目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第25話 王宮騎士アリナとの試合

 アリナの案内で、ベルイット城下を散策した。焼き菓子屋や雑貨屋など、小さくささやかだが、可愛らしい店を回った。

 フィアが青い瞳をまんまるにして、店先に並ぶクッキーやアクセサリーに浮かれていたのは、言うまでもない。

 アリナとフィア、女の子同士で意気投合する様子に、獣人男子が入る隙間はなかった。


 もちろん、これはアリナの気遣いだった。


 雑貨屋でひとしきり楽しんだ後、武器商人の店舗へ案内された。辺境領には、冒険者や傭兵向けに、こうした武器屋がある。

 しかし、ざっと物色したが、大したものはなかった。

 大柄な獣人戦士である俺には、ニンゲン向けよりも巨大な武器が必要だからだ。


「少しだけ、お手合わせをお願いできますか?」

 俺が手持ち無沙汰にしていると、アリナが涼しげにそう話しかけてきた。


 予め話を通しているらしい。武器屋の店主は、俺には木製の戦斧を、アリナにはレイピアに似せた細い木刀を用意している。


「あの、青藍せいらんは、獣人勇者です。すごく強いんですよ。怪我しちゃいますよ」

 フィアが心配そうな声色で割って入った。


「ご心配には及びません。私も王宮騎士の端くれですから」

 アリナがフィアをあしらった。なるほどと理解した。王宮から派遣されたアリナは、どこまで俺が強くなっているのか? を確認する役割もあるらしい。


 いいだろう。伊達に死地を潜ってきたわけじゃないことを、彼女から王宮へ報告してもらおうじゃないか。


 武器屋の店主が、店の裏口を開いた。

 武器屋の裏には、練習場が用意されていた。購入した武器での試し切りや、矢や攻撃魔法など投射型武器の簡単な訓練ができる。


 俺とアリナは、フィアの心配そうな視線に見守られて、簡単な試合をした。

 俺は、木製の戦斧。アリナも木製のレイピアだ。


 木製の模造刀とはいえ、獣人のパワーで討ち浴びせたら最悪、骨折くらいはするだろう。王宮の奴らはいけ好かないが、美しい女性騎士に怪我をさせる気にはなれない。どれくらい手加減すべきか? そんなことを考えて試合に臨んだ。


 だが……


「は、はじめ…… てください」

 フィアの少々、間の抜けた合図とともに、アリナが俺に打ちかかってきた。

 澄んだ青い瞳に凄みが宿っていた。


「な、に……!?」


 俺は焦った。

 律動的なステップとともに繰り出されるレイピアに迷いはなく、的確に俺の腕や脇腹を捉えていく。

 対する俺は、戦斧を盾としてかざした。ほぼ防戦一方に追い込まれた。


 アリナが距離を詰めたチャンスを狙い、重い一撃をお見舞いしようと試みた。だが、戦斧の届く距離をアリナは見切っている。円運動で振り回す戦斧は、刃が届く距離を計りやすい。

 対して、アリナのしなやかな身体が繰り出すレイピアの切先は、読みにくい。素早くステップしながらの刺突攻撃は、スピードと伸びがあり距離感が掴みにくい。

 しかも、戦斧を盾として防御する以上は、大振りができない。振りあげた瞬間、胴体ががら空きになってしまう。


 フェイントを織り交ぜながら、レイピアの素早い刺突攻撃を浴びせられた。

 俺の戦斧の斬撃は、すべて見切られて、アリナを捉えることができない。


 針のようなレイピアの突きのひとつひとつでは、ダメージは大きくない。

 しかし、手数が多く、これが実戦だったら…… 獣人の強靭さをもってしても、確実にダメージが蓄積したはずだ。


 模造刀での試合だから、やわらかく丸めた切っ先が俺の毛皮をなでるだけだ。

 これが、真剣での戦闘だったら、俺は刺し傷だらけにされて血を流し続けていただろう。


「参った。降参だ」

 俺は負けを認めた。



 アリナが歩み寄り、俺に握手を求めた。清楚な女性騎士の息があがり、青い騎士服の胸元があえいでいた。俺の防御を崩すためには、それなりにスピードが必要だったということか。


青藍せいらん様の戦斧は、一発の衝撃力は絶大ですが、リーチとスピードでは、他の武器に劣ります。敵を捉えるためには、もっと積極的に間合いを詰めて攻める必要がありますよ」

 アリナが解説した。

 俺は唸るしかない。

 荒廃した砦で妖魔の群れと何度も戦ったが、アリナのように素早い敵は、いなかった。近距離で組みあい、力押しにする戦い方が主だった。辺境に巣くう妖魔は、複雑な戦術を取ることはなく、もっぱら数に頼る戦い方をしているのだ。


 騎士アリナは、フィアにも声を掛けた。


「フィア様も召喚魔法主体ですから、中近距離からのスピード攻撃への対処は、不得手のはずですよ」

 フィアが、むっとしている。雑貨屋めぐりで、予めフィアのご機嫌取りをしていた理由が理解できた。女性騎士アリナの細かい気遣いに、内心で感心した。


「確かにそうだな」

 不本意だが、俺は認めざるを得ない。

 戦斧の巨大さと獣人のパワーでカバーしているとはいえ、円運動で振り回す戦斧は接近戦専用の武器だ。

 フィアの魔法は、詠唱や魔法陣展開に時間がかかり、近距離は苦手だ。

 俺とフィアのペアは、お互いに補い合う関係にあるが、中距離に隙間がある。アリナは、それを指摘したのだ。


「あ、でも、これが本当の決闘だったら…… どうでしょうか? わたしの息が切れる前に、レイピアで獣人のあなたの体力を削り切れるか? そんな勝負になるでしょうね」

 同感だったが、盲点というべき戦術的な不備を突かれた敗北を前には、あまり慰めにはならない。


 見遣ると、フィアが、俺の横で微妙にむくれている。

 王宮騎士アリナは、フィアをちらりと見てから、釈明を続けた。

「あ…… もちろん、実戦となれば、青藍せいらん様が勝つでしょう。わたしでは、青藍せいらん様の戦斧の一閃いっせんに捉まった時点でおしまいですから……」

 フィアがうんうんとうなずいた。俺は苦笑していた。だが……


「ギルク伯爵相手なら、そうはいかないか」

 俺の懸念に、騎士アリナはうなずく。

 この模擬戦を通じて、彼女が伝えたかったことは、間違いなく、これだろう。


「ギルク伯爵は、おそらく、〈変異〉の力を使われるでしょう。彼は、獣人の力を100パーセント引き出すスキル、〈変異〉の使い手でもあるのです」


 アリナは続けた。

「ギルク伯爵は、〈変異〉を用いることで、スピード、パワー、スタミナの3つを同時に満たすことが可能です。明日の決闘で、彼に勝つことは難しいですよ」


 やはりそうなるのか。

 俺は自身の手を見た。獣人である俺にも〈変異〉のスキルはあるはずだ。しかし、解放されてはいない。


 ギルク伯爵は、執拗に俺にも〈変異〉を求めていた。

 一度も使ったことのないスキルだが、発動方法は体感的に知っている気がする。

 やればできる。

 俺の中にも、〈変異〉の力は宿っている。


 だが、フィアは俺が〈変異〉のスキルを発動することを拒否している。

 そう、〈変異〉を起こした獣人がどうなるのか?

 その答えは、ギルク辺境伯爵を見たらわかる。

 〈変異〉を起こした獣人は、人格を失う危険に晒される。

 ニンゲンであることを捨てて、残忍な殺人鬼のごときケダモノに成り果てる。その代償に絶大なパワーを手に入れる。それが、〈変異〉スキルだ。


 泣き震えて、命令語まで使い、俺の代わりにギルクに鞭打たれることをしてまでも、フィアは俺を〈変異〉から守ろうとした。

 フィアは、この俺、碧海あおみ青藍せいらんに血を捧げて、契約を願ったんだ。だから…… フィアが泣くから〈変異〉はできない。


「俺にも、〈変異〉の力を使えというのですか?」

 試しに問うてみたが、

「それは、どうでしょうね?」

 アリナは、はぐらかすように笑う。


 アリナは、つまり王宮は、ギルク伯爵との決闘を通して、俺に〈変異〉のスキルを解放しろと求めているのか? わからない。

 〈変異〉は危険すぎるスキルだ。王太子を〈変異〉させたら、王室は大切なひとりだけの正統な血筋を失うことになりかねない。そんな危険は看過できないだろう。


 しかし、王太子は人間だ。〈変異〉は獣人に限定のスキルのはず。

 わからない。

 わからない理由ならば、わかる。簡単だ。


 俺が、王太子の複アカだからだ。

 経験値をコピーできる複アカなど、この世界の理が許さない違法な存在だ。

 だから、仮に俺が〈変異〉を起こしたとき、王太子にどんな影響が及ぶのか、それとも、リスクなしに〈変異〉で得られる力だけが手に入るのか?

 それがわからない。 

 複アカによる影響が解らないから、王宮や、王宮騎士アリナが何を企図しているのか、判断できない。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?