──夕飯を一緒に取ろう。その席にアイリーンも呼ぶ。
その旨を言った後、ジャスパーは自室へ戻った。
しかし部屋に着いてすぐ、ベッドの上に転がっている少女の姿にジャスパーは唖然としてしまった。
なぜ自分の部屋にアイリーンがいるのか。男の部屋だ、なぜこうも無防備に寝ているのか。否、キスも知らない彼女はそんな常識など無いかもしれないが……。
「おいアイリ……」
起こそうとしたが、ジャスパーは口を噤む。
まじまじと見たアイリーンの寝顔があまりにあどけなくて愛らしかったからだ。
こうも気持ち良さそうに眠っている所を無理に起こすのも酷だろう。ジャスパーはベッドに腰掛けて彼女の頬にかかった髪を優しく指で掬う。
すると瞼がピクピクと動き、やがてとろんとした薔薇色の瞳と視線が合う。
「じゃすぱ……?」
ふわふわと呼ばれて、ジャスパーは微笑む。
しかし、即座に我に返った彼女は〝やってしまった〟とばかりに跳ね起きた。
「ご、ごめんなさい……待っていたらベッドで居眠りなんて……」
「いいや。俺の部屋でも好きにしてくれて構わないがな。でもな、男の部屋で無防備な姿を晒すのは褒められた事じゃないとは思う」
「本当にごめんなさい……」
彼女はシュンと肩を竦めて萎縮してしまう。
「怒っちゃいない。ただな、俺だって男だ。俺がアイリーンにした事をよく思い出せ。ちょっとは警戒してくれ」
「前の……」
それで通じたのだろう。アイリーンは途端にポッと頬を赤く染める。
この様子では、あの行為はみだりにして良い事でないと理解しているだろう。
「なぁ。アイリーンって、あれの意味分かるか?」
訊くと、彼女はゆるゆると首を振り「でも」と消え入りそうな声で呟いた。
「多分、人に言ったらいけないような
「多分そこまで恥ずかしい事でもないが」
粘膜接触だの余計に卑猥に聞こえる。とは言いたいが突っ込めず、思わず目に手を当ててしまった。
一応は軽くそういった知識があったのか。
しかしこの様子では詳しく分かっていない。無知も等しいと分かって、酷い罪悪感と恥が交差して頬が熱い。
ジャスパー熱を払うように首を振る。
「……なぁアイリーン。あれは本来、互いが愛おしくて仕方ないって気持ちにならないとしちゃいけない行為なんだよ。唇は尚更。キスっていう愛情表現だ。あの時俺は、これ以上アイリーンを悲しませたくないとか。続きの言葉を言わせたくなくて気付いたらキスしていた。だから軽率な行動に俺は謝った」
言葉にするのも酷く照れくさい。聞いているアイリーンも同様だろうか。頬を更に赤らめて俯いていた。
「前にそんな話にもなったが、俺の身体は子を成せるんだよ。その様子じゃ〝どんな事をしたら子どもができるか〟分かってそうだが……つまり俺にはそういう欲が普通にある。何度も言ったがあんたは可愛い。侵食されてようが俺からすれば……」
途中でアイリーンに袖を摘ままれた。
それから間髪入れずに「私も」と震えた声で
「……言ってなかったけど、私も子を成せる身体なの。でもそんなの、女神にはきっと要らない機能なのに変だなって」
ジャスパーの思考が止まった。
劣欲を持つと宣言した男を前にして言うべき内容でない。どこまでも世間知らずか。純朴で素直過ぎるのか……。
彼女の事だ、恐らく〝自分も打ち明けなくては対等でない〟と思ったのだろう。
そんな彼女を性的に見てはいけない。そうは思うが、訳の分からない興奮が腹の内で疼き出す。
そんな思いなど知らず、彼女は潤った唇を開き話を続けた。
「あとね。キス? された時、私ね、すごくそわそわして。だけど、不思議で……嫌じゃなかったの。だからジャスパーはもう謝らないで」
追い打ちのように更に頬が熱くなった。
今の自分は、とんでもない間抜け面だろう。ジャスパーは直ぐさまアイリーンから目を逸らす。いや、平常心を保たなくてはこのままシーツの海に彼女を押し倒してしまいそうな気がする。
告白もまだ。ちゃんと気持ちを伝えたいが、今全てを伝えたら下心で動いているようになってしまう。まだだ、今じゃない。
「ジャスパー……?」
明らかに取り乱したのを悟られたのか、彼女が心配気に訊くがジャスパーは邪念を払うように首を横に振る。
「……キスした事も今の話も全部、二人だけの秘密にできるか?」
僅かに目をやって言うと、アイリーンは何度も頷いた。
「だって、恥ずかしい事だって何となくわかるもの……」
「ああ、だから約束できるな?」
そういって小指を差し出すと、アイリーンはおどおどしながらも熱くなった小指を絡めてくれた。