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三ノ章乃肆

「あはははは。それでご機嫌ナナメだったんだ」

 祥子しょうこの笑い声が響いた。

 放課後の美術室。雪葉ゆきは、祥子、瑞穂みずほの三人以外の姿はない。他の部員は活動を終えて帰ったか、道具の後片付けで席を外しているのだ。

「もう、祥子ってば笑い事じゃないよ。京ちゃんったら、開き直るんだもん」

「そりゃ、男としては開き直るしかないよねぇ。なンたって、隠してたエロDVD見られたンだから」瑞穂が笑いながら言った。「だいいち、隠してるの漁ったのは雪葉っしょ? そりゃあンたが悪い」

「いっつもおんなじトコに隠してる、めぐっちゃんが悪いんだよ!」

「あたしは起こす方法に問題があると思うけどなぁ」と祥子。

「そうそう。もっと他のやり方、思いつかンものかねキミは」

「う~」

 片付けを終えてからずっと三人は喋り続けている。

「ンで、その〝きょうちゃん〟はホントに巨乳好きなわけ?」

 瑞穂が興味津々といった様子で訊いてくる。

「知らないよ、そんなの!」

「でも、巨乳のDVDだったンでしょ?」

「……そうだけど」

「ンじゃ証拠は充分。巨乳好きってことでしょ? 〝迷〟探偵殿」

 そう言いながら瑞穂は雪葉の背後に回った。そして、祥子にさりげなく目配せする。祥子はそれに気づいて目だけでうなずく。

「そりゃ、タイトルにはIカップって書いてあったよ」

 雪葉はちゃっかりタイトルまで見ていた。

「だけど――きゃっ!?」

 いきなり瑞穂に背後から羽交い絞めにされ、雪葉が悲鳴を上げる。

「な? ちょっと瑞穂!」

「ふっふっふっ。すぐに済む。がまんせい」

 悪代官のようなセリフを言いながら祥子が近づいて来た。雪葉に両手ひらを向け、わきわきと動かしいている。

 その動きが何を意味するかに気づいて雪葉はばたばたと暴れた。だが、瑞穂の力は思いのほか強く簡単には外れそうになかった。

「祥子、早まらないで! こらやめろ! 変態ぃ――!」

 雪葉の抵抗もむなしく、祥子の手は彼女の膨らみを掴んだ。

「うーん。〝京ちゃん〟を虜にするには、まだまだ精進が足りんよのう」

「しょ、精進ってなによ! そんなものあるわけないじゃんか!」

 雪葉は言葉だけで、精一杯の反撃をする。

 と、美術室の引き戸が開けられた。

「うちはいつから百合の花園になったのだ?」

「部長!」

 雪葉は羽交い絞めにされ、瑞穂は雪葉を羽交い絞めにして、祥子は雪葉の胸に手を当てたまま、一斉に入り口を見た。

 そこには眼鏡をキラリと光らせた、男子生徒が立っていた。

 祥子と瑞穂は慌てて雪葉から離れる。

「続けてくれてもかまわんぞ。私は一向に気にしない。ただし、あと五分で他の部員も帰って来るから、それまでにはケリをつけるように」

「このセクハラ部長!」

 至極真面目な調子の部長――村本むらもとに対し、雪葉が抗議の声を上げた。

「失敬な。セクハラを働いたのははら君と川崎かわさき君だろう? 私に当たるのは筋違いだ」

「あ、あたしは雪葉が巨乳になりたいって言うから」と祥子。

「言ってない!」

「それに周防君って、巨乳好きらしいし」と瑞穂。

「そ、それは当たってるかもしんないけど……」

「ほほう。芹沢せりさわ君の彼氏は、巨乳好きなのかね」

 ふたたびキランと村本の眼鏡が光った。

「幼なじみ+初恋+巨乳好き。男の三大憧憬をよく理解しているではないか! 素晴らしいぞ芹沢君。君の彼氏をぜひ美術部に連れてきなさい!」

「ンなの、部長たけだって」

「何を言うかね川崎君。男は誰しも、この三大憧憬を抱くものなのだ!」

「はいはい」

 いつ持って来たのか、村本は椅子に片足を乗せ背筋をピンと伸ばして、拳を握って力説を始めた。

 他の部員たちが帰ってきた。力説する部長の後ろを何事もないかのようにぞろぞろと歩く。

「帰ろっか?」

「そうね。部長、暴走すると長いし」

「ミスドに寄ンない?」

「いーねー」

 三人はは誰からともなくうなづいた。

「芹沢先輩」

 呼ばれて雪葉は振り返る。慎二しんじがそばに立っていた。

時田ときた君?」

「途中まで、いっしょに帰りませんか?」

「え? あー。えーと」

 慎二の瞳にまっすぐ見つめられ、雪葉は戸惑った。作りものめいた冷たい印象を受けるが、奇麗な瞳だった。

 思えば、こうしてまともに慎二と目を合わせて話したことがないような気がする。いつもは慎二の方が目を合わせようとしないのだ。だが、今は雪葉の方が目を逸らしてしまいそうになる。

 雪葉の横で、祥子と瑞穂は顔を見合わせた。

「やるな、一年!」

 瑞穂が慎二の背中を叩く。慎二は思わずよろけた。

「か、川崎先輩?」

「二人が喧嘩している隙につけ入ろうとは、時田、お主も悪よのう」

 祥子はすっかり悪代官の口調が気に入ったようだった。喋りが調子づいている。

「まぁ、そんなとこです」

 よどみなく慎二が言った。その声は自信に満ちている。いつもとは違う印象の慎二に、瑞穂と祥子は言葉を失った。

「なンかずいぶんと性格が変わった気がするけど……その心意気やよし! だが障害は多いゾ」

「そうそう。まずは第一の障害として、あたしたちの審査を受けるのだ!」

「は? あの僕は……」

 慎二は間抜けな声を出した。

「というわけでこれから、四人で審査会場へGO!」

 二人ははすっかり悪ノリしていた。祥子が慎二の背中を押して外へと向かう。

「ほら、雪葉。主役が来ないで、どうすンの。早く早く」

「え? うん……って、なに勝手に決めてんのよ!」

 雪葉が慌てて言う。それを見て、瑞穂は軽く片目をつむってみせた。

「心配しなさンなって。別に周防君を差しおいて、雪葉と時田君をくっつけようってンじゃないンだから。

 さぁ、行くよ」

 ようするに、祥子と瑞穂にとっては騒ぎのネタでしかないわけだが、それはそれで雪葉だけでなく慎二にとっても迷惑だろう。

「ちょっ、ひっぱらないでってば」

 瑞穂に連れられて、雪葉は美術室を出ていった。

「……というわけだよ。だからぜひとも君の彼氏を連れてきたまえ。熱く語ろうではない……芹沢君?」

 力説を終えた村本が、ついさっきまで雪葉たちのいた場所に顔を向けた。そこには当然、彼女たちの姿はない。

「芹沢さんなら帰りましたよ」

 美術室を出ようとしていた男子部員が言った。村本を除けば、彼が部屋にいる最後の部員だ。

「部長、鍵お願いしますね」

「あ……うむ」

 誰もいなくなった美術室を見回すと、村本はいそいそと帰り支度を始めた。

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