令和×年7月24日
星玲高校 屋上プール
真夏の太陽が容赦なく降り注いだ。
じゃば じゃば じゃば! とプールの水を蹴るバタ足の水音がした。
「なんで、学校のプールに、俺が……?」
眩暈がした。エルム
とたん、目の前であぶぶぶ…… と、小さなスクール水着が溺れる。
慌てて抱きとめた。
「
智菜がプンスカと両手を振り回す。高校生とは思えないほどにチビなので、プールの中でつま先立ちをしている。見下ろすと、水着の襟元から小さめの白くて丸いものが、覗いていた。
……なんだよ、これ!?
眩暈から怒りへ、俺の中の感情が熱く渦巻いた。
夏休みに入ってすぐの7月下旬、俺は水泳部の部活動で毎日泳いでいた。水泳部1年生ながら、個人メドレーの選手だ。赤銅色に焼けている筋肉質な体をしているが、進学校なので大会に出るとか、そんな話はなしだ。
目の前で溺れていたのが、幼馴染の智菜。
幼稚園のお砂場で出会って以来の付き合いだ。智菜は、幼稚園から、小学校の集団登校、中学校での受験勉強と、俺をけなげに追いかけてきた。
進学校の星玲に合格できた智菜の頑張りは、正直、勉強を教えた俺としても誇らしかった。
智菜は水泳が苦手だ。陸上競技はそこそこできるし、バレーボールやバスケットなどの球技もチビなりに頑張っている。だが、水泳だけはダメダメだ。泳ぎ始めて5メートルで要救助者になるレベルでダメだ。
本当はまだのくせに生理痛とかいって、仮病を駆使してプール指導をさぼっていた。
で、夏休みになり、サボりまくったプール指導をここで補習させられていた。
俺は、中学までは現役の競泳選手だった。進学校へ進んでも、身体づくりのために、いまも水泳を続けている。
だから、泳げない智菜は、俺を捕まえて、プール指導の先生役にした。
スクール水着姿を愛でながらも、金づちの智菜にどう泳ぎ方を教えたら良いのか、俺は試案を巡らせて……
――そんなわけ、ないだろう。
星玲は進学校だ。プール指導に補習なんてない。
これは、〈真実の鏡〉とやらが作り出した幻影だ。
おそらく俺の記憶から適当に合成したのだろう。〈真実の鏡〉とは、姿見のような物理的な鏡が置いてあるわけではなく、こんな不愉快な幻影を見せる魔法らしいと、気づいた。
俺は、智菜と高校のプールでは一緒に泳いだことはない。
智菜は、高校進学から間もなく、水の事故に合い、いまも意識が戻らぬまま入院している。大雨の夕暮れ、学校の近くを流れる用水路に転落した。菜種梅雨の頃だ。
近くにいた人が消防へ通報し、救助されたが、その時すでに心肺停止状態だったらしい。
俺はいつも智菜と一緒だった。
その日、俺と智菜はたまたま別々に下校した。たったそれだけのことだ。
中学までは競泳選手だった俺が、傍にいたら、智菜を救えたはずだ。
たいした用事もなく、またまた別行動になっただけだ。
自宅もご近所で、学校も一緒だ。すぐに会えるから…… と、何とも思っていなかった。
なぜ、あの時、俺は、智菜をひとりにしたんだ。
俺は、毎日、智菜の病室へお見舞いに行っていた。
眠り続ける智菜を見守ることしかできなかった。
だが、突然に、理不尽な異世界からの召喚をうけて奴隷にされた。
智菜の寝顔を見守る日常さえも奪われた。
俺の中には、理不尽に対するどうしようもなく激しい怒りがある。
召喚されたあの日、俺を見下した大司祭の不愉快な冷笑が、脳裏に焼き付ている。あのゴミ大司祭をぶちのめし、現実への帰還方法を吐かせる。何としても、俺は智菜のもとに帰る。
奴隷にされて以来、俺は、治癒魔法を学んだ。
ギルク伯爵のブタ野郎から借りた書籍には、治癒魔法に関する古書もあった。
俺の目的は明確だ。
理不尽にも異世界に飛ばされた。ならば、異世界から現実世界へ治癒魔法を持ち帰り、智菜の意識を回復させる。
智菜のもとに帰る。
智菜を取り戻す。
それが、俺の真実だ。
だが、そのためには、王都へ行き、少なくとも大司祭を締めあげて、召喚魔法陣の使い方と、現実への帰還方法を手に入れる必要がある。
さらに、それには、紋章の刻印を集め、フィアをお姫様にする必要がある。
フィアを、エリュシア正王家の正統後継者にできれば、王族、貴族を従わせるための有力な交渉カードになるはずだ。
エリュシア正王家の血筋は、この世界で多くの魔法の源泉になっている。特に高位の治癒魔法は、エリュシア正王家に依存している。智菜のもとへ、異世界の治癒魔法を持ち帰るためには、フィアの、エリュシア正王家の魔法力が必要なんだ。
――ちがう!
俺は、叫んでいた。