな長髪と、透けるように白い肌とのコントラストが印象的だった。上品な雰囲気の美女だ。
「おう。そう言や嬢ちゃんは初めてやったな。こいつがワイの助手の鈴音や」
鈴音が軽く頭を下げた。その動作は雰囲気から想像した通り、優雅だった。
「雪葉です」
鈴音の上品さに圧倒されるように雪葉も立ち上がって会釈を返す。
「あ、よかったらこの席使ってください」
「ホンマか。嬢ちゃん、悪いなぁ」
「すみません」と鈴音。
にっこり笑って蒼一郎が席に座る。それに続いて鈴音も座った。
「この前のお返しです」
そう言って雪葉は笑顔を返す。彼女は日曜日にマクドナルドで席を譲ってもらったことを思い出していた。
そして蒼一郎が置いたトレイを見て笑顔が固まる。
「…………」
「ワイな、甘党やねん」
雪葉の視線に気づいて蒼一郎が言う。トレイには色々な種類のドーナッツが山盛りになって置いてあった。しかも甘い種類のドーナッツばかりだ。
蒼一郎は嬉しそうに、ドーナッツ一つをとって囓りついた。オールドタイプにチョコレートが乗ったドーナッツだ。
あまりに美味しそうに食べる蒼一郎に、雪葉の固まった笑顔が自然なものへと変化する。
蒼一郎は横に座った鈴音にもドーナッツを渡す。球体の繋がったドーナッツだ。鈴音はそれを受け取ると、口を小さく開けて齧りついた。
それを見て、食べ方も上品だなと雪葉は思った。
「嬢ちゃんもどうや? 遠慮せんと好きなのとり」
立ったままじっと鈴音を見つめる雪葉を見て、蒼一郎が言う。
「あ、いえ。もう帰るんでお構いなく」
見つめていたことに気づかれて雪葉は恥ずかしさに思わず顔を振る。そして自分のトレイを持ってその場を去ろうとした。
途端、目まいを起こしてぺたんと椅子に座りこんでしまう。
「大丈夫かいな?」
「あれ、どうしちゃったんだろ」
先ほどまでなんともなかったのに、足に上手く力が入らない。足だけではない。体が重くて、なんだか動くのも億劫になっていた。
風邪だろうか。でも咳は出ないし喉も大丈夫だ。お腹が痛いわけでもない。別の理由を思いついたがそれも否定する。
急な体調の変化に雪葉の頭の中が混乱していた。
「鈴音、ちょっと見たり」
「はい」
鈴音が雪葉のそばやってくる。視線を合わせて雪葉の額に手を当てた。
額から温かなものが、体の中に流れ込んで来た。その心地よさに、雪葉は思わず目を閉じる。それは額から広がって全身を包んでくれるように雪葉には感じられた。
(温かくて気持ちいい)
「ゆっくり、深呼吸をしてみてください」
雪葉は言われた通りに深呼吸をする。先ほどまで感じていた重さが心地よい気だるさへと変わっていく。自ずと呼吸もゆっくり、深いものになる。
「気分はどうですか?」
「大丈夫です。鈴音さんの手、温かくて気持ちいい」
鈴音がくすりと笑ったのが、雪葉にも分かった。
「少し疲れているんだと思います。しっかり休養してください」
鈴音の優しい声。手の温かさと相まって、雪葉の体だけでなく心もすーぅと軽くなっていく。
(声も見た目も奇麗な
ふと雪葉は思う。京也は鈴音に会ったことがあるのか分からないが、会えばきっと自分と同じように見惚れるはずだ。そこに嫉妬はなかった。でも、鈴音の十分の一でもいいから綺麗ならば……そう思う悔しさはあった。
「雪葉!?」
聞き覚えのある声がした。ついで慌てたような複数の足音。
(
目を開けるることなく雪葉は音で友人たちが帰ってきたことを知る。
心地よい暖かさに包まれながら、雪葉の意識はゆっくりと沈んでいった。