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15 苛烈なる告白

「……女神を石英樹海に閉じ込めなきゃいけない理由はよく分からないけど、私たちは神託で従者として選ばれたの。まぁ従者なんて名ばかりよ?」

「サーシャ、お前が口出しをするな」

 話をさえぎるリーアムに対し、サーシャは心底不機嫌な顔で彼を睨み据える。

「何よ、別に今更じゃない? こんな惨めで世間知らずな馬鹿な子の為に取り繕って、一生を捧げる私たちも良い被害者じゃない?」

「黙れ。言って良い事ではない……」

 なぜか一瞬リーアムと目があった。どこか焦ったような表情だ。アイリーンは思わずサーシャと彼を交互に見る。

「やめろ、我々の身の程を弁えろ、お前はこれ以上言うべきじゃない」

 強くリーアムは糾すが、鼻を鳴らしたサーシャは「馬鹿じゃないの」と一蹴りした。

「……何が女神よ、疫病神じゃない。私は私として生まれた事を後悔しているわ」

 信じられない言葉だった。長年、友達と慕っていたサーシャがこんな事を言うなんて信じられなかった。

 疫病神。私が私として生まれた事を後悔する。

 なぜにそんな言葉を吐くか分からぬが彼女と視線が交わった途端、それが事実だとアイリーンは即座に理解した。

 サーシャの顔立ちはどこか人懐こい印象が強かった。それが、嘘のように冷めていたからだ。視線は冷たく、蔑視されている事が言わずとも分かりアイリーンは震え上がる。

「……サーシャ」

 名を呼んですぐ、返ってきたのはいつもの気の抜けた返事ではない。

 心底険悪的な舌打ちで──アイリーンの心を抉るのは充分過ぎた。

 事実なのだろう。それでも理解したくない。

 目をみはるが、ぽっかり心に穴でも開いてしまったかのようで、涙なんて出てきやしなかった。

「リーアム。もう今更じゃない?」

 やれやれといった呆れきった調子でサーシャは隣のリーアムを一瞥すると、ジャスパーに向き合い口を開いた。

「私たち従者は女神の贄よ。厄災の力を弱める為に女神は死ぬ時に必ず二つの命を持って行くの。それが従者の役割よ」

 サーシャは次第に声を荒くして更に続ける。

 ……石英樹海の位置する場所には神秘の国があったらしい。

 この王族というのが歴史の中で大精霊と交わったとされており、神秘的な力を扱う才能に長けた人間だった。そんな中、愚かな姫君が自分を呪いそれによって樹海が発現したそうだ。

 その愚鈍な姫君こそ初めの女神。

 そして亡国の生き残りこそが石英樹海の民。

 それが自分たちだとサーシャは嘲笑する。


「神託って貧乏くじの所為とはいえ、どうして私を贄にするの。私がどんな罪を犯したって言うのよ? 何が楽しくて薔薇色の怪物の飼育係をしなきゃいけないのよ」

 その言葉にアイリーンは頭が真っ白になった。

 にわかに信じられなかった。

 今まで自分だけが何も知らずに生きてきたのだ。

 全てが偽りだった。あまりの衝撃に頭がグラグラと痛む。

 蒼白になったアイリーンを見かねたのだろう。リーアムは立ち上がり、アイリーンの側に歩み寄り肩を抱き寄せる。

「……もうやめろ、サーシャ」

 それ以上は言うな。と、彼は静かに告げるが、それでもサーシャは止まらなかった。

「昔から思うけど、あんたって本当に気持ち悪い男ね! 私はアイリーンが大嫌いよ。だけど、貴方ってばこんな疫病神を気に入っているもの! あんたさぁ、頭の中に蛆虫が湧いているでしょ?」 

 ──本当におめでたい男。そう吐き捨てたサーシャはせせら笑った。

 あまりに壮絶な情報にアイリーンの思考は追い付けなかった。

 裏切られた。

 違う……はなから愛されておらず憎まれていた。

 元々、性格が合わないとは思っていたが、ここまでなんて誰が想像するか。

 途方もない虚無がのしかかりアイリーンの視界は霞む。

 果たして私の十七年間は何だったのだろうと……。

 アイリーンは縋るようにリーアムを見上げた。

「……リーアム。サーシャの言葉は事実ですか?」

 発した己の声は自分でも驚く程に震えていた。それでもしかと理解できたのだろう。リーアムはアイリーンを見つめたまま離さなかった。

「お願いリーアム。嘘だって言ってくださいよ……」

 しかし、彼は否定も肯定もしない。その瞳には動揺で酷く揺れている。

 もうそれだけで事実だと理解できる。

 堪えきれず涙が溢れそうになった。しかし、ここで無様に涙を流す姿なんて見せたくもない。

 サーシャの言う事が本当であれば、涙を流す事はお門違いだと思えたからだ。

 自分が死ねば従者は死ぬのだ。そんな事知りもしなかった。

 アイリーンは肩を抱くリーアムの手を振り払い、急ぎ応接間を飛び出した。

 階段を駆け上り、宛てられた部屋に飛び込み、扉を閉めるとアイリーンはその場に崩れ落ちる。ぽたぽたと煩わしい程の大粒の涙が頬に伝い、瞼を伏せると視界は真っ赤に染まっていた。

「嫌だよ……」

 なんで。どうして。信じたくない。

 アイリーンは手で顔を覆いひとしきり泣き続けた。


  ※


「あんたさ、いくら何でも伝え方や言い方ってもんがあるんじゃねぇの……」

 アイリーンが去った後、ため息まじりにジャスパーが言うと、サーシャは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「ようやく神殿から離れられて、憎む相手に何を気遣えと言うのよ? 言い方っていうのはおあいにくさま。私は元々憎たらしい言葉使いしかできないのよ」

 冷め切った口調で言われて、ジャスパーはやれやれと首を横に振った。

「あんた本当に腹の立つ女だな」

「それはそれは、ありがたいお言葉で」

 従者が贄とは薄々想像できていたが、彼らが自分の運命を知っているとは思いもしなかったし、まさか女神に対してここまで憎悪を剥き出してくると思わなかった。

 だが、ジャスパーからすればこの女は決して敵ではない。

 調査に対しては協力する姿勢がある事は窺える。

 今すぐにでも聞きたい事は山のようにあるが、見るからに扱いづらいのは目に見て取れる。

 今心配なのはアイリーンだ。

 この後どう声をかければ良いのか分からない。それでも、こんな時に限って傍にいないのは、守ると言ったのが早速嘘になってしまう。

 ジャスパーは立ち上がり、部屋の隅に控えていたヒューゴーに歩み寄る。

「陸路の旅お疲れ。彼らに部屋を与えてくれ。上手くやってくれた事に感謝しかねぇわ……お前もゆっくり休んでくれ」

 労うように肩を叩いて命じるとヒューゴーは頷き、少し疲れた笑みを見せた。

 本当によく働いてくれたと思う。

 むしろ、よく司祭や神官たちを説得させたものだと思う。その手腕はいかなる話術を使ったのか想像できないが……。

 ジャスパーはそんな事を考えつつ部屋へときびすを返した。

 女の方は大丈夫だろう。むしろ言いたい事を言ってせいせいしたのが窺えるが、片やリーアムは完全に憔悴していた。

 帰り際に一瞥した彼は、机に肘をつけて頭を抱えていた。割と長身ではあるが、初めの威勢が嘘のように彼が小さく思えてしまった程。

 同性故になんとなく察するが、あの敵意といいアイリーンに対して過度とも取れるよくが窺える事から察するに、リーアムはアイリーンに対して従者以上の深い情を持っていたのだと憶測できる。

 ましてサーシャの言葉も考慮すれば、ほぼ確定だろうと思った。

異性に対する愛か、兄弟愛のようなものかは明確でないが、きっと目に入れても痛くない程にアイリーンを愛していた事は分かった。

 それがだ。自分の手の中にいた女神が外の世界の男に連れ去られたのは心底面白くなかったに違いない。

 そして、死守するようにひた隠しにしてきた事を、あんな形で破られてしまうとは。どちらの愛にしたって彼の心を傷付け酷く抉ったに違いない。

(男の立場で考えると心が痛むな。それでも、リーアムの方が情報を多く持ち合わせているだろうし……)

 半年は時間で考えると比較的長いだろうが、あまり悠長にしていられない。樹海の外に出て侵食が穏やかになったとはいえ止まった訳ではないのだ。

 アイリーンの顔に散らばった結晶は耳の一部まで侵食されており、左手の指先は完全に結晶化している。

 それに抱き締めた時に分かったが、身体の側面に広く硬い部分が広がっており、想像以上の侵食を受けている事は想像できる。

 今すぐではないだろうが、彼女の命がどれ程度持つか想像できなかった。

 どうにかして自分たちは救われたい。

 呪いを絶ち切り全てを終わらせる事──それが三代目晶の女神と錆の王子が成せなかった強い願いに違いなかったのだから。

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