やがて眩さが収まり、ゆっくりと開けると今度は目の前に自分とそっくりな娘が立っていた。
纏っている装束も髪型も違かろうが、まるで鏡でもみているかのよう──髪や目の色素、顔立ちがよく似ている。しかし彼女の身は透き通っており、向こう側に広がる夕焼けの景色が見える。
「ごめんなさい私……」
直接言われた謝罪にアイリーンは言葉を詰まらせた。
今見たもの全てが彼女の記憶の全て、厄災の真実だろう。
確かにそれに至る理由はあまりに惨いものだった。他に縋るものがなく、何を信じたら良いのか分からなかったろうとは思う。
しかし、彼女の願いは許される事ではない。
それでも彼女が謝罪するのも分かる。これまで散々聞かされた嘆きの理由が理解できてしまうからだ。
「……あなた、シャーロットよね」
訊けば彼女はおどおどと頷いた。
「ねぇ、私って……もう死んでいるのよね。あなたはここに一人? 私の先代、先々代の女神たちはここにいるの?」
「ううん。アデレードとフローレンスは命を終えた後に私の中に戻っているの。あなたたちは全員、私の魂を引き千切って出来上がった〝写し〟……つまりは複製」
「ねぇ、まって私それだと……」
自分がここにいるのはおかしい。あなたと話せるのはおかしいと。伝えたい事が分かったのか、彼女は頷いた。
「ええ……貴女、現実の世界で生きているのよ」
「でもどうして……」
「理由はよく分からない。説明しづらいけど多分、貴女は私と波長が限りなく近いのかしら……こんなに容姿が似ている写しは初めてだもの」
と、シャーロットは告げるが、〝写し〟という言葉はやはり少しズキンと来る。
──魂を引き千切ってできた。それではまるで、〝自分は何者でもない〟気がしてしまった。
「……ねぇ。シャーロット。私って何? 私は授かった呪いの通り、ジャスパーに惹かれた、そして愛された。だけど拒絶されて……。あなたに私はまだ現実の世界で生きているって言われて驚いたけど、ちっとも嬉しくないわ」
力なくアイリーンが答えると、シャーロットは涙ぐみ、謝罪の言葉を口にした。
「……私がそれを口にして許されるか分からないけど。確かに貴女たち写しは私の魂からできた複製よ。だけど貴女はアイリーンに違いない。他の二人もそう。歩んできた人生も抱いた感情だって、それぞれのものだもの」
だけどこの結果は謝っても謝りきれない。とシャーロットはボロボロと涙を溢して何度も同じ詫びの言葉を繰り返した。
「……謝罪は聞き飽きているからもう要らないわ。今は平気だけど、あなたが悲嘆する都度、酷く頭が痛かったの。目の前が真っ赤に染まっていつも苦しかった。あなたの気持ちは分かっている、だからもう要らないわ」
きちんと告げると彼女は口を噤み、静かに頷く。
自分と彼女、確かに見た目は似ているが中身も似ているのだろうか……。
波長が近いというのはそういう意味であっているのだろうか。アイリーンは彼女を見るほどげんなりとした。
あまり自信なさげで、悩みやすく泣き虫。客観的に自分を見るとこんなだろうか。
確かにこれではサーシャも腹を立てる。そう思いつつアイリーンはシャーロットを力なく見つめる。
「ねぇ、シャーロット。あなたは魂の複製を止める手段を知らない? あなたの中に戻っているって事は存じているかもしれないけど、先代のフローレンスはこの呪いを断ち切ろうとしていたわ。そして私もジャスパーに触発されて同じ夢見た」
訊くと彼女は首を振る。だが途端にシャーロットの姿は掻き消され、彼女の記憶で見た真っ黒な異形の獅子が静かに姿を現した。
『そんなの簡単。現実に戻って君がおれを呼び出して、それを願えば良い。祝福を付与したのは誰でもなく、おれだから』
アイリーンに顔を突き出した異形は目をギョロギョロと動かして、キヒヒと気味悪く笑う。
見た目で判断するのは良くないが、こうもはっきりと間近で見ると、目を逸らしたい程に不安定になりそうな見てくれだ。
しかし、シャーロットの記憶の中でも感じたが、夜の者は口調も態度も穏やかで悪意というものは全く感じられない。
恐らく、自然霊という区分では昼の者と同じだろうか……。
「シャーロットは……」
『んー、あのお姫様、おれを見ると色々思い出しておかしくなるからね。理由は色々あるけどさぁ。一つあげるなら、魂だけの存在になっちゃうと時間の経過って恐ろしく早いんだ。彼女からすれば、あの日の事はまだ数日前の感覚。二代目は一昨日、三代目は昨日統合されたくらいの感覚でしょ。だから、お姫様はあんなに謝罪を並べてるの。彼女交えて話すと面倒だから、一時的に別の場所に飛ばしたよ』
なるほど。と、納得するが、これが現実世界でないとはいえ、夜の者とこうして直接対峙して話している事自体が恐ろしい。
足は震えて
『というかさ、君らの代は凄まじいよね、……まぁ凄いのは君じゃなくて王子様の方がだけど。破天荒過ぎ、それなのに頭が良い。まるで嵐に逆らって飛ぶ鷹みたい。轟音を巻き上げて空飛んでさ。囚われの
こんな恐ろしい精霊に天晴れだなんて言葉を言わせるのだから、本当にジャスパーは凄まじい人なのだろう。
「ジャスパーも……初めの王子、アゲートの写しですか?」
おずおずと訊くと、夜の者は首を振る。
『いいや、王子様は転生さ。お姫様の魂は彼が転生するたんびに僕らが寄ってたかって引き千切るのさ。そうして君みたいな写しができる。それが気の利かせた贈り物。だから王子様と同じ時期に生まれてくる。間隔はだいたい二百年に一度だね』
夜の者は悪意ない口ぶりでさらりと言うが、アイリーンは青くなった。
……寄ってたかって魂を引き千切る。シャーロット自身を食いちぎる地獄のようおぞましい光景が過ったのだ。
『キヒヒ、君の考えている通りだよ。だから理由はいくらかあるって言ったでしょ』
しかし先程から思うが、彼は心を見透かしているように伺える。
まさか分かっているのか……アイリーンは黙ったまま夜の者を見つめると『そうだよ』と笑んだ。
やはりか。取り乱して畏怖のあまり話せなくなっては本末転倒だ。アイリーンは深呼吸した後に仕切り直す。
「だけどどうして転生しているのに彼は錆の呪いを……」
『あれねぇ、お姫様が存在する以上はそうなるんだよ。そもそもだけど、最初の王子様がお姫様を思う心は本物だった。だってさぁ、肉体が壊れる寸前に言ったんだよ、あの男は! 〝何度生まれ変わっても君に惹かれる、この愛は本物〟ってね! 確かに僕らがお姫様の魂を引き千切って君みたいな写しを作っちゃいるけど、王子様の魂が自然と君を求めて引き寄せているようなもんだよ。もはや執着的な呪詛みたいな』
馬鹿みたい、でも面白い。と、彼は大口を開けて笑うが、アイリーンは微塵も笑えなかった。
「……私が存在しなければ彼の呪いはなくなる。厄災は二度と起きない。つまり、私とシャーロットが統合した上で完全に消滅できれば、呪いは消えるのですね」
『正解。統合された魂をおれが喰っちゃえば全部終わるよ』
何度も犠牲を増やさない為にも、自分がけりをつければ良い。思ったより呪いの解決は単純なものだった。
……リーアムやサーシャのように罪もない命が散る事もない。
こんな惨い歴史を繰り返さない為なら、もうどんな要求だって飲み込む。以前のジャスパーならきっとやめろと怒っただろうが、愛された事も今では過去の話だ。
その思考を読んだのだろう。夜の者は蠢く眼球を止め、首を捻ってアイリーンをジッと見捨てる。
『でもさぁ、魂の消滅って事は二度と生まれ変われないよ? あと君は生きているとはいえ瀕死。それに君さぁ……元のお姫様と波長が一致しているせいか共鳴を起こして面白い事になってるよ?』
言われた意味がよく分からない。アイリーンが眉をひそめると、彼はニィと鋭い歯を見せて笑う。
『
「……私が人を殺す前に、理知ある間に消滅すれば良いだけです」
アイリーンがそう答えると、彼はニタと大きな口を歪めて笑むが、その表情は余計に恐ろしかった。
『ふぅん、分かったよ。じゃあ現世のジア・ル・トーでね。ここから出るのは簡単。門を開くといいよ。そもそもここは君の心の深層、潜在意識の中だからね。簡単にできる事さ』
そう告げて、彼はスッと姿を眩ませた。
残されたアイリーンは抜け殻のよう。
いつまでも沈まぬ太陽を、ぼんやりと見つめていた。