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42 落陽迫る廃墟の塔

  ※


 赤い光に促されて、アイリーンはゆっくりと瞼を持ち上げる。

 穏やかに映し出される世界──そこはどこか既視感のある場所だった。

 薄紫のヒースの花が丘一面に広がっており、頂上に聳える塔は夕焼けで薄紅に染まっていた。頬を優しく撫でる風は優しい香りを纏っており心地が良い。

(……ここって。この景色は確か)

 少し前、夢の中でシャーロットがアゲートに語っていたジア・ル・トーそのものだ。

 アイリーンは辺りを見渡すと、眼下に桃色に色付いた湖が広がっており、その畔に見覚えがある神殿があった。だが景観が明らかに違う。クリスタルなんて地面から一つも突き出ておらず、青々とした肥沃な自然が広がっているのだ。

 丁度、丘の中腹だろうか。

 先を見れば一本の道がうねりながら塔まで続いていた。

(だけど、私は確か……)

 ──ジャスパーを怒らせて拒絶された。

 その際に酷い頭痛を起こして、そのまま気が遠のき気付けばこの世界……。思いの他、早くに状況の整理ができたが、様々な疑念が頭の中に駆け巡る。

 まさか、あれが最終侵食で命が燃え尽きてしまったのか。

 しかし、あの別れ方はあんまりだ。彼の杞憂を無視していたのは悪かったかもしれないが……その罰にしては早急だ。

「どうしよう私……」

 拒絶された時に泣いた所為か、あまりに唐突な状況変化の所為か涙は出てこなかった。しかしこんな場所で立ち尽くしていても仕方ないと分かる。

 現在の選択肢は丘を下るか、上るかの二つだけ……。

 アイリーンは丘の上と神殿を交互に見る事間もなく、頭の中に聞き覚えのある少女の声が響いた。しかし、今はひび割れて聞こえず、頭痛も伴わない。

 ただ、さめざめと啜り泣き──

「ごめんなさい」

「こんなの知らなかった」

「私はこんなの望んでいない」

 と、いつもの懺悔じみた言葉を呟くだけだった。

(……上の方から)

 その声が丘の上から響いていると、アイリーンは感じ取った。

 まさかそこにシャーロットがいるのだろうか。アイリーンは導かれるように、ゆるやかに続く坂道を上り始めた。

 自分の身体は侵食を受けてあまり体力などない筈なのに、不思議と疲労感はなく。むしろ足取りは軽かった。すいすいとアイリーンはヒースが咲き乱れる丘を登りきると、夕焼けの色をそのまま映した塔が目の前に。

 塔の入り口はもはや通路のように反対側へと貫通している。丁度向こう側に赤々とした落陽が見えてアイリーンはその美しさに見とれ呆然とした。

 しかし、上って居た時から空模様が変わらず、日が沈む様子はない。なにせ太陽の位置もピタリと止まったままだからだ。

 しかしいつまでも見ていられそうな美しい世界だ。アイリーンは塔の中への歩みを進め、真ん中で立ち止まった。シャーロットの啜り泣く声が強く響くのだ。

「シャーロット?」

 アイリーンは彼女を呼ぶとピタリとその泣き声が止まる。その次の瞬間、目の前に眩い光がまたたき、アイリーンは堪らず瞼を伏せる。

『貴女は……』

 呼びかけられる声とともに、たちまち脳裏に数多の記憶が駆け巡る。

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