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赤い光に促されて、アイリーンはゆっくりと瞼を持ち上げる。
穏やかに映し出される世界──そこはどこか既視感のある場所だった。
薄紫のヒースの花が丘一面に広がっており、頂上に聳える塔は夕焼けで薄紅に染まっていた。頬を優しく撫でる風は優しい香りを纏っており心地が良い。
(……ここって。この景色は確か)
少し前、夢の中でシャーロットがアゲートに語っていたジア・ル・トーそのものだ。
アイリーンは辺りを見渡すと、眼下に桃色に色付いた湖が広がっており、その畔に見覚えがある神殿があった。だが景観が明らかに違う。クリスタルなんて地面から一つも突き出ておらず、青々とした肥沃な自然が広がっているのだ。
丁度、丘の中腹だろうか。
先を見れば一本の道がうねりながら塔まで続いていた。
(だけど、私は確か……)
──ジャスパーを怒らせて拒絶された。
その際に酷い頭痛を起こして、そのまま気が遠のき気付けばこの世界……。思いの他、早くに状況の整理ができたが、様々な疑念が頭の中に駆け巡る。
まさか、あれが最終侵食で命が燃え尽きてしまったのか。
しかし、あの別れ方はあんまりだ。彼の杞憂を無視していたのは悪かったかもしれないが……その罰にしては早急だ。
「どうしよう私……」
拒絶された時に泣いた所為か、あまりに唐突な状況変化の所為か涙は出てこなかった。しかしこんな場所で立ち尽くしていても仕方ないと分かる。
現在の選択肢は丘を下るか、上るかの二つだけ……。
アイリーンは丘の上と神殿を交互に見る事間もなく、頭の中に聞き覚えのある少女の声が響いた。しかし、今はひび割れて聞こえず、頭痛も伴わない。
ただ、さめざめと啜り泣き──
「ごめんなさい」
「こんなの知らなかった」
「私はこんなの望んでいない」
と、いつもの懺悔じみた言葉を呟くだけだった。
(……上の方から)
その声が丘の上から響いていると、アイリーンは感じ取った。
まさかそこにシャーロットがいるのだろうか。アイリーンは導かれるように、ゆるやかに続く坂道を上り始めた。
自分の身体は侵食を受けてあまり体力などない筈なのに、不思議と疲労感はなく。むしろ足取りは軽かった。すいすいとアイリーンはヒースが咲き乱れる丘を登りきると、夕焼けの色をそのまま映した塔が目の前に。
塔の入り口はもはや通路のように反対側へと貫通している。丁度向こう側に赤々とした落陽が見えてアイリーンはその美しさに見とれ呆然とした。
しかし、上って居た時から空模様が変わらず、日が沈む様子はない。なにせ太陽の位置もピタリと止まったままだからだ。
しかしいつまでも見ていられそうな美しい世界だ。アイリーンは塔の中への歩みを進め、真ん中で立ち止まった。シャーロットの啜り泣く声が強く響くのだ。
「シャーロット?」
アイリーンは彼女を呼ぶとピタリとその泣き声が止まる。その次の瞬間、目の前に眩い光がまたたき、アイリーンは堪らず瞼を伏せる。
『貴女は……』
呼びかけられる声とともに、たちまち脳裏に数多の記憶が駆け巡る。