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第20話 ずっと、傍にいてください

 確かにこの世界に召喚されて、奴隷にされてしばらくは、俺はそんな考えを心に抱いていた。


 この理不尽な異世界で、治癒魔法の古書を目にしたとき、智菜のもとへ治癒魔法を持ち帰ることだけが、俺の目標で生きる希望になった。

 フィアが、ギルク伯爵から借り出して地下牢へ持ち込んでくれる魔法書を、目を血走らせて読み漁った。それしか、この異世界で生きる希望はないと思っていた。


 だが、いまは、違う。


 フィアは、ギルクのブタ野郎の鞭から、俺を何度も救ってくれた。フィアの命令に応えて戦うことが、俺の中で生きる高揚感に繋がっているのだ。

 フィアを守る。

 どんな困難からもフィアを守り、一緒に生き抜く。

 智菜のもとへ帰るのは、フィアを安全な場所に送り届けて、フィアを幸せにしてからだ。


 俺の中には、どうしようもない怒りと葛藤があるんだ。

 少しでも早く、智菜のもとへ帰り、智菜を取り戻したい。

 だが、命懸けで俺との契約を望んだフィアを、俺は守り続けたい。フィアをひとりにはできない。フィアと伴に生きていきたい。



 ◇  ◇



 再び、視界が暗転し、そして輝いた。


 金髪の優男が現れた。金糸で刺繡を施された白亜の騎士服をまとい、サーベルを吊るしていた。侍女官にかしずかれて、姿見を前に着替えを済ませたところらしい。


 なにかしゃべるたびに、侍女たちが頬を微かに赤らめている。優男は、軽く侍女たちをあしらっていた。おそらくは、王侯貴族の朝の日常風景だ。


 この優男、どこか、雰囲気が、俺に似ている。


 ふいに、閃いた。

 頭を金づちでガツンと殴られたような衝撃を感じた。


 こいつが、俺から経験値を吸い上げて、王都で悠々自適な生活をのうのうと過ごしていやがる、真の勇者、王太子様か!


 俺は直感していた。

 顔立ちや背格好が、全体的な雰囲気が似ている気がした。


 プール焼けした俺と異なり、北欧系の雪肌と青い瞳、整った鼻筋をしていた。

 ふん。

 バタフライで鍛え上げた赤銅色の筋肉こそが、至高。

 競泳選手の逆三角形体形に比べたら、胸筋も背筋も厚みが全然足りない。


 そうか、俺は、この軟弱王太子様とやらと、経験値をコピーする魔法契約で繋がれているから、魔法で作られた真実の鏡にも映るのか。なるほど。



 ◇  ◇



星歴899年 11月21日 午前7時45分

ベルイット辺境領 エルム地下隧道ちかずいどう地底湖


 納得したとたん、再び、視界が暗転した。

 そして、一瞬の闇の後、オレンジ色をしたカンテラの光の輪の中にいた。


 カンテラを両手に吊るした自動人形のメイドが、一礼した。

「試練は合格ですわ」


 続いて、フィアの小さな気配も背後に湧いた。背中から俺のタキシードの袖口を掴んでくる。フィアも真実の鏡の試練を乗り越えたようだ。


 すんっと、鼻をすすりあげる。


「……真実って、―― ひどいよ」

 フィアが半べそになった声で、ぼそりと言う。

 俺は、振り向くのを少し待つことにした。


青藍せいらん、これ、見て」

 背中に張り付いたフィアが、左手を突き出した。くるりと手首を返し、左手の甲を見せた。


「これが、エリュシア正王家の紋章 〈百合花十字剣〉 なんだって」

 フィアの声は、まだ、微かに湿り気を帯びている。


 フィアの左手甲に刻まれた紋章は、百合の花びらの中央に、十字架に似せた剣が描かれていた。紋章の刻印のうち、花弁の1枚だけが燐光を放ち色付いている。他は、細い線描の状態だ。


「塗られてる花弁が、真実の鏡の試練で得られた刻印で、あと5つ集めなきゃいけないんだって、言われた」

 ぽすっと、フィアの頭が俺の背中にくっついた、右手は俺にすがる。


「すべての刻印を集めて、エリュシア古王国の都〈アルファレーラ〉へたどり着けたら、あたし、お姫様になれるんだって……」

 フィアの声が、俺のタキシードの背中に顔をうずめて、泣きそうな声で言う。



――青藍せいらん、あのね、あたしがお姫様になれる日まで…… ずっと、傍にいてください。


 俺は、この時、フィアの泣き声の意味を理解していなかった。

 だが、決意はできた。

 儀式を繰り返し紋章を集めて、フィアをお姫様にする。

 そして、高位治癒魔法を携えて、現実世界に帰還し、智菜を救う。

 だから、その時まで、絶対にフィアを守り戦い抜く。


 俺は、この時、そう誓った。


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