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第14話 スライムどろどろ大洪水

 さらに地下第5階層でもやらかしてしまった。


「じめじめして、嫌な感じがするぜ」

「はい。これは絶対に大当たりだと思います」


 俺たちはうなずき合った。

 先ほどまでと異なり、この地下5階層の通路は、灯火の魔法が極端に少ない。このじめじめした魔導の影響で消えてしまったのだろう。

 じめじめは、エルム地下隧道ちかずいどうが放棄された後に侵入し、最深部近くの第5階層にたまったと推測された。


「かなりの数がいるな。おそらく壁や天井の石積みの隙間や、床の石張りの裏に隠れている」

「気持ち悪いです。なんとかしたいですね」


 薄暗く気味の悪い通路をどう穏便に通り抜けようか? 俺は思案した。

 刺激を避けるなら、たいまつをいったん消して、薄闇の中をゆっくり歩くしかない。問題は、フィアのメンタルが、無数にがいる通路を歩くストレスに耐えられるかだが……


 たぶん、同じことを考えて、白銀の髪を揺らして首をひねっていたフィアだが、急にぴょんと跳ねあがった。


「あ、そうか!」

 何か妙案を思いついたらしい。

「こうしたら、いいじゃない」

 両手を胸元に向かい合わせて、指の間に白銀の光弾を生み出した。そして、身をひねり、勢いよく光弾を通路に向かって……


「あっ! それ、だめ……!!」

 俺が制止するのも間に合わず、光の矢が打ち出された。まっすぐ空間を焼くように飛び、直線の通路を貫き通した。数百年間も薄暗いままだった通路が、奥まで白昼のごとく照らし出された。


「えっ……? だめなの?」

 光弾を放ってしまった後に、フィアは俺の制止に振り返った。


 通路の奥から、何か、耳障りな声が聞こえた。


 ギ…… ギャッッッ!!


 数百年間の薄闇が、突然の閃光に打ち破られた。

 まどろみの時間を生きてきたが、閃光ショックで集団パニックを起こしたのだった。


 可聴域が広く超音波も聞こえる獣人の耳は、耳障り極まりないスライムの絶叫を聞いていた。


「や、やばいっ! 逃げろ!」

 俺は、フィアの手を引いて階段へ駆け出した。

 その背後で、スライムの大群が出現した。通路の天井や壁や床から、止めどなくスライムが湧き出してくる。


 一瞬、息をのんだ後、フィアも必死に走り出した。

 通路に湧き出したスライムの大群は、鉄砲水か津波のように押し寄せてくる。

 俺たちは走り逃げた。


 そして……


「あっ……!」

 あと数歩で4階層へ上がる階段にたどり着くところで、フィアが何かに躓いた。

 か細い悲鳴とともに床に転がる。

 俺は慌てて振り返ったが、次の瞬間、押し寄せたスライムの大群が、視界を壁となって塞いでいた。


 俺は辛うじて階段にたどり着けたが、フィアの姿がない。


「フィア!」

 叫んだ。


「う、あう、あっ…… たす、け……」

 スライムの波間から、か細くフィアの声がした。


 フィアがスライムの洪水の中で溺れていた。

 慌てて、スライムの大群を乱暴に力任せに搔き分けた。フィアをどろりと粘性のあるスライムの中から引き抜いて、肩の上に担ぎあげた。


「大丈夫か、フィア!?」

 フィアは荒い息をしていた。安全な第4階層への階段まで行き、降ろした。

 だが、どろりとしたスライムの粘液とともに、衣装の袖までもが溶け落ちた。


 さらに、フィアが悲鳴をあげてしゃがみこんだ。

「ちょっと、待って! ああ、また、スカートも食べられてる!」

 お気に入りだったらしい、衣装がスライムの餌食になった。肩口も溶け落ちて、「きゃっ」と慌てて胸元をかばう。


 半べそだった。綺麗な背中を丸めてうずくまっている。

「まったく、何をやっているんだか……」


 俺はため息をついた。



 ◇  ◇



 涙を瞳に溜めてむくれているフィアを座らせて、肩口や脇腹、スカートのすそを、溶け残った布で結んだ。


「……恥ずかしいです」

 しかし、スライムの大群を前に着替えるのも考えモノだ。ハコちゃんこと人食い箱を召喚陣で呼び出せば、着替えならまだある。しかし、着替えたとたん、またスライムの大群に襲われるリスクは多分にある。


「まいったな…… 今度、スライムに襲われたら、全部、溶かされちまうぞ」

 チラ見すると、太腿や脇腹や背中とクォータエルフの雪肌が、溶けて裂けた布からこぼれて、濡れていて、幼いくせに妙に艶めかしい。


「そんなの嫌ですっ!」

 泣き出しそうな様子だが、しばらくむくれ続けていて、ふいに何か思いついたらしく、ぱぁっと表情が明るくなった。


「ま、負けないもん。こんなスライムなんか、焼き払っちゃえばいいんだ」

 フィアが召喚魔法を唱えた。

 そして、さっき配下に編入したばかりの火の獣魔を呼び出した。


 すくっと立ちあがり、フィアは小さな火の獣魔を右手に載せて、スライムの洪水と化した第5階層通路をキッとにらんだ。


「さぁ、メルトン、やっちゃってくださ……」

「ちょっと待て! 今度は何するつもりだ!」


 慌てて遮った。

 また、思い付きで行動して、何かトラブったら、本当に裸にされてしまうぞ。あと、さっき捕まえた火の獣魔、メルトンって名前にしたのか。


「燃やします、こいつら、全部」

 フィアの目が座っていた。お気に入りらしい衣装を溶かされたのが、かなり頭に来ているようだ。


「それ、ひとつじゃ無理すぎるだろう」

 俺の抗議に、フィアとその手のひらに載った火の獣魔が顔を見合わせた。

 ちんまりサイズの火の獣魔が、ぷるんと炎を揺らして、何か合図した。


「ひとりだけ、じゃ、ない、もん」

 フィアが言い、火の獣魔がふるふるして応えた。


 と、次の瞬間、第4階層からあの灯火の魔法が、再び、獣魔に変身して階段をぞろぞろ降りてきた。階段の途中に立つフィアの周囲に、火の獣魔の大群が集結した。


「こいつら、出現階層を移動できるのかよ」

 俺は呆れたが、フィアはやる気だ。

「みんな、いくよっっ!」

 フィアが威勢よく叫ぶ。

 ぼふっ! ぼふっ! ぷるん と、炎の大群と、ちんまりした火の獣魔が応じた。


「ファイヤーっ!!」

 ど派手な炎の奔流が、第5階層通路を薙ぎ払った。まるで、炎のトコロテン押しだ。フィアの魔法力に、炎の獣魔の大群を掛け合わせた効果は、とんでもない。


「なんちゅう、大火力だよ」

「どうだぁ、ざまぁみろ!」

 フィアはうれしそうにぴょんぴょん跳ねた。炎の獣魔たちも、ぼふぼふと応えた。


 さらに、リンゴン リンゴン と通知音が鳴った。

 フィアが水晶板を衣装の内ポケットから引っ張り出して、「おおっ!」と感嘆をあげた。

「どうした?」

「レベルアップしました。経験値どっさりです」

 ステータス表示を覗いた。経験値の数字がすごい勢いでカウントアップされ続けている。


※STATUS :

第5階層スライムの群れを撃破しました

撃破 12,552匹 経験値 313,800PT

>火属性魔法〈メルディズクの煉獄矢〉が解放されました。

>火属性魔法〈アーズベルグの火炎車〉が解放されました。


「新しい魔法が使えるようになりました」

 ニコニコ笑顔で笑う。


 俺は、呆れた。

 フィアは、クォーターエルフのくせに、火魔法が得意なんだ。

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