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二ノ章乃弐

 日曜日。京也きょうや雪葉ゆきはは、繁華街にある地下アーケードを歩いていた。東西南北に伸びた大きな交差点の下を、道路と同じ十字に貫いた地下街だ。

 一本が端から端まで五百メートル続いており店舗数も多い。地上に建っているデパートや、すぐ近くのアーケード商店街にも引けを取らない多彩さだ。

 十字路の中央は簡易的なイベントスペースになっており、各種イベントが催されることも多かった。

 買物に来た割に二人とも手ぶらだった。それもそのはず。買物の主役であるはずの雪葉は商品を見ては悩み、結局なにも買わずに次の店に行くということを繰り返していたからだ。

 買い物に関しては、決断力のある雪葉にしては珍しいことだった。京也などは荷物持ちにされることを覚悟していたのに、拍子抜けしたぐらいだ。

「お前、なにも買わないのか?」

 今日何度目かの質問が、京也の口からでる。

「うるさいなぁ。バイトして貯めたお金の最後の使いどころよ。悩むに決まってるでしょ」

 雪葉はウインドウを見ながら答えた。色々と目移りしているらしい。しかも服で悩んでいるかと思えば靴を見て悩み、決まりきらないうちからバッグを見ているという一貫性のなさだ。

 京也には、雪葉が何が買いたくてここに来たのかが理解出来なかった。

「それよか俺、腹減ったんだけど」

 本能の欲求を京也は素直に口にした。スマートフォンの画面に表示される時刻はすでに午後一時を告げようとしていた。

「なに食べよっか?」

「なんでもいいよ。食えれば」

きょうちゃんって、食べ物に関しては無節操だもんね」

「好き嫌いがないと言え」

 しばらく考えた末、二人はすぐ近くのマクドナルドへと入った。注文と支払いをして受け取りを雪葉に任すと、京也は空いている席を探した。昼時なためどなかなか空いている席が見つからない。

 ふと、京也は目の端に自分の方を見ている客を認めた。そちらを向く。

 席に座っているのは、昨日と同じ格好をした蒼一郎そういちろうだった。

蒼兄そうにィ……」

 京也は蒼一郎の座っている席へと向かった。

「席を探しとるんやったらもうすぐ空くさかい、ここ使い」

 ビックマックをぱくつきながら、蒼一郎が言う。

「可愛いい娘連れとるやないか。京坊もすみにおけへんな」

「ここでなにを?」

「そんなん食事に決まっとるがな」

 京也は信用していない表情で、蒼一郎を見る。

「なんやその目。嘘やないで。まぁ、食事のついでに尾行もしとるけどな」

「……例の?」

 京也が視線だけで、店内を見回す。

「中にはおらへんで。相手かて莫迦やない。腐っても〈赤目あかめ〉の仲間や。普通の尾行しとったら、すぐに気づかれてまうわ」

 雄一郎の座っている席は窓からも遠く、入り口が見える位置でもない。店内に標的がいないのなら、雄一郎はどうやって尾行をしているのだろうか。

 京也は、鈴音すずねの姿がないことに気づいた。

「せや。鈴音が見張っとる。それでも直接ちゅうわけでもないけどな」

 問いたげな京也の視線を受けて、蒼一郎が答える。

「そのうち――」

 言いかけて、蒼一郎は口をつぐんだ。その様子を見て京也が眉をしかめる。そして蒼一郎に続きを促そうと口を開いた瞬間――

「お待たせ」

 雪葉の声が背後から聞こえた。

「あれ? 席とったんじゃなかったの?」

 京也の目の席に蒼一郎が座っているのを見て、雪葉が困ったような顔をする。手に持ったトレイには二人分のセット商品が載っていた。

「嬢ちゃん、それ置いてもええで」

 所在なさげな雪葉を見て、蒼一郎が言った。

「ワイはもうすぐ食べ終わんねん。この席使い。京坊きょうぼうもボケっと突っ立とらんと、早よ嬢ちゃんから取ったり」

「〝京坊〟? なんだ、この人京ちゃんの知り合い?」

 京也は蒼一郎を睨んだ。雪葉には、蒼一郎と京也が知人であることを隠しておくつもりだったのだ。

 雪葉は家族を除けば、おそらく一番よく京也を知っている人間だろう。だが、京也のもう一つの顔を彼女は知らない。隠してきたのだから当然だ。彼女はあくまで一般人なのだから。

 そして雪葉に限らず普通に暮らす人には、京也のもう一つの顔など理解できないだろう。

 〈世界法則プロヴィデンス〉を無視してこの世に現れる〈魔〉の存在など知らなければ、それを祓う護法師の存在も知りはしない。言ったところで誰も信じまい。なにより、普通に暮らす人間が知る必要のないことだ。

 だから、ここでは蒼一郎が席を譲ってくれるだけの気のいい他人であった方が都合がいいのだ。てっきり京也は、蒼一郎もそのつもりだと思っていた。

「……ああ」

 いまさら否定しても雪葉が変に思うだけだ。そう考えた京也はとりあえず肯定した。

「せや。京坊とは遠い親戚になんねん。まぁ、立っとくのもなんやから、座りィな」

 京也の言葉を補う形で、蒼一郎が言う。二人が親戚というのは嘘である。一応、蒼一郎にもごまかす気はあるらしい。

「遠いところにいるんで、滅多に会わないんだけどな」

 京也はとりあえず蒼一郎に合わせることにした。雪葉と二人で相席する。

「ふーん。じゃあ、会う約束かなんかしてたんだ? 言ってくれれば、買物付き合わせなかったのに」

「ちゃうちゃう。ここでうたんは、ホンマ偶然や。ワイは仕事でこの街に来てんねん」

 京也は咎めるような視線を雄一郎に向ける。何を言いだすのか全く予想できなかった。アドリブで話を合わせきる自信は、京也にはない。

 蒼一郎は京也にだけ判るように、軽くウインクしてみせる。自分に任せろということらしい。

「なんの仕事されてるんですか?」

「大きな声では言えへんけどな。これでも探偵やってんねん」

 そう言って、蒼一郎は名刺を雪葉に渡した。

「……おびかたなたんていじむしょ?」

「あ、それ〝たてわき〟って読むねん」

「へぇ、変わった名前ですね」

「珍しいやろ。なかなか一発で読まれへんけど、一度読んだらみんな覚えてくれんねんで。これでも地元じゃ、ちぃとは名が売れてるんや」

「でもなんでわざわざこの街に? 探偵って、そんなに活動範囲広いんですか?」

 名刺に書かれた住所は、この街から随分と離れている。

「まぁ、デカイとこやったら、全国規模で動くやろうけどな。うちみたいな小さいとこはせいぜい、隣の県までや。

 ただ、今回は事情が特殊でな」

「特殊? もしかして暴力団にさらわれた女の子を助けるとか?」

 そう言った雪葉の目は、少しだけ輝やいていた。探偵という職業に奇妙な偏見を持っているらしい。蒼一郎は苦笑した。

「そない危ないことやってんのは、ドラマや映画ン中だけやて。実際にあんのは、浮気調査や迷い猫探しとか地味な仕事がばっかりや。

 今回のもそうや。ただの浮気調査。調査対象が単身赴任でこの街におるから来ただけのことや。特殊言うんは大げさやったかな」

「それでわざわざ。探偵って大変なんですね」

 感心したように雪葉が言う。自分の期待したものとは違っても、雪葉は幻滅しなかったらしい。むしろ変わった話が聞けるのではないかと新たな期待を抱き、更に目を輝かしている。

 そんな雪葉に触発されたわけではないのだろうが、雄一郎もよく喋った。

 話が無難な方向で落ち着きそうなのを見て、京也は内心安堵のため息をついた。最初から計算していたわけではないだろうが、蒼一郎はうまく話を持っていっている。

 そして、蒼一郎の喋りが調子づいたのを見計らったように彼のスマートフォンが着信を告げた。

「もしもし? ああ、いまマクドにおる。奴さん動きだしたんやな? 分かった。すぐ行く」

 電話を切ると、蒼一郎は立ち上がった。

「ほな、嬢ちゃんまたな。京坊ンことしっかり面倒見たってや」

「あ、はい」

「……蒼兄ィ」

「そのうち連絡したるさかい、そン時までいい子にしとるんやで。特に、嬢ちゃんは大事にしたらなアカンで」

 京也の視線での問いかけを、蒼一郎は言葉と視線で返す。そして京也の肩を軽く叩いて蒼一郎は去っていった。

「京ちゃん、探偵なんて変わった親戚がいるんだ」

「…………」

 京也は、蒼一郎の去った後をいつまでも見続けている。

「京ちゃん?」

「え? ああ」

 京也は心ここにあらずといった様子で、雪葉の方を振り向いた。

「もう。そんなにあの人と別れたくなかったの? よっぽど仲がよかったんだ」

 雪葉の声はどこか不満そうだ。

「いや、そういうわけじゃないんだけどな」

 別れたくなかったのは本当だ。だがそれは、久々に会った親戚と話をしたいからではない。

 本音を言えば、京也は蒼一郎の後を追いたかった。だが、それはできない。昨日交わした蒼一郎との約束があるし、なにより今は雪葉が側にいる。

「まぁ、いいけどね。それよりさっさと食べよ? まだ、買物の途中だったんだから」

「お前、何か買う気あったのか?」

「あるに決まってんじゃん!」

 京也の言葉に、雪葉は思いっきりむくれた。

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