始まりがあれば終わりがある、そしてその逆もまた然り。
麗の騒動とイベント盛りだくさんだった夏休みも終わりを迎え、学院への登校が始まる日がやってきた。
と言っても上流階級の子女が通う学院と言えどもこのご時世においては、一般的な高校と大きな違いはなく学院長の挨拶のある始業式と、簡単な授業以外はいわば車のアイドリングのような緩い立ち上がりであった。
「とうとう夏休みも終わってしまいましたわ~」
「ふふ、麗さんは毎年のように夏休み明けの初日は辛そうにしていますね」
「辛いですわ~、ゆるやかぐーたらにお屋敷で過ごしたいのですわ!」
「このおバカ、そんな事を力一杯主張するなんてはしたないですわよ」
授業も終えた放課後、通常の登校日に比べて幾分か早く迎えたいつもの友人達とのお茶会において麗はだらけきった姿を友人たちに見せ、二人の友人には呆れられつつも微笑ましいモノを見る目で見られていた。
「乙女さんと明美さんは、夏休みどうしてましたの?」
「ワタクシはお父様たちと一緒に、ヨーロッパにある別荘に参っていましたの。とても有意義なバカンスになりましたわ」
「まぁ素晴らしいですわ、私は……お爺様がしきりに勧めてくる縁談漬けの毎日でしたの」
「お、おおう……大変ですのね、明美さん」
「もう慣れましたの」
ぐったりとだらしない仕草を乙女から注意を受けてしゃきっと立て直した麗は、部屋に控えている学院所属の侍女が淹れてくれた紅茶を啜りながら、友人らに夏休みがどうかったかと問えば返って来たのは中々にハイソなお話。
割と海外旅行とかおフランスに憧れが無いわけではないが、魔法少女の活動もある為余り遠出が出来ない麗は乙女の語る内容に目を輝かせ、続いて明美が話した縁談地獄の話に頬をひきつらせた。
「そう言う麗さんはどうでしたの?」
「え?わたくし?」
「私も気になりますわ」
そんな話が盛り上がれば当然、自分達の事ばかりだけではなく麗の夏休みが気になる友人二名。
しかし当の麗本人としては、ロンロンを助けるために死闘を繰り広げたり海に出かけたらシャチ怪人と死闘を繰り広げたなどと言えない都合上、戦闘時以外はIQが低いとロンロンに称される事が多い頭脳をフル回転させて言葉を紡ぐ。
「わたくしは穴場の海水浴場へ行きましたわ、焼きそばとかスイカを堪能しましたの!」
「まぁ、麗さんが楽しかったのならよろしいですけど……」
「気取らないのが麗さんらしいですね」
満面の笑みを浮かべ夏をエンジョイしたと主張する麗が語る内容に、上流階級の子女としてそれ良いのだろうかと突っ込みたくありつつも当の本人が満足してるのなら、野暮なことは言わないでおこうと乙女は何とも言えない表情で言葉を返し。
マジカルウララがとある海水浴場を防衛した記事もしっかり保管していて、マジカルウララの正体が麗と知っている明美は全て理解した上でにこにこと微笑みながら麗の言葉に同意を示した。
そんな具合に時折内容にハイソな内容が混じる事はあれど、基本的に年若い少女達の会話が花開くお茶会であったが、この日は少しばかり状況に変化が生じる事となる。
「皆様方、柳僧院様がこちらへ参りたいとお話されております。如何いたしましょうか?」
「柳僧院さんが?」
「不思議ですね……」
「も、もしかしてこの前のパーティで暴力をふるった事の御礼参りですの……?!」
部屋に控えている学院付き侍女が内線にて知らされた内容を麗達へ告げ、その内容に3人の少女は三者三様の反応を示す。
「そこは心配いらないと思いますわよ、それにその件については話がついていますでしょう?」
「そうですよ麗さん、心配し過ぎですって」
「うぅぅ、お父様にがっつり暴力はいけないって怒られたのですわぁ」
パーティで騒動の中心にいた二人の男女の脳天にチョップを叩き落とした麗は、今更になって震えあがりそんな友人の様子に乙女と明美は心配はいらないと声をかける。
ちなみにパーティの際麗が暴力を振るったのは婚約破棄騒動を繰り広げた男子と女子の親にも伝えられており、彼らは暴力をふるった事には苦い顔をしながらも醜聞がこれ以上延焼するよう動いた麗に対しては感謝をしている。
しかしだからと言って良くやったとは言えない麗パパ、父親の責任としてしっかりとパーティがあった日の夜麗にお説教をしたのは言うまでもない。
「あの……如何致しましょうか?」
「ハッ!? え、ええとわたくしはオーケーですわ、お二方は如何ですの?」
「麗さんが良いのなら、ワタクシは異論ありませんわ」
「私も同様です」
「と言うわけでオッケーですわ!」
「かしこまりました」
女3人寄れば姦しいと言わんばかりに自分達だけで話が盛り上がりそうな麗達に、侍女は少し困った様子を浮かべながら声をかける。
通常の使用人ならば家主から叱咤されかねない行為であるが、彼女らは侍女である前に学院に雇用されている人間の為ある程度は融通が利く立場にあるのである。
そんな普段からお世話になっている侍女さんを困らせていた事に気付いた麗は慌てて柳僧院を部屋に招く許可を出すのであった。
「この前はごめんなさい、迷惑をかけたわね。そして急な来訪を改めて詫びさせてもらうわ」
「気にしなくて良いですわ、こちらこそこの前ノータイムでチョップしてごめんなさいですわ」
そして程なくしてやってきた、恐らくは近くの部屋で待っていたのであろう柳僧院が部屋に入ると共に洗練された礼儀作法で麗達へ頭を下げる。
頭を下げられた麗はそんな畏まらなくても良いと言いながら、この前の鎮圧のために放った暴力を改めて詫びるのであった。
「謝罪を受け取ります、その上で恥を忍んでお願いがあります。公平かつ快活な春日井様にお願いしたいことがあるんです」
「そんな公平かつ快活って、褒めても何も出ませんわ! ささ、なんでも言ってくださいまし!」
「判りやすいぐらいノせられてますわね」
「まぁまぁ、そこが麗さんの美点でもありますから」
軽い挨拶を交わした後、柳僧院の言葉に気を良くした麗はテーブルのスペースを空け侍女に椅子を用意してもらうと席に着くよう柳僧院へ促す。
着席を促された柳僧院は侍女へ軽く礼を告げつつ着席すると、若干逡巡しながらも口を開き始める。
「相談というのはその、最上様……わたしの婚約者の方の事なんです」
「おうっふ、いきなりヘヴィな予感しかしませんわ」
「シッ、今は静かに聞くのが礼儀でしてよ」
切り出された柳僧院の言葉に対し、お嬢様らしからぬ呻き声を漏らしてしまう麗。
そんななんちゃってお嬢様に対し、テーブル下で行儀悪くも華麗に軽く蹴りを叩き込むことでおとなしくさせる乙女、彼女も上流階級女子でありつつかなり麗に毒されている模様。
「最上様が婚約解消と言い出した理由、その相手はすでに知っているの」
「そう言えば、最上さんが激怒されていましたけど。柳僧院さん一体何やらかしましたの?」
「……家の力を使って、その、泥棒猫の家の稼業に圧力を……」
「結構なやらかしですわ!?」
「最上さんは曲がった事が嫌いな方ですから、それは確かに激怒するのもわからなくもないですね」
柳僧院が白状した内容に麗は白目を剥いて叫び、明美はあらあらなどと呑気に呟きつつソレは確かに彼も怒るのもわからなくはないと呟く。
「しかし不思議ですわね、婚約となれば家と家の約束……いくら最上さんが直上傾向とはいえ、その事が判らないほど頑迷な方ではないと思いますわ」
「そうですよね、それにあのパーティの時最上さんは聊か正気とは思えない程に強行的でした」
しかしそうはいっても、乱暴な話だがソレだけで婚約破棄を言い出すモノなのだろうかと乙女が不思議そうに首を傾げれば、明美もその言葉に同意しながらパーティの時の最上の様子を想いÐ歳ながら不思議そうに呟く。
「つまり、どういうことですの?」
「最上さんが懸想している相手を疑うのは不作法であれども、その女性が何かしら働きかけを行っている可能性が無いとも言えないって事ですわ」
「なるほど!がっつり理解しましたわ!」
「あ、これ全く分かってないですね。麗さん」
友人二人が交わし合う言葉に麗が頭の上にはてなを浮かべながら問いかけ、友人二人の言葉に対して全てを理解したと言わんばかりに元気よく返事を返す、なお全くわかっていないのは明美が言った通りなのは言うまでもない。
「そちなみに最上さんが懸想している方って、どんな女性ですの?」
「……隣県で花屋を営んでいる家の一人娘です」
「花屋さんですの、でも不思議ですわね。隣県のそんな方になんで最上さんは執着するのやら」
麗の質問に対して逡巡しながらも、苦虫を噛み潰したかのように忌々しそうに口に出す柳僧院に若干何とも言えない感情を抱きながらも麗はお茶を啜る。
だが、次の瞬間中々の衝撃発言が柳僧院の口から出る事となる。
「そして、その方は……小学五年生の女児ですわ」
「ぶーーーーーーーー!?」
まさかの最上、婚約破棄するほどの相手が小学女児という衝撃に麗は口に含んだ紅茶を噴き出す。
その噴き出し方はさながら、砂糖と塩を間違えたコーヒーを口に含んだもじゃもじゃ頭の探偵のような構図であった。
【お嬢様解説劇場~柳僧院家について~】
「加賀 乙女と」
「松芝 明美の」
「「お嬢様解説劇場ですわ」」
「ってちょっと明美さん、コレどういう事ですの? 何か珍妙なトカゲっぽい生き物に台本渡されたのですけども」
「不思議ですねぇ、でもわくわくしませんか?」
「わくわくよりも困惑が勝ちましてよ」
「とりあえず台本を確認しますわ、ええっと何々……『柳僧院家についてお嬢様方から解説してほしいのである』ってちょっと待って下さいまし!台本これしか書いてませんわよ!?」
「急な無茶ブリですね……どうしますか?」
「しょうがないからやってあげるとしますわ、でも今度あの不思議トカゲを見つけたら触り心地良さそうなお腹を撫で回してさしあげますわ!」
「何はともあれ……柳僧院さんの家は古くは平安時代までさかのぼる事が出来る、京都に由来を持つ名家の一つですわ」
「確か名だたる陰陽師も一族の系譜にいらっしゃるというお話でしたか」
「怪人とかがいますし、案外昔からそう言う方が平和を守ってきたのかもしれませんわね」
「今は生業としては政治家や代議士を多く輩出している御家ですわね、国内外問わず政界に強い影響力をお持ちになられてる御家ですわ」
「そして奏さんはそんな御家の本家のお嬢様になりますね」
「本家のお嬢様から一般の花屋への営業妨害を命じられた方達の苦悩が偲ばれますわ」