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第24話 王宮女騎士

 星歴899年 11月22日 午後21時10分

ベルイット辺境領 ベルイット城館


 ギルク伯爵との決闘は、2日後と決まった。


 俺とフィアは、ベルイット城館内にひと部屋を与えられ、宿泊することになった。

 なんと、客用寝室だ。

 辺境にあり、妖魔侵攻と対峙する最前線の城館だけに、豪華とは程遠い。

 あの辺境の砦と比べたらはるかにましだが、王都の旅館に比べたら、寂しいくらいに簡素な部屋だ。


 もちろん、脱走を防ぐための監視はついている。ドアの向こうには、複数人の兵士が配置されていた。

 だが、いまは、直接に命を狙われる心配はない。鞭に怯えることもない。


 ベッドはふたつ用意されていた。でも、フィアは相変わらず、俺のしっぽを枕に眠っていた。フィアにとって、俺のフサフサしっぽは、特別なものらしい。



 ◇  ◇



星歴899年 11月23日 午前8時10分

ベルイット辺境領 ベルイット城下町


 ベルイット城が立つ丘を中心に、直径約1キロほどの小さな城下町が広がっていた。城下町全体を石積みの城壁が環状に囲んでいた。

 城壁といっても、赤茶けた岩石を乱雑に積んだだけの粗雑なものだ。中世ヨーロッパの城郭都市のような美しさは、みじんもない。


 ベルイット辺境領は、ベルメト街道関門を境に南部と北部に分かれていた。

 辺境領を東西に山脈が横断し、唯一の通路である渓谷を塞ぐ形で、ベルメト関門がそそり立っていた。


 ベルイット辺境領の面積の大半を占める南部は、荒廃している。ほとんどだれも住んでいないに等しい。

 さらに、先日の妖魔襲来により、砦を失った。

 もはや、事実上は、妖魔の支配を許した地域だ。


 ベルメト関門の北側、ベルイット城館とその城下町だけが、わずかに人が住む領域だった。並大抵の領主だったら、領地の大半を妖魔に奪われている事態など、耐えられないだろう。経済的には大打撃だ。

 しかし、ギルク辺境伯爵は、違う。

 ヤツは、自分の領地内に、敵が巣くっている現状に満足している。

 ベルイット辺境領が、戦場になることを望んているとしか思えなかった。



 ◇  ◇



 そんな有様だから、ベルイット城下町は寂れていた。王都の華やかさを思い出したら、涙が零れるレベルだ。

 とはいえ、いや、だからこそ、俺とフィアは、ベルイット城下町の中までは散策を許された。城下町といっても、住人は少なく、たむろしている奴らの大半は兵士だ。

 周囲を城壁で囲まれている以上、監獄に囚われているのと何も変わらない。


 しかし、見張り兼案内役として、女性騎士をひとりつけられた。

 さきほど、供応の間に、フィアを案内したあの女性騎士だ。


「アリナと申します。ギルク伯爵より、おふたりの案内役を依頼されました」

 美しい女性騎士を前に、俺とフィアは顔を見合わせた。


 青い騎士服姿のアリナは、19歳。栗色の髪をハーフアップにアレンジした清楚な美少女だ。あのギルク伯爵の配下にこんな美少女がいたのか?


 疑問を口にすると、

「いいえ、私はギルク辺境伯爵配下の騎士ではありません。王宮より、各地の辺境伯爵との連絡役として派遣されています」

 俺は、無意識に美しい女性騎士を睨んでいた。王宮と聞いて、俺の中の警戒レベルが跳ねあがったのだ。

 王宮は、俺を王太子の複アカとして運用している。


 俺の表情を読んだのか、アリナは、少し言葉を探す様子のあとに、声を潜めて続けた。

「表向きは、王宮と各地の辺境伯爵の間で書簡や小荷物を運ぶ、郵便屋さんですけどね―― 辺境伯爵たちを監視し、辺境領の様子を報告する役目もあるんです」

 洗練された清潔さを漂わせる女性騎士は、微笑して見せた。


 辺境伯爵の監視役だと?

 フィアがエリュシア正王家の末裔であること。

 正王家の一員として認められるため、紋章の刻印を集めていること。

 ギルク伯爵が、フィアを奴隷ではなく、正王家の姫君として扱うことにしたこと。

 これらの事実は、王宮へ報告されるのか?


 俺の剣呑な表情を察してか、清楚な女性騎士は、笑った。

「ご心配には及びません。少なくともおふたりに敵対するつもりはないですよ」

 俺は、油断なく、美しい青い瞳を見詰めた。

 どこまで、この女性騎士の言葉を信じていいのか?

 雰囲気は悪くない。容姿も美しい。何よりも、話し方や立ち振る舞いのすべてに知性を感じた。ギルクのブタ野郎とは大違いだ。


 だが――

 王宮から派遣されていると、騎士アリナは言った。

 俺と、真の勇者である王太子との間には、経験値を変換しコピーする魔法契約が掛けられている。

 王宮にとって、俺には利用価値がある。

 俺が戦いで得た経験値とスキルは、すべて王太子のものになり、ひいてはアーセルト王国の治世を強化する。王宮にとって俺は、死なせるわけにはいかない重要な人材だ。かつ王太子の代わりに、死の危険を冒して経験値とスキルを収集すべき、道具でもある。


 少なくとも寝首を搔くようなマネはしないはず。

 しかし、安穏と暮らすことは許されない。


 なるほどと感じた。

 だから、ギルク伯爵と俺が決闘を行う事態になったのか。

 フィアがいうとおり、紋章の刻印を授ける魔法陣は他にも複数あり、このベルイット城館をスキップすることは可能だった。


 おそらく、ギルク伯爵をけしかけたのは、アリナだ。

 俺とギルク伯爵との決闘戦をお膳立てしたのは、この王宮から派遣された女性騎士だ。俺をより困難な戦いに投げ込み、経験値を収穫するために。


 そうとわかれば、自然と笑いが漏れた。

 決闘は、俺とギルク伯爵の意地の張り合いだ。


 舞台裏でこの決闘を画策した者がいるとしても、たとえ王宮に踊らされているとしても、俺とギルク伯爵は戦うことを躊躇わないだろう。


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