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終章1

 石英樹海の消失直後、二国とも大騒動だった。

 晴れ渡った夜明けの空に光となり消えていく巨大クリスタル。そして再生する緑の森──目撃者はあまりに多かった。

 また、八百年前に起きた厄災の境界〝女神の慈悲〟周辺の農村では、夜半の轟音に飛び起きて外に出れば、薔薇色の閃光が空に走るのを幾度も見たとの証言もあった。

 いったい何が起きたのか……。

 数日後、エルン・ジオ聖教の本部は『八百年の呪いが解けた事により厄災の完全消滅』を明かし、二国の民たちに正しき厄災の歴史を明かした。

 その後、数年間騒動は続いた。

 まさか、あの石英樹海の中に八百年も隔離されて暮らしていた民がいた事自体驚かれたし、そもそも女神が実在した事さえも驚かれた。

 女神の存在は当たり前のように存じられているが、御伽噺の登場人物のように定かではなかったらしい。

 それに、同じ呪いを受けた王子がリグ・ティーナの王室にいた事だってろくに知られていなかったので、主にイル・ネヴィスの民たちに大きな衝撃を与えた。

【※錆の王子の存在はリグ・ティーナのギオケルメでは知られているが、噂程度。全土に薄く広がっていただけだった】

 また、神殿も変わりつつあった。

 正しい歴史が開示された分、非難が多々あった。

 特に騒がれたのは、女神の持つ破滅の力を弱める為とはいえ、これまで若い命が多く犠牲になった事は物議を醸し、急激な衰退の道を辿る。

 よって、神殿は石英樹海の出身者たちによって管轄される事となり──エルン・ジオ聖教の土着神信仰はそのままに、祈りの中心は以降石英樹海に移った。

 森は人を受け入れた。悪戯好きな自然霊たちは、相変わらずそこら中をうろうろと飛び回っているが、以前のように人を死に追いやる程の惑わしはなくなった。

 それに乱気流も分厚い雲も消え去り、方位磁石もきちんと作動する。安全に上空を飛ぶ事も地上を歩む事だって可能となり、誰もが森の中に入る事は可能となった。

 そう。樹海自体にかけられた呪いも、綺麗さっぱり白紙に返されたのである。

 しかし、愚かしい事に似た問題は起きる。

 肥沃な森は〝恐らく資源が豊富だろう〟と狡猾な貴族及び政治家たちがすぐに目を光らせた。どちらが言い始めたのではなく、こういった者は自然と双方の国に沸く。

 領土拡大と、我が国のものにしたいという欲望が渦巻き『今こそ、どちらのものかはっきりとさせる時』と騒がれた。

 これでは元の木阿弥だ。そこで立ち上がったのは石英樹海の住人たちやかつてのエルン・ジオ聖教の関係者だった。政治と宗教は切り離すべき事は双方の国では暗黙の了解だが、繰り返すならば彼らはもう黙っていられなかった。

 ──八百年も昔。侵略行為によって一国が滅びた。そして強い憎しみに取り憑かれた王女は死をも司る夜の者に懇願し、滅びの力を手に入れて厄災を起こした。

 その事実を決して忘れてはならない。二度も同じ過ちを犯してはならない。どちらの民にも一滴も血は流させない。

 奪い合うものではない。寄り添い合う心の拠り所になるべきだ──そう説いたのは生まれも育ちも石英樹海出身者。

 女神に遣えて厄災の全貌を間近で見た青年、リーアムだった。

 しかし、ここからが激動だった。

 どちらのものでもない。どちらにも属さない。心の拠り所であるように……。そんな主張から、中立的な教皇国を再建する流れとなったのだ。

 しかしだ。誰が頂点に立つのかで盛大に揉めた。

 ……やはり元のエルン・ジオ聖教の司祭や神官たちではなく、生粋の石英樹海出身者から選ぶべきだろうと双方の国王は助言した。

 かつての王族を君臨させる考えもあった。亡国エルン・ジーアの王族たちの特徴──精霊を使役する才を持つ存在は今も複数実在する。

 そこで挙げられたのは、精霊術士のエスメと女神だったアイリーンの二人。しかしこの申し出に二人はきっぱり断った。

 エスメにおいては、自分がその器ではないとの主張だった。裏方として諜報活動に近しい見張りを行ってきた以外は、精霊の力を用いて農業の補佐に回っていたなどで、政を取り仕切る自信はないと言う。

 片やアイリーンはその頃には既に……ジャスパー・ヒューズの妻として新たな人生を歩み始めていた。

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