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22 従者の本音

「僕の役目は女神を護る事。このように、女神が外に連れ出された時に連れ戻しに行くのも一応は僕の役目……だそうです。こんなの前代未聞、ジャスパー殿のお陰で神殿は大混乱でしたよ。そこで渡されたのが、加護を受けたこのアミュレット」

 そのお陰で精霊に惑わされず歩めました。と、リーアムは説明すると大きなため息をつく。

 ジャスパーは「なるほどな」と何だか少し残念そうな様子だった。

 恐らく興味を持ったカラクリが期待外れだったのだろう。

「しかしなぁ……お前がどうやって女神の従者や司祭を口説き落としたか謎過ぎて……一番お前が恐ろしいかもしれないな」

 目を細めつつジャスパーがヒューゴーに言うと──

「非常に単純で簡単な説得でしたよ」と彼は朗らかに笑う。 

 それで一幕終わったのだろう。

 ようやく沈黙が訪れ、アイリーンはおずおずとリーアムに視線を向けた。

「あの……リーアム。サーシャの語った事って全て事実ですか?」

 従者たちの命が女神の贄という事。それを怖々と聞いて間もなく、リーアムは戸惑った様子で頷いた。

「私は何も知らなかった。だから、貴方たちに拒絶されても仕方ないと思いました。だけど贄なんて要らない。この機に貴方たちは遠くに……」

 ──逃げ切るべきだろう。と、アイリーンが続きを言う前に、リーアムが口を挟む方が早かった。

「憎んでなどおりません。拒絶していれば、僕はアイリーン様に会わせてくれなどジャスパー殿に申し出たりしませんよ」

 ──僕の想いが分かりますか。と、咎めるように言われて、アイリーンは目をみはる。

 真っ直ぐに向けた彼の青々とした瞳は曇りや濁りなど一切なかった。

 力強い。それでも優しい色をたたえている。そう、恨んでなどおらずただただ心配といった色だけが窺える。

「……ごめんなさい、私。貴方個人の気持ちを踏み躙るような事を」

「ええ、僕は貴女を守る剣に違いないですが、僕を一人の人間として見て頂きたい。こんな事を神殿で言えば大目玉ですが……僕はアイリーン様と同じ、意思ある人間ですから」

 ──人間。神でなく、人間。

 その言葉にアイリーンの瞳は瞬く間に潤った。

「どうして。どうして私を恨まないの。私がいるから貴方は……」

 涙で震えた声でアイリーンは伝えるが、すぐに彼は首を横に振る。

「僕は神託でアイリーン様の従者に選ばれました。幼少期からの刷り込みもあるでしょう。この方の為に尽くし生きる〝そういう宿命〟だと思っていました。確かに理不尽と思った事はあります。だけど、貴女自体に一切の非はない」

 ──厄災を起こさぬ為に。女神らしくあるようにと言う他はなかった。悲しい顔をされれば罪悪感も覚えた。

 けれど、刃向かう勇気がなかった。貴女を連れ出して外に出て二人で生きてゆけるのか。そもそも外に出られるのか。死なせてしまうのではないのかという恐怖に取り憑かれていた。

 だから、何もできなかった──と、リーアムは苦しげに一つずつゆっくりと告げる。

「……僕はアイリーン様に顔を隠せと何度も言いましたよね? あれはなぜか分かりますか?」

「そういう規則だから、醜い侵食が人目に付かないようにという警告だと……」

 自分が思っていたままを言うと、彼は首を横に振るう。

「事実、規則だったのはあります。ですが僕が絶えられなかったのです。貴女の命を食い尽くすものを見るのが苦しかったのです」

 ──どうする事もできない事が苦しかった。何もできなかった自分を許して欲しいと最期の時に言おうと思った。

 リーアムはそう告げると、見た事もない笑み方をする。

 くしゃっとした笑い方だ。中性的で神秘的な美貌の持ち主だとはずっと思っていたが、それがあまりに男性的でアイリーンは息を飲む。

「僕は情けないです。けれど僕がやりたくてもやる勇気がなかった事、外から来たジャスパー殿がさらりとやってのけたのですよ。貴女の運命の人は大したものです」

 リーアムの言葉にアイリーンは唖然としてしまうが、今まで黙って聞いていたジャスパーはいぶかしげな視線を彼に送る。

 それに気付いたのだろう。「なんです」と、リーアムは居心地悪そうに訊く。

「いや……俺は天才だからそれはさておき。アイリーンは事実可愛いが、あんたこそ美人じゃねぇのって。女装でもさせればそんじょそこらの女に負けないんじゃねぇのって思っただけ」

 けろりとジャスパーが言うが、リーアムは目を細めて、不機嫌な顔をした。

「貴方が天才なのは認めますが……ジャスパー殿、貴方本当は馬鹿じゃないですか。僕と貴方は同じ歳ですよ。普通に髭だって生えますし」

 呆れたように言うリーアムにジャスパーはケラケラと笑う。

 ……しかし、本当にいつの間にここまで仲良くなったのか。アイリーンは、和気藹々と罵り合う二人をぼんやりと眺めた。

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