「カメどん。今日はちょいとマラソンで勝負しないかい?」
「お、お前は……うさぎくん!」
とある山。
ウサギと出会ったカメが大変濃ゆい顔になって驚きました。
カメの視線はウサギの筋骨隆々な脚に釘づけです。以前見た時よりも遥かにたくましいその足は、太さだけでも腕の二~三倍はありました。
「うっさっさ……、リベンジマッチだよカメどん」
「そんなになるまでボクと決着をつけたかったの……?」
「当然! あんな負け方じゃオイラはくやしくて仕方ないからね!」
ウサギは屈辱的な敗北を喫した日を思い出しました。
そう、彼らは以前山の上までマラソンで競い合ったウサギとカメ。その時はウサギが途中で昼寝をしてしまい、その間にカメがゴールするというやっちまった感バリバリな負け方をしたのです。
ぶっちゃければ全てウサギくん自身のせいなのですが、それはさておき彼は今日この日のために足を鍛えに鍛え、以前よりも遥かにパワーアップした脚の持ち主――超うさぎになったのです。
「そこまで言われちゃあボクも受けざるをえないね。ゴールはどうする?」
「またあの山の上がゴールだ。ただし、今度はスタート地点を離してフルマラソンにしてもらいたい」
「……正気かい?」
フルマラソン=42.195キロです。
あまりにも長すぎるその距離は、普通のカメにとっては遠いなんてものじゃありません。それはウサギであっても同様なはずですが、超ウサギとなった彼であればそんなの朝飯前。余裕と自信に満ち溢れています。
「でも、ウサギくんと走るのは楽しいからいいよ」
「さすがカメどん! よし、それじゃあ早速スタートしようじゃないか」
◆◆◆
てきぱきと準備を進めた二匹は、話を聞きつけた山の動物達に応援されながらスタートを切りました。
「ふんはぁ!!」
ウサギくんが裂帛の気合と共にロケットスタートをします。
その速度は猟師の撃った銃弾より上かもしれません。
「ひいいーーーーーはあーーーーーーーー!!」
ちょっとテンションが上がりすぎてイケナイ薬でもキメたみたいになってますが、とにかくウサギは超スピードで山道を駆け抜けていきます。一方カメさんはといえば、「うんしょ、うんしょ」と身体を揺らし、進んでいるかも怪しいレベルの遅さです。
「勝った! カメとウサギ・第二部完!!」
後ろを確認しつつも、今回のうさぎは決して慢心しません。なので途中で昼寝するなんてナメプは以ての外。慢心しない超ウサギという最高の存在です。
しかし――ウサギは知らなかったのです。
鍛えていたのは自分だけではないという事実を。
「……さすがだよウサギくん。そこまで本気の気持ちをぶつけられたんじゃ、身体がうずいて仕方ないね」
カメが突如としてドシリアスな雰囲気を醸し出したかと思うと、「フンッッ!!」と気合を入れた瞬間の爆発と同時に彼の立派な甲羅が弾け飛びました。
もわもわと立ちこめる土煙がはれると、そこには『いやお前どこにそんなボディが入ってたん?』とツッコミたくなるような全身ムキムキマッチョ(特に腕と脚)になったカメの姿が! 文字通りの変身です。
画面の端でははじけとんだ甲羅の破片を「邪魔になるから」と回収しようとしたクマくんの両手が震えています。あまりにもその破片が重すぎたためです。
「……いくよ、ウサギくん」
己が肉体を鍛えるために身につけていたハイパー重量スーツ(甲羅)を外したカメが四つん這いになってシャカシャカと手足を高速回転させながらブーストダッシュ! まるでお尻に本物のロケットでもついてるかのような速度です。『いやいや、そうはならんやろ』と誰かがつっこむ間もなく、彼は爆速でウサギを追いかけます。
そうです。マラソンはここからが本番だったのです。
前を走っていたウサギくんの首筋がチリチリとひりつくような感覚を訴えます。「まさか!?」と振り向いた瞬間、そこには真の力を解放したカメの姿がありました。
「待ってよウサギくん《wait rabbit》!!」
「か、カメどん! なんだその姿は!? さてはキミ、本当の力を隠していたんだな!!?」
「ウサギくんが全力で来る。ならばボク以外の誰がソレを受け止めるっていうんだい」
無駄にニヒルに言い放ったカメが、一瞬でウサギを抜き去ります。
俯くウサギ。しかし、彼は決して負けを認めたわけでは無かったのです。
「……うれしい、うれしいよカメどん! キミは本当に楽しませてくれる!!!」
歓喜の鳴き声をあげながら、ウサギは更に脚に力をこめました。
もうこれで終わってもいい、だからありったけ……。その気持ちが更なる力をウサギに与えます。
たったの1ステップ。
けれど、その1ステップは変身したカメに追いつく程、力強い筋肉にあふれた1ステップでした。
「やっぱりきたねうさぎくん!」
「楽しいなぁカメどん!!」
「「さあ、勝負だ!!!」」
過酷なフルマラソン(山道)も、今の彼らにとってはなんのその。
どちらが勝ってもおかしくありません。
しかし、勝敗なんてものは最早二人には関係なくなっていました。
「うさーーーーーーーー!!」
「かめぇーーーーーーー!!」
だって二人はこんなにも。
正々堂々、最高の《筋肉》を持つライバルと競い合っているのですから。
応援しにきていた動物達がゴールに辿りつくと、そこには夕陽をバックに熱い握手を交わす二人の姿がありましたとさ。
めでたしめでたし