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影纏いて 魔を祓う
宮杜有天
現代ファンタジー異能バトル
2024年09月28日
公開日
82,879文字
完結
〈世界法則〉と呼ばれる、神と悪魔が世界に干渉するための不文律がある。それを無視してこの世に現れる〈魔〉。
この世界には〈魔〉を見つけ人知れず祓う、護法師という存在がいた。

十七歳の周防京也は護法師の家系に生まれ、若くしてその任に当たっていた。先代の護法師であった父親が、京也が十歳の時に〈魔〉に殺されたためだ。
父の仇である〈魔〉とまみえ仇を討つことを願い、京也は護法師として〈魔〉を祓い続けるのだった。

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※八万字ちょっとの物語。最後までお付き合い頂ければ幸いです。

序ノ章

 不夜城とは、夜であっても昼間のように明るく賑わっている場所のことをいうという。ならば、この街も不夜城といえるだろう。

 眠ることのない街。場所。そして人々。溢れんばかりの光の洪水。人類は夜を、闇を征服したかのように見える。

 だがそれは見せ掛けだけに過ぎない。たとえ陽光のもとであろうとも、闇は決してなくなることはない。それが夜ともなればならなおさらだ。光の届かない暗闇というのは必ず存在する。

 大通りから路地を一本外れたこの場所も、暗闇の支配する世界だった。

 雑居ビルの合間を縫うようにしてできた路地には、街灯が一本だけ立っていた。そのか細い明かりが回りの闇に僅かばかりの抵抗を示す。

 明かりと闇の境に、男が一人立っていた。男はほっそりした体躯で、紺色のスーツを着ていた。三十代半ばの、どこにでもいる会社員サラリーマンといった風情の男だ。

 だが、普通のサラリーマンは片腕を引き千切られることもなければ、脇腹から流れ出た血で血溜りを作ることもない。ましてやその状態で立っていることなどできないだろう。

 それに蒼白な顔ながらも浮かべた鋭い眼光は、平和ボケした人間が見せるものではなかった。

 男は、闇の中を睨んでいた。視線の先で何かが動く。

「誰もいねェよ。逃げちまったぜ」

 闇の中から声がする。

「……そうか」

 男の顔から険が消える。どことなく疲れたような表情を浮かべ、その場に膝をついた。

「そっちはどうだ?」男が言う。

「ケッ。誰に向かって言ってやがる。襲ってきた一匹は仕留めた。残りは逃げたんじゃねェのか」

 暗闇から、声の主がその姿を表した。西洋の甲胄を彷彿とさせる外見。全体的に黒く、表面には艶がある。

 だが甲胄よりも細く繊細で、顔はSF映画に出て来るロボットのようだ。

 人間の顔の条件を満たしているが目のみで口や鼻はなく、仮面をつけているような印象を与える。両目は横長の楕円で、縦に筋の入ったガラスのようなもので覆われていた。それが、仮面であるという印象に拍車をかけている。

「ざまァねェな」

 黒い甲冑もどきが喋る。

「まったくだ」

「……奴の方は?」

「私と同じ腕一本。それと右目。しばらくは活動できまいよ」

「手前ェの命と引替えにな。オレがいりゃあ、もうちっとまともにりあえたろうによ」

 その言葉に男は薄く笑った。顔はすでに血の気を失っている。地面に溜った血液の量からも、男が助からないことは明白だった。

 不思議なことに、街灯に照らされた地面に男の影はなかった。光源の具合からあって当然のはずの場所に男の影はない。昔から人間が影を失うと、それは死を意味すると言われている。その理屈から言えば男はまさに死にゆく最中なのだろう。

「……後を頼むぞ。次は息子がお前を引き継ぐ」

「おいおい。手前ェの息子って言やァ、まだガキじゃねェか。〝影喰かげぐらい〟の儀式に耐えられるわけがねェ」

「あいつが耐えられないのならば、それは仕方のないことだ。護法ごほうの任は私の代で終わる。お前も晴れて解放だ」

 冷静な男の声。すべてを悟り、運命を受け入れる者の声だ。

「……ケッ。最後まで面白くねェ野郎だ」

 甲胄もどきは男に向かって歩き出した。その姿が地面に沈んでゆく。そして完全に沈んだとき、甲胄もどきは地面に写る影となっていた。街灯の光などでは生みえない濃い影に。

 影は男との足元へと辿り着くと、甲胄のようなシルエットから普通の人間の姿へと変わった。男に影が生まれる。

「死ぬときぐらい、影がないと格好つかねェだろ」

 地面の影から声がする。

「それは素晴らしいな。いい見送りができた」

 男はおどけたように言うとその場に倒れた。目は閉じられ、呼吸は浅い。そしてすぐに呼吸は止まった。

 地面に写る影が再びその姿を変える。染みのように広がったかと思うと、今度は男の体を飲込み始めた。音もなく地面に男の死体が沈んでいく。

 十分後。酔っ払いの三人組がその路地を通った。行きつけの飲み屋からの、いつもの帰り道だ。だが、彼らは死体も血溜りも発見することはなかった。

 酔っていたからではない。

 三人が通った時、その路地には普段と変わったものなど何も存在しなかったのだ。

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