──その日アイリーンは不思議な夢を見た。
なぜだか自分が夜会にいる夢だった。
纏うドレスはクリーム色。
幾重にも重なったレースの裾にはキラキラとした若草色の糸で蔓草のような模様が繊細に縫われており、橙色や金色の鉱石が鏤められている。何とも随分と華美な装いだった。
しかし、鏡の中に映る自分の顔に靄がかかってはっきりと分からない。髪色は同じだが、明らかに瞳の色が違う。
薔薇色ではない──深い赤だ。
それに心なしか顔立ちも違う気がするので……自分ではない事は分かった。
鏡の中を今一度覗こうとするが、やはり自分の顔が見えず段々と目眩がしてきた。
奇妙だった。夢だと分かるものの自分の意思など関係なく身体は勝手に動くのだ。もはや見知らぬ他人の身体に入り込んで、観客になっている心地がする。
絢爛豪奢な調度品。眩い程のシャンデリア。響き渡る音楽に合わせて手を取り合い踊る男女──何もかもが珍しいものだらけでアイリーンはジッと見たいところだが、この人物の視界はクラクラと揺れていた。
やがて辿り着いた先はバルコニーだった。
そこにあるベンチに腰かけて空を眺めると、金銀に輝く星々がまたたいていた。
つい先程ジャスパーと眺めた星空で見つけたものと同じ配列の星もある。そんな事を考えていた矢先だった。
「あんた大丈夫か? 具合でも悪いのか?」
どこかジャスパーに似た青年の声だった。振り返って直ぐに映った顔にアイリーンは呆然としてしまった。
鳶色の髪に、釣り上がった瞳はあまりにもジャスパーに似ていたからだ。しかし、彼も瞳の色は違う。漏れた光に映る彼の瞳は若苗色だった。
「……ん。あんた、エルン・ジーアのシャーロット王女か?」
──エルン・ジーアのシャーロット。そう呼ばれた彼女は「ええ」と答えるが、途端に音が消えた。
何か話をしているが唇は読めない。
ジャスパーによく似た男はどこか照れたような顔で笑う。釣り上がった目を細めて頬を掻く仕草までそっくりだ。
しかし、夢にしてはよく出来すぎている。
エルン・ジーアのシャーロット王女……もしや、まさか。
初代女神となった王女ではないのかと自然と結び付いてしまう。
(……発音が違うだけで国名は女神信仰と同じ。これって)
アイリーンは彼女の視界に必死に食らい付く。
だが、途端にひやりとした感触が背筋に這う。瞬く間に、ミシミシと手足の骨が潰されるような感触がしてアイリーンはハッと目を覚ました。
──侵食だ。
目を見開き大粒の涙を溜めたアイリーンは悲鳴をあげぬように歯を食いしばる。
それから暫くしてピキピキと亀裂が走るような音が止まったと同時アイリーンの瞳から大粒の涙が流れ出した。
荒い息を吐きつつ手を見ると手の甲にあった侵食が進んだ事が分かる。足に関しては今確認する元気もないが、今も不快な痺れが残っている。
しかし随分と久しかった。これが日中に起きるのも珍しい。
神妙に思いつつ起き上がったアイリーンは、ナイトテーブルに置かれた水差しからコップに注ぐと、それを一気に煽った。