既に始まっていた学院主導の夏休みの最中に開催されたパーティ、そのパーティに途中参加したら婚約解消騒動が繰り広げられていたでござる。の巻
題名をつけるとするならそんな感じかしら、などとトンチキな事を考える麗は近付いてきた友人2名に詳しいいきさつの解説を求めた。
「話せば長くなるのですけど、よろしいですか?」
「ばっちこいですわ!」
「麗さん、貴女も淑女なのだからそう言う言い方は……ああもうそんな事より聞いて下さいませ」
何から説明したものかと口ごもりつつも、いつもと変わらない平常運転な麗の様子に乙女は苦笑いを浮かべると解説を始める。
彼女は今でこそ麗達のグループに属しているが、かつては女子の主流グループの中でも発言力を持っていた正真正銘のお嬢様である。
だからこそ、今回繰り広げられている婚約解消騒動についても多少は事情が耳に入ってきていた。
「今も婚約解消と息巻いている最上さんと、それに縋り付いていらっしゃる柳僧院さんが婚約関係にあったのは麗さんも存じていますわよね?」
「ええ、何なら柳僧院さんが最上さんに近づく女子に睨みを利かせているのも知ってますわ!」
「あらそうでしたの……正直、意外ですわ」
「最上さんがおもしれー女とか言って何やら言い寄って来たから、全力で蹴っ飛ばした事ありますわ!」
「何やってますの貴女」
突然のゴリラ、じゃなくて麗の暴力発言に口の端を引くつかせる乙女。
ちなみにその時に麗が言い寄られる事になった原因は、乙女が元々所属していたグループからハブられ虐められた流れを解決したことで、お坊ちゃんらしく変な女である麗に興味を示したという経緯があったりするが今回はあんまり関係ない。
「へぇ……そうなんですか、婚約者も居る身だったというのに随分と愉快な殿方ですね」
「明美さん目が笑ってませんことよ、ともあれそんな事情があったなら話が早いですわね。身も蓋も無い事を言えば……婚約者である柳僧院さん以上の最上さんのお気に入りが出来た、らしいですわよ」
「それって何と言うかこう……うーん、ふてえやつですわね最上さん」
麗が話した内容にひりつくような、底冷えする空気を漂わせる明美の様子に乙女は若干怯えながらもざっくりとした説明を麗へ行い、その説明を受けた麗は形の良い眉を潜めて最上への嫌悪感を露わにした。
「何をとぼけている!彼女への嫌がらせの数々、忘れたとは言わせん!」
「違います!私は貴方に言い寄る女が許せなかっただけなんです!」
一方冷ややかな目を向ける麗やそれ以外の学生からの視線に気づかないのか、渦中の婚約解消を切り出した男子学生の言い分はヒートアップするばかり。
その男子学生に対して必死に言い募る女子生徒であるが、その言葉は悲しいかな届く様子は皆無であった。
「で、実際の所どうなんですの? 乙女さん」
「柳僧院さんが苛烈というか、最上さんを敬愛するあまり視野が狭いのが原因と言ったところですわねぇ」
「やり方がお粗末と言うか何と言うか、互いにやりようがあったように見えますね」
適当なテーブルの上にあったおやつを手に取り、お行儀悪くもぐもぐしながら問いかける麗の様子に乙女ははしたないですわよなどと苦言を呈しつつも、肩を竦めてばっさりと渦中の婚約解消騒動を切り捨てた。
話をじっと聞いていた明美も上品に頬へ手をあてながら、容赦ない評価を下す。
「今回のパーティも最上さんの働きかけで始まったそうですし、この茶番は言ってみれば柳僧院さんへの公開処刑と言ったところですわね」
「えーー、人間の器がちっちゃいにも程がありますわよ」
「愛による視野狭窄って怖いですね」
夏休み終わり間際に開催された学院主導と言われたパーティが急に開催された理由に、麗はもぐもぐしていたマカロンを飲み下しながら心からの本音をぶちまければ、明美はああはなりたくないものですなどと呟いて溜息を吐く。
しかし、ここでそっとしておこうとはならないのがゴリラがゴリラ足る由縁であった。
「でもせっかくのパーティがこんな騒動で台無しになるのも、夏休み明けで教室がぎくしゃくするのも嫌ですわ。ちょっくら首突っ込んできますわ!」
「え?ちょ、ちょっと麗さん! 明美さんも止めて!」
「麗さんがこんな感じで動いたら止まらないのは乙女さんも知ってますでしょうに」
力強く宣言したゴリラが袖まくりしながらのっしのっしと騒動の渦中へ踏み込むべく歩き出し、その様子に麗が何をするのか察した乙女は大慌てで明美にも留めるのを手伝うよう呼び掛ける。
しかし割と麗が為す事全肯定気味な明美は乙女の呼びかけに応じず、困ったように微笑みながらこれから繰り広げられるであろう麗の独壇場が楽しみと言わんばかりに微笑んだ。
「ちょいさぁ!ですわ!」
「「あいたぁ?!」」
婚約解消騒動を取り巻く人の壁を手際よくかき分けながら突き進んだ麗は、今も言い争いを繰り広げている男子生徒と女子生徒の脳天に勢いよくチョップを叩き下ろした。
成り上がりお嬢様が起こした突然の凶行に、当然唖然騒然となるパーティ会場。
しかしそんな空気を気にすることなく、麗は頭を押さえてうずくまる二人を見下ろしながら腕を組んで口を開いた。
「ここは交流をする為のパーティ会場であって婚約云々の騒ぎをするところじゃありませんわよ!」
麗の良く徹る声で放たれたその言葉に、それは確かにそう。と思わずうなずく野次馬達。
しかし正論でありつつも、その言葉を伝える為に真っ先に暴力を行使するのはどうなんだろうと一部の野次馬が疑問を感じる中、いち早く復帰した最上と呼ばれた男子生徒は麗を睨みつけて口を開く。
「誰かと思えばお前か、お前は関係ないから下がっていろ!」
「関係ありますわ!同級生であり学友が婚約解消だのどうこうと騒いでいて、ほったらかしになんて出来ませんわ!」
憤然冷めやらぬと言った様子の最上の言葉を真正面から一刀両断する麗の剣幕に、最上は思わず後ずさりしながら言葉に詰まる。
日頃から怪人やら怪獣相手に拳と暴力で渡り合っている麗にとって、同年代男子が利かせる睨みなどそよ風にも等しいのだ。
「し、しかしこの女は俺が心に決めた女性への嫌がらせを……!」
「だからと言ってこんな衆目で断罪とかしてどうしますの、まずは家同士でお話すべきだと思いますわ」
「か、彼女と俺が想いあっている事に家は関係ない!」
「婚約者いる時点でそんな事いうのは割とアホですわよ!」
麗からの正論パンチに対してそれでも果敢に言い返す最上、されどもそれ以上の勢いで叩きつけられるゴリラの正論パンチに顔を歪める。
形勢不利だと思った最上は自身のシンパに助け舟を出すよう視線で合図を送るが、そのシンパ達もまた麗の友人である乙女と明美から睨みを利かされたことで動けずにいた。
そうなると、暴力を働いた事の是非はともかくとしても家同士の約束事を重視する良識的な野次馬達が、麗の発言に対して同意を示す空気が強くなっていくのは自明の理であり……。
「柳僧院さんさっきはごめんなさいね、頭は冷えましたの?」
「乱暴ね……いえ、けど礼は言わせてもらうわ」
「勝手なおせっかいだから気にしなくていいですわよ、後はお二人でじっくり話し合う事をおススメしますわ!」
これ以上最上からの反論が無い事を確認した麗は、思った以上に良い所に入ったチョップで蹲っていた柳僧院と言う女子生徒へ手を差し伸べて立ち上がらせる。
柳僧院は突然の理不尽な暴力に文句を言いたげな顔をしつつも、圧倒的に自分が不利だった状況をひっくり返してくれたことに対して礼を述べるのであった。
「やれやれですわー、なんだかパーティって空気じゃなくなりましたわね」
「貴女ねぇ、あれだけのことしておいて呑気にもほどがありますわよ」
「ふふふ、麗さんらしいです」
柳僧院の頭が冷えてもう大丈夫そうだと判断した麗は婚約解消騒動の爆心地から離れると、まるでモーゼの十戒のように分かれる野次馬の壁を抜けて友人らの下へ戻って気が抜けた言葉をのたまう。
麗のそんな言葉に乙女と明美は苦笑いしながらも、こんな麗だからこそ自分達は助けられたのだと改めて認識しながら思い思いの言葉をかけるのであった。
【マスコット解説劇場~藤花学院におけるゴリラの扱い~】
「ロンロンと」
「コンコンの」
「「マスコット解説劇場―」」
「ちなみに良い感じな話に落ち着いたけど、帰ったらウララはしっかりパパさんにコラって怒られたのである」
「まぁ、うむ、鎮圧のためとはいえノータイムでチョップしたからのう」
「相手の親御さんも怒ってるどころか、自分達の子供が醜態を晒して申し訳ないってお話だったそうなのである。まーアレであるな、親御さんとしての義務的お説教って感じっぽかったのである」
「そう言えばふと気になったのであるが、ゴリラ……じゃなくてウララって学院ではどんな扱いなのである?」
「儂も出入りしとるわけではないから詳しくは知らんがのう、執事殿とかに聞いた限り悪い扱いではないそうじゃの。何かしらの問題があれば率先して首を突っ込んで何とかするゴリ……じゃなくてお嬢様と言う扱いらしいのう」
「今コンさんもゴリラって言い掛けたのである」
「最後まで言ってないからノーカンじゃノーカン!」
「しかし意外なのであるなー、こういっては何だけどウララってお上品な人種からしたら珍生物にも程があると思うのであるよ」
「基本的に底抜けに善性の人物じゃからのうウララは、不義理をしたり無体をしなければ問題はないどころか。困った時の最後の頼みの綱みたいに頼られる事もあるらしいぞい」
「意外なのである、何かあったらコンさんに泣きついてるウララ見てると特にそう思うのである」
「まぁあやつも年頃じゃ、家と外では己を使い分けておるんじゃろうな」
「意外と器用なゴリラなのである」