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第26話 試練、鐘楼塔の決闘

 俺は、強制的に召喚された直後から、鋼鉄の鎖を掛けられた。


 大司祭から受けた死の楔と、フィアの命令語、二重の奴隷契約に縛られた。

 生殺与奪のすべてを他人に支配された奴隷だ。

 死の楔は自由に生きることを奪い、命令語は心を縛る。


 そして、妖魔の群れとの戦いの最前線に、否応なく引き出され、漆黒色の骸骨兵や気味の悪い獣魔の群れと戦わされた。何度も血まみれになり、傷だらけのまま薄汚い地下牢に捨てられた。


 俺は、フィアの奴隷だ。

 フィアは、ギルク伯爵の奴隷だった。 

 つまり俺は、ギルク伯爵の奴隷だった。


 だが、いや、だから……

 この決闘で、ギルク伯爵との不愉快な関係にけりをつけてやる。



 ◇  ◇



星歴899年 11月24日 午後21時00分

ベルイット城館 鐘楼塔


 煌々こうこうと松明の炎が、決闘の舞台をあぶり照らす。

 決闘の場と決められたのは、鐘楼塔の最上階だ。


 見遣ると、巨大な鐘を吊るした真下の床に、エリュシア古王国の紋章が刻印されている。

 その紋章の前にギルク伯爵がいた。

 ギルク伯爵は、甲冑を脱ぎ、紅い騎士服を身に着けている。


「気づいたな、ここがそうだ。貴様との決闘の場であり、フィアの左手に刻印を刻む聖域でもある」

「おまえに勝てば、刻印が手に入るということか」


 挑発的な問いに、ギルク伯爵が好戦的な笑みを浮かべた。

「勝てるならば、だ」


 騎士アリナが、俺とギルク伯爵に同じロングソードを手渡した。

「わたくし、王国騎士アリナが、この決闘の立会人を務めます」


 アリナの後ろに、黒いドレス姿のフィアがいる。そう、刻印の儀式に臨むときに身にまとう、あの漆黒色のドレスだ。

 フィアは、俺の勝利を信じて、その漆黒色のドレスを身に着けていた。


 ――負けられない。


 フィアのために、俺自身のために、必ず、ギルク伯爵をぶち倒して、勝つ。



「この決闘は、エリュシア古王国の紋章授与の儀式における試練として、認めます」

 王宮騎士アリナが宣言し、右手を高く振りあげた。 


 そして、振り下ろす。

「始めっ!」



 ◇  ◇



 まずは定石どおり、両者とも間合いを計りながら、じりじりと互いに位置取りを競う。決闘はいえ、試合であるから両者の武器は同じ長剣だ。  



 決闘の場は、狭い鐘楼塔の最上階だ。

 狭さゆえに、駆け引きの余地は少なく、剣技で凌ぎ合う展開になるはずだ。


 牽制を繰り出しながら、ギルク伯爵が仕掛けてくるその瞬間を待ち続けた。

 勝機は、その一瞬を制することで得られる―― そう、俺は確信していた。


 だが、

「なるほど、考えるようになったな、獣人―― 乗ってやろう」

 ギルク伯爵がぎろりと俺を睨んだ。


 瞬間、ギルク伯爵が長剣を腰だめに構え、突進してきた。


 速いっ!?


 けして洗練された動きではない。それどころか、剣技としては、不格好な類だ。

 しかし、速い。


 俺は、虚を突かれた。

 かろうじて、長剣を交わらせて、突進を受け流した。

 ギルク伯爵の太刀筋は、乱雑で無様にさえ見えるが、速くそして重い。


「油断はするなよ。刃を潰してあるだけだ。当たれば、肋骨くらいは砕けるぞ」

 ギルク伯爵が笑う。

 嫌な笑いだ。余裕から笑っているのではない。戦いを、たしなみに人殺しをする人間特有の血生臭い笑いだ。


 なっ!?


 刹那せつな、俺の鼻先を斬撃がかすめた。

 振り向きざまに、ギルク伯爵が放ったものだと、半瞬、遅れて気づいた。理解するよりも、身体が反応していた。遅れていたら、俺は鼻先を飛ばされていたはずだ。


「少しはできるようになったか?」

 ギルク伯爵が笑う。獲物をいたぶる猛獣の笑いだ。

 俺の中で、不快感と怒りが湧きあがってくる。


 この、笑いだ。

 地下牢で、俺を斬り刻んだ鞭を思い出した。

 ギルク伯爵は、残酷な冷笑を俺に浴びせ続けていた。


 そして、俺を庇うフィアの細身にまで、鞭を振り下ろした。

 悲鳴を堪えて、何度も俺を守る盾になったフィアを、このブタ野郎は笑いながら、鞭打った。

 不快な記憶が、俺に戦えと命じる。

 不愉快な笑いが俺の血潮をたぎらせる。


「ふざけるな!」

 俺は戦術を捨てた。

 ギルク伯爵の挑発に乗せられるなと、警鐘が心の片隅で鳴り続けている。

 だが、俺の怒りは止まらない。


 俺もまた、突進した。

 そこへ、待っていたように、ギルク伯爵の剣が突き出される。


 長剣を振り下ろし、その突き出された剣を捉えた。


 俺の打ち下ろしを受けてなお、切先が俺の胸をかすめた。

 ギルク伯爵の太刀筋は単純で、俺はすでにその動きを見切っていた。しかし、ギルク伯爵は、強引に撥ね退けた。

 剣技で優っているが、パワーで負けているのだ。


 だが、それがどうした。

 パワーならば、獣人として転生した俺にもある。力押し勝負ならば望むところだ。


「さあ、来い! 獣人よ」

 挑発的にブタ野郎の声が招く。


「ああ、てめえのどてっぱらに、斬撃をぶち込んでやるぜ」

 俺も怒声を張りあげて応えた。



 それからは、ひたすらに激しく打ち合った。大振りになるのも構わず、力任せに、長剣を叩きつけ合う。鋼鉄の刃が、砕け散り、火花が走る。


 だが、力任せを頼みに競り合う展開は、長くは続かない。

 破綻は、突然に訪れた。


「な、に……っ!?」


 俺の長剣が砕けた。

 ギルク伯爵が、砕けた俺の長剣を横薙ぎにした。

 折れる。

 叩き割られる。

 破断した剣が宙を舞い、石張りの床へ刺さった。


 フィアの悲鳴を聞いた気がした。


 俺の鼻先へ、ギルク伯爵の長剣が突き出された。この長剣も刃こぼれして、ボロボロだ。 


 ――ここまでか、フィア、すまない。


 俺は敗北を悟り、観念した。

 しかし、突き出されていた長剣は投げ捨てられた。


「まったく、なまくら刀では、満足に試合もできぬな」

 獰猛さを隠さない声が笑う。


「わしらの本当の武器で戦おうじゃないか」

 驚きだった。ギルク伯爵は、俺の敗北とは認めていなかったのだ。



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