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第12話 辺境領、ベルメト関門が閉ざされた

星歴899年 11月20日 午前8時30分

ベルイット辺境領 名もない辺境の森


 出発前に、いちど、森の端まで行き、ちょっとした偽装工作をした。

 食肉獣魔の餌食にされたフィアの衣装と、俺の防具の一部を、骸骨兵の残骸の中に、わざと目立つように残した。


「フィアとギルク伯爵との奴隷契約は、あの食肉獣魔に溶かされて解除されている。ギルクのブタ野郎の視点では、フィアは死んだと思われているはずだ」

 そこにずたずたに裂けたフィアの衣装が、骸骨兵とともに見つかれば、相打ちになったとでも、都合よく解釈されるだろう。


 だが、問題は、何度いうが、俺だ。

 俺には、フィアとの奴隷契約の他に、王都にいる勇者との経験値共有魔導が課せられている。王宮側は俺が健在なことを知っているはずだ。


「王都から辺境までの距離を考慮するなら、すぐにはバレないと思うが、いずれ情報がもたらされる。ギルク辺境伯爵は、俺が生きていることを知るはずだ」

 フィアは、うんと、うなずいた。

「だいじょうぶ、きっと……そう思います」


 俺は、フィアを見てにやりと笑って見せた。

 フィアが小さく小首をかしげる。


「俺も、あの獣魔に入ってひとっ風呂、浴びてくるべきだったか」

 フィアが慌てて首を振った。

「そんなことしたら、わたしと青藍せいらんの繋がりまで消えてしまいます」


「フィアは俺を奴隷のままにしておきたいのかよ?」

 呆れた声をあげてみせた。

 フィアがくすくすと笑みを含んで答えた。

「大好きな人を独り占めできる魔法です。それを望まない女の子はいませんよ」



 ◇  ◇



星歴899年 11月20日 午後15時00分

ベルイット辺境領 ベルメト街道関門


 森を出た後、俺たちは、街道筋を避けて、森の中の小道を選んで進んだ。茂みをくねるような獣道や、小川の澪筋みおすじを伝った。時間はかかるが、誰にも見咎められることなく、この関門まで辿り着いたのだ。


 問題は、辺境領を区切るこのベルメト関門だ。

 険しい山地の中、切り立った谷底に石壁を築き、谷間をふさぐ形でベルメト関門は存在する。街道は、ベルメト関門により区切られていた。


 そして―― 遠くからオペラグラス越しに関門の周囲を注意深く確認したところ、ギルク伯爵、やはり、いた。思ったとおりだが、この関門まで後退していやがった。


 一昨日の戦いの後、ギルク伯爵は辺境の砦を放棄し、このベルメト関門まで城兵とともに退却していた。鞭を振るうことに嗜虐的な喜びを感じるブタ野郎だが、それでも辺境を任されるほどの武人だ。判断は間違えていない。


 妖魔が大群で押し寄せた以上、辺境砦に籠城を続ける意味はない。包囲され身動きが取れなくなるだけだ。

 妖魔側は、辺境砦の攻略を後回しにして、ベルメト関門を先に落とせば良い。関門さえ抜けてしまえば、この先暫くは城も砦もない。人口が数千人ほどの町や村が、麦畑や牧草地の間に点在しているだけだ。

 もしも、このベルメト関門が陥落したら、ベルイット辺境領は妖魔の手に落ちる。


 だから、辺境砦を捨てて、ベルメト関門の防備に全力を傾ける判断をし、すぐ行動に移したギルク伯爵は武人としては十分に優秀だ。


 秘密裏にここを擦り抜けようと画策していた俺たちだったが、ギルクのブタ野郎が張り付いている以上は、通行止めだ。

 ベルメト関門の内部は、二重扉に囲まれた狭い通路になっている。

 その狭い空間の中で、ひとりひとり厳重なチェックを受ける。獣人戦士の俺と、クォータエルフのフィアが、バレずに擦り抜けられる可能性はほぼない。


「くそお、手詰まりか……」

 オペラグラスを放り出して、俺は地面にバンザイした。一応、言い添えると、オペラグラスも人喰い箱が出した便利グッズだ。


「そうでもないかも、しれません」

 フィアが地図帳を俺に差し出した。この地図帳も、フィアの着替えとともに人喰い箱に入っていた。


「ここ、古王国時代の地下隧道が関門の向こう側まで続いています」

 フィアが指さす場所は、ここから少し離れた渓谷の中だ。

「地下隧道のマップも添付されています。これなら、安全に迂回できると、思いますけど……」


 俺は、地図帳を抱えてアイディアを披露するフィアを、じっと見詰めていた。俺の目線の意味に気づいたフィアは、白銀の髪を揺らした。


青藍せいらんは、これを罠だと、お考えでしょうか?」

「ああ、クロイツエルのキザ野郎がこれを用意したんだ。至れり尽くせりなのが、気に入らない」


 フィアは小さくうなずいた。

「でも、時間を浪費したら、青藍せいらんが生きていることにギルク伯爵が気付きます。そうしたら……」

「フィアも生きていると、あいつは考えるだろうし、山狩りが始まるだろう」


 いつまでも、ベルメト関門前で足止めされているわけにはいかない。

「わかった。いまは、乗せられたフリをしよう」

 他にどうしようもない。精一杯の強がりを口にして、俺はフィアとともに立ちあがった。


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