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──話がしたい。
ヒューゴーからリーアムの伝言を聞かされたのは丁度昼過ぎ。街に降りたジャスパーが工場で労働者に混じって作業に没頭していた最中だった。
公爵自ら工場で働く事ない事は重々承知だが、単純作業の繰り返す労働は好きだった。余計な事を考えず済み気が紛れる。
それに労働力が一つ加わるだけで僅かでも効率は上がるのだ。
まして自分自身は飛行士であり技術者の端くれだ。直接見て意見もできるし、別の技術者の意見を聞くのも興味深かった。
それに労働者たちは皆、懐っこい。ジャスパーはそれが何だか嬉しかった。
まるで自分があたかも
立場上の威厳の問題もあって、使用人のヒューゴーはあまり良くは思っていないが、それでもジャスパーは構わなかった。
……しかしリーアムから話とは。
彼らが屋敷に来て早い事一ヶ月近くが経過するが、二人とも石英樹海の外の空気が合わないのか、体調が優れないようで部屋に篭もっている。
あれ以降、リーアムとは二度程顔を合わせただけ。見るからに顔色が優れないので、大した話はできていない。
サーシャに関してはあれ以降一度も会っていない。女の使用人の話によれば部屋でぐったりと過ごしている事が多いようで、食事もあまり食べないそうだ。
呼ばれるというくらいなので何かあったのだろう。
考えながら事務所に入るなり、煙草をふかしていた一人の男に声を掛けられた。
「おやおや公爵殿。退勤ですか?」
ジャスパーは苦笑いで片手を上げる。ここの工場を取り仕切るヴィオス子爵だ。
「ああ、もう帰るわ。来客者に呼ばれたみたいでな」
「ご来客中ならば、わざわざ工場に来なくても……ヒューゴーの呆れ顔が怖い事」
「まぁ、あいつ元軍人だし顔は怖いのは言えてる。使用人って名目なだけで、用心棒兼飛行士の先生みたいなもんだし」
戯けつつ答えた矢先──ゴホンと咳払い一つ聞こえて、視線を向けると事務所の外で待つヒューゴーが目を細めてこちらを睨んでいた。
「怖っ。いたのかよ」
「いますよ。強面で申し訳ございません」
それより早く支度してください。と言わんばかりに睨むのでジャスパーはそそくさとロッカーからヘルメットや貴重品を取り出した。
その様子を傍観していたヴィオス子爵は軽い笑いを溢す。
「まぁ、ヒューゴーの苦悩も分かりますよ。実務経験の長さや年功序列で無礼講だの言う領地一番のお偉いさんですし」
「それを言うなよ。あんたら全員それで納得しただろ。実務能力の高い奴や先人に従う。俺は下っ端の若造。当たり前の……」
「ジャスパー様」
話を割ってヒューゴーは事務所に入ってくる。
……元軍人。下手をすれば貴族以上に立場に煩い。
相変わらず面倒と思ってジャスパーは「はいはい」と適当な返事をした。
この男を配下にしたのは、飛行二輪の指南役が欲しかったからだ。
それに開発中であった新型飛行二輪のテスト飛行士も欲しかった。そこで見つけた最良物件こそヒューゴーだった。
丁度十年ほど前、海を挟んだ南大陸の国が突如侵攻を開始した。
けれど、この侵攻は三ヶ月程度であっさりと終結した。
国土を守れたのは軍のお陰としか言いようもない。
だが、全く被害皆無という訳でなく、軍人の死傷者は多く出た。
この侵攻の際、ヒューゴーは最小限の被害で済むであろう別の作戦を提示した。それでは多くの兵の犠牲が出ると軍の上層部に訴えたが、彼らは階級を理由に耳を貸さなかった。
結果、多くの部隊が壊滅。
最も犠牲が少なかったのはヒューゴーが隊長を務めていた五十人の部隊だった。とはいえ、生き残ったのはヒューゴー含めて五人ほど。
そこを不審に思ったのか、空軍の長官に〝怖じ気づいて作戦を全うしなかった〟と濡れ衣を着せられて、お払い箱となった。
──かの迎撃戦の壊滅部隊で無傷で帰還して退役を強いられた軍人がいる。
その話は有名になり、ジャスパーは彼が気になり接近した。
強面で寄り難い雰囲気のある男だが、普通の軍人と明らかに違う空気だった。
相当頭がキレる。それは一言二言、会話して即理解した。
うちで働かないかと誘い、初めは断られたが、彼と話すうちにジャスパーはどうしてもこの男が欲しくなった。
チェスを交えた事もあるが、彼は論理的だ。その上、観察眼が鋭い。
益々魅力的に思い、口説きに口説いて三ヶ月。
彼はジャスパーの元へやって来た。
(階級を恐れず刃向かった本人なのにな……)
自分の事を棚に上げるなよ。とは思うが、長い付き合いになるので彼の思惑はだいたい読める。
それだけ自分は彼や周りの人間からの信頼を得ているのだ。
自分は〝良い領主〟だろうか。
そう思うと喜ばしいが、何となく腑に落ちない。
やはり八歳も年上──三十歳ともなれば人生の経験値が格段に高く、彼の方が一枚も二枚も上手だ。それが少しだけ悔しい。そう思いつつ、ジャスパーは後ろを付いてくるヒューゴーを一瞥したと同時だった。
「そういった気さくな部分に民は惹かれるのでしょうけどね。威厳は大事だと思いますよ。あと、ジャスパー様は口が悪いですし。女性から野蛮だと思われてもおかしくありません」
そう風に言われて、ムッとした。
「お前も人の事言えねぇだろ……」
国の為に命を張った後は、変人公爵の配下となり飛行二輪研究や石英樹海を突破する事に明け暮れていた。色恋に現を抜かす暇はなかっただろう。
しかし、ヴァラの話によると彼はメイドたちをキャーキャー言わせているそうだ。強面ではあるが、事実気立てが良い。
「ジャスパー様を差し置いて、俺が先に結婚しちゃいけないように思いますので」
今のは明らかに戯けていた。笑いを堪えているのか凜々しい眉が震えている。
「そんなもんねぇよ」と一蹴りしてジャスパーは尚更に唇を拉げた。