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49 大いなる祝福

  ※


 そこはまるで女神の部屋のよう、真っ白な世界だった。

 夜の者に翅を食いちぎられて記憶が消し飛んだが、最後に一瞬見えたのが幻でなければジャスパーに会えただろう。

 ──ずっと一緒にいる。何があってももう離さない。どんな罰が与えられても、一緒に責任取ってやる。間違った事をすりゃ叱る時だってそりゃある。だけど、拒絶なんかしないし、いつも大切に思ってる。

 彼の放ったその言葉は胸の奥で響く。

 自分が自我を失っている間に何が起きたのか……。

 そんな風に考えていれば赤髪の少女がスッ……と現れた。

「貴女は彼に……そして大いなる者に救われたわ」

 そう告げた彼女が金の杖で白い石の床を叩くと、炎が揺らぐジア・ル・トーが映された。そこには夜の者たちと随分と人間離れしてしまったおぞましい姿に変わり果てた彼と自分の成れの果てがあった。

「大いなる者とは、エルン・ジーアの王族の遠い先祖。昼の者だけでなく夜の者たちをも統べる大精霊とでも言うのだろうか」

 少し掠れた声に視線を向けると、灰色髪の小柄な少女が現れた。

 祈りの間で亡骸を見たのもそうだが、記憶の中で二人に既視感は充分にあった。

「アデレードと、フローレンス……? どうして……」

 唖然として訊くと、彼女らは「そう」「いかにも」とそれぞれ頷く。

「……どうしてと言われてもな。お前も含め我々は皆、馬鹿姫の魂から成り立った写しだからな。統合されて魂が一つになったのだから」

 フローレンスは気難しい表情でそう伝えると、アデレードは頷いた。

「そう。何が起きたかは彼女が語る通りよ」

 アデレードは映し出された光景に目を細める。

 天から差し込む金の光。それは樹海全体をたちまち包み込み始めた。

 やがて、光が弾けるように消え失せたと同時──空が白み始める。

 その途端だった。

「……ありがとう」と別の涙声が聞こえて視線を向けると、霧のようにシャーロットが現れた。

「貴女は宿命に向き合い運命を変えた。そして私の過ちを終わらせてくれた……」

 彼女は瞳いっぱいに涙を溜めて『ありがとう』とアイリーンに礼を言う。

 しかし妙だ。彼女の瞳は少し前に邂逅した時と違い薔薇色でない。柘榴石の如く黒みがかった濃い赤だ。

 それに、同じ女神の筈のアデレードは茶色を多く含んだ橙色。フローレンスは淡い緑に青が混じった神秘的なもの。しかし違和はそれだけでない。

 彼女らの身体はどこも結晶の侵食を受けていないのだ。

「あなたたち、みんな瞳の色が……」

 驚きつつ言えば、彼女ら顔を見合わせて呆れたように笑う。

「そういう貴女も自分の手を見て見なさい」

 アデレードに言われて、手を確認すれば全て柔らかな皮膚。覆い尽くされていた固く冷たい結晶はない。

「呪いが断ち切られたからとしか言いようがあるまい。私たちが渇望した終わりを向かえたからだ。お前も自分の運命によく立ち向かった。お前が果たした事で、私も自分の成すべき事はできていたのかもしれないと報われた気持ちになる」

 フローレンスは優しく笑み、アイリーンの頬を撫でる。

「フローレンスの手紙は……堅苦しくて何を言っているのか、たまに分からなかったわ。だけど、いつも励まされたの。あなたは私の憧れだったわ」

 これまでの想いを伝えると、彼女はふて腐れるように目を細めたが、すぐに優しく笑む。

 その途端だった。少し離れた場所から、何度も自分を呼ぶ声が聞こえてきた。

「……アイリーン」

 それがジャスパーのものだと分かりアイリーンは目をしばたたく。すると、彼女らは顔を見合わせた後、皆でアイリーンの手を取った。

「さぁ四代目。前だけを見て声の元へ向かえ」

 フローレンスに促されるがアイリーンは少し戸惑った。

 自分はシャーロットの魂の一部……写しだ。確かにこの身体は自分のものだが、権利は彼女にあるのでは。ほんの少し気がかりに思ってシャーロットを見るが、彼女は首を横に振った。

「この身体は貴女のものでしょう。彼が呼んでいるのは貴女よ」

「だけど……私で良いの?」

「確かに彼はアゲートと同じ魂を持っている。だけど転生しているから別人なの。何より、この身体は貴女のもの」

 強く諭すように言われて、アイリーンは決意し立ち上がる。

「分かった……」

 立ち上がるなり、そこは神殿のかいろうになった。

 声が響くのは門の方からだ。何だか彼が自分に会いに来た嵐のような出会いをふと思い出してしまう。

 アイリーンは三人の女神に頭を下げ、彼の声がする方に向かおうとした途端だった。

「四代目、どうか忘れてくれるな。汝岩の如き──」

「硬く砕けぬ心を持つわ!」

 ……忘れない。どんな時だって、往生際が悪い程、懸命に強かな心を持つ事を。

 フローレンスの声にアイリーンは僅かに振り返って叫ぶと彼女は深く頷いた。

 もう大丈夫だ。自分の心をしっかり強く持ち、地に足をつけ生きていく。不安を抱く時だってあるかもしれないが、それが何よりも生きている証明だ。

 過去があるから現在がある、そして現在は必ず未来に繋がっていく。

 アイリーンは直ぐさま駆け出し神殿の門をくぐり抜けた。

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