平和で刺激に満ちた、穴場と言われている海辺。
憩いの場と化したその場所に迫る脅威に最初に気付いたのは、気合で泳ぎ続けないと体質的に水に沈んでしまうマジカルウララであった。
彼女は浜辺から沖に設置されている、本来ならば海水浴客や釣り人が足を踏み入れる事は禁止されているテトラポッドの上で一息ついた瞬間に、沖合から圧しよせる何かに気付く。
「あれは津波……いえ、違いますわ!」
魔法少女に変身していた事で強化された視力により、照り付ける太陽で通常ならよく見えないはずの迫りくる何かの正体にマジカルウララは気付く。
迫り来る者たちの正体、それは……筋骨隆々としか言いようのないシャチ怪人を先頭に、夥しい数の海面を滑るように泳ぎ迫る大きなマンボウの群れであった。
ある意味で報告してきた人物の正気すら疑われそうなほどに非現実的な光景であったが、そこはそれなりに鉄火場を乗り越えてきた魔法少女であるマジカルウララ。
「皆様!危ないからすぐに避難してくださいませですわー!」
「あん?何言ってんだこのお嬢ちゃん」
「そうだそうだ、こんな穴場離れるなんてばからしいぞ」
数えるほどしかいないとはいえテトラポッドの上で釣り糸を垂らしていた釣り人達へ避難するよう呼びかけるマジカルウララ。
だがガラの余りよろしくなかったらしい釣り人達はマジカルウララの言葉を鼻で笑うと、釣り人立ち入り禁止どころかそもそもこの付近では禁止されている釣りを悪びれることなく続けようとしていた。
なお法令違反的な問題については、遊泳者が立ち入ることも禁止されている為釣り人のみならずマジカルウララもお巡りさんにコラって怒られる案件なのは最初である。
「ぐぬぬ……ならば緊急避難的実力行使ですわ!」
「うわ、な、なにをする!?」
「お助けぇぇぇーー!」
言葉での呼びかけに対して埒が明かないと判断したマジカルウララは釣り人達の襟首を問答無用で掴むとテトラポッドから飛び降り、距離にして百数メートルはありそうな浜辺めがけて走り始める。
突然の魔法少女と思しき縦ロールの髪型をした少女の凶行に釣り人達が目を白黒させる中、マジカルウララは右足が沈む前に左足を前に踏み出せばよいという脳筋理論を下に海面を走り始める。
しかし走れたのは最初の百メートルとちょっと、浜辺まであとわずかといった所でマジカルウララはゆっくりと沈み始めてしまう。
「あと少しっ、届かないですわぁ~~!」
どこぞの中国三千年の歴史を背負った武術家みたいに海に沈みかけるマジカルゴリラ、だが彼女と彼女がひっつかんでいる釣り人が海中に没するよりも早く動くマスコット達がいた。
「なんじゃ突然泡喰ったかのような表情で人様抱えて海面走るとか、人間卒業でもするつもりかの?」
「違いますわ!怪人の軍団が沖合から押し寄せてきているのですわ!」
「言われてみればそんな反応も感じるのう……しかしどうやってウララは察知したのじゃ?」
「目で確認しましたわ!」
「肉眼で察知できる距離じゃないと思うのじゃがのう」
マジカルウララが釣り人ごと海中に沈む前に、頼りになるふわふわ狐マスコットことコンコンが海面に結界によって作り出した足場を展開したことで、魔法少女達が沈むことを防ぐ。
そして突然の魔法少女の行動に対して、割とバカンスモードだったコンコンが問いかけてみれば返ってきた人間の埒外じみた反応に、思わず頭痛を堪えるのであった。
「酷い目に遭ったのである……ガキンチョの無法は恐ろしいのである」
「ロンロン良い所に来ましたわ!この方達を安全な所までお連れしてくださいませ!」
「マスコット使いが荒いのである、ともあれ合点承知なのであるよー」
そして体のあちこちにペンで落書きされているロンロンも合流、マジカルウララはロンロンの体の落書きを指摘するのか若干迷いつつもそれより優先事項があると判断し、襟首をつかまれておとなしくしている釣り人をロンロンへ差し出した。
差し出された釣り人は何か思った以上に大ごとに巻き込まれているのを何となく理解したのか、なすがままにしており中には両手を合わせて念仏を唱えている釣り人までいたりする。
なお余談であるがつい先ほどまでロンロンをモンスターなボール的な玩具に押し込めようとしていたやんちゃ坊主は、巨大化して飛び立ったロンロンの姿を見て進化したとはしゃいでいるのは内緒である。
「はいはいおとなしくするのであるよー、安全な所まで連れていくのであるー」
「ひ、ひぃぃぃ!食べないでくださいぃぃぃ!」
「我輩は人間を食べるマスコットじゃないのである」
マジカルウララの言葉を受け、むんっと気合を入れる事で巨大化したロンロンの姿に釣り人達は恐慌状態に陥り命乞いを始める始末。
若干悪質な法令違反をしていた彼らであるが、後に奇麗なお目目でもう二度と法令違反をしたりしないよ。と言った具合の言葉をテレビ取材で言う事に成ったりするが、今は関係ないので割愛する。
「コンコン!浜辺の方達の避難誘導をお願いしますわ!」
「安心せい!すでに執事殿に頼んで実行済みじゃ」
「ナイスですわ!」
迫りくる敵の数に少しでも被害を出ないようにするための避難を呼びかけるようコンコンに頼む魔法少女であるも、すでに実行済みと言われ満面の笑みを浮かべ……丁度タイミングよく戻ってきたロンロンの背中に跨ると、肩にコンコンを乗せて迫る怪人の津波へ吶喊するようロンロンへ指示を出す。
「え?マジであるか?」
「マジですわ! 親玉はわたくしの方でコンコンが作った足場でお相手しますわ!」
「あ、ってことはあの周囲にいるマンボウは我輩担当であるか……とほほ、合点承知なのである」
何となくそんな気がしてたのである、などと呑気な声でぼやきながら魔法少女達を乗せた若き竜王は翼をはためかせて迫りくる怪人の津波へと突撃。
怪人を守るように左右へ広く展開されていた巨大マンボウは接近する者の影を察知するとその円らな瞳をギラリと輝かせてふわりと海面から浮き上がり。その口から光り輝く光線を魔法少女を背に乗せて飛来する竜めがけて放ち始める。
「えげつない弾幕にも程があるのであるよ!?」
「ロンロン!頑張って回避ですわ!」
一匹二匹が放つ光線ならともかく、その数は目視できるだけで40以上。
その数だけ飛んでくる光線にロンロンは泣き言を漏らしながら器用に翼を動かす事で小刻みに方向転換を行い、奇跡的にも一撃も被弾することなくマジカルウララを怪人軍団の中心にいる巨躯のシャチ怪人の下へ送り届ける事に成功した。
「ナイスですわロンロン! シャチの方、これでも食らってお帰りくださいまし!!」
与えられた仕事をやり切ったロンロンへ掛け値なしの称賛の言葉をマジカルウララは送ると、勢いよくロンロンの背中から飛び上がり魔法少女達を視認するや否や獰猛な笑みを浮かべるシャチ怪人めがけ、必殺のマジカルジャンプキックを叩き込む。
「来たか!魔法少女ぉ!」
だがシャチ怪人は流星のような速度で自身めがけ飛来する魔法少女の一撃を、海上で仁王立ちすると両腕を回すように動かす事でその一撃による衝撃を受け流しきる高等技術を見せた。
ちなみにシャチ怪人がどういう理屈で海上に仁王立ちできているかは不明である。
「……! この方、強いですわ!」
「まてウララ!コヤツはまさか……」
「名乗るより先に攻撃とは、随分と無粋な魔法少女だな」
並の怪人なら一撃で消し飛ぶ破壊力のマジカルウララの一撃を、受け流したとはいえそれでも直撃したはずの怪人は、そのシャチそのものな異形の顔に涼しい表情を浮かべて呟く。
「む、それもそうですわ!大変失礼しましたわ!」
普通ならば悪の組織の怪人の言葉聞くに及ばずと言ったスタイルをとる事が多いマジカルウララ、しかし割と話せばわかるタイプのゴリラでもある魔法少女はシャチの言葉に対し、反省の意を示すと海上にコンコンが展開した結界を足場にし優雅にたたずむと、お嬢様と言えなくもない礼儀作法を持ってシャチ怪人へ一礼を示す。
「わたくしはマジカルウララ、正義の魔法少女ですわ!」
「なるほど、貴様が……こちらも名乗らせて頂くとしようか」
海上に悠然と佇むシャチ怪人は空を飛び回るロンロンを撃墜しようとビームやミサイルを今もぶっ放していた巨大マンボウ、フライングマンボウに攻撃停止命令を片手で出すと満足そうに頷いて口を開く。
「我こそは海洋連合三柱が内の一柱、オルカイザー也」
「待て、オルカイザーじゃと?! そもそも海洋連合はグレートウォー末期にはヒーロー達と共同戦線も繰り広げていた筈じゃ、何故今更になって襲撃をした!」
詰問するかのようなコンコンの叫びに対し、シャチ怪人オルカイザーは獰猛に笑うとコンコンの質問に答えて見せる。
「ああそうだな、そうだとも。あの時は英雄達と肩を並べて我々は戦ったこともある」
「ならば何故ですの? そのままつかず離れずでいればよいとわたくしは思いますわ!」
コンコンの言葉に同意を示したオルカイザーに、マジカルウララは心から不思議そうに首を傾げながら言葉を紡ぐ。
そのような魔法少女へちらりとオルカイザーは視線を向けると。
「瘴気の軍勢が手を伸ばしている、と言ってもか?」
「瘴気って、あの黒いモヤモヤですの?」
「ほう、魔法少女だから期待していなかったが知っていたか。だがやる事は変わらん」
茹んなく己を見詰め構えを崩さない魔法少女、マジカルウララの言葉にオルカイザーは意外そうに喉を鳴らして笑うと、その体を海中へ沈める。
突然のシャチ怪人の行動にマジカルウララは面食らうも、野生の勘ともいえる第六感の警鐘に合わせて大きくその場を飛びのいた次の瞬間、海中から全身を使って跳び出してきたオルカイザーの攻撃をぎりぎりのところで回避する事に成功した。
「言葉は無用だ……見せてみろ、貴様の力を」
「ああもう!今まで戦った事のないタイプだからめっちゃやりにくいですわー!」
自身を見据え告げてくるオルカイザーの言葉に対し、何が何やらわからないとマジカルウララは叫びつつも応戦の構えを海上で取り、新たな強敵を迎え撃つのであった。
【マスコット解説劇場~悪の組織オルカ旅団について~】
「ロンロンと」
「コンコンの」
「「マスコット解説劇場―」」
「前回は海洋連合についてザックリ説明したのであるが、今回はその中でも勢力の一角をなしているオルカ旅団について解説するのである」
「大丈夫かのう、正直今度こそ怒られる気がしてしょうがないのじゃが」
「その時はしれーっと素知らぬ顔で違う名前にするからセーフなのである」
「それは世間一般で言うとアウトって言うんじゃタワケ」
「まぁ気を取り直すとして、オルカ旅団ってのは悪の組織とカテゴライズするには少々どころじゃないぐらい特殊なのである」
「独特の判断基準と報酬基準から傭兵業のような事やっとったらしいからのう」
「まぁヒーロー側的には色々と依頼出すのは憚られたらしいので、共闘結んだのはグレートウォー終盤のきれいごとも言ってられない段階でようやく共闘したらしいのである」
「何と言うかこう、イイ空気吸っとる連中じゃなぁ」
「我輩もそう思うのである」
「まぁさすがにランカー的なシステムとか首輪付きのなんとやらは無いので安心するのである」
「本当に大丈夫と言えるのかのう?」
「ポジション的にはむしろゴリラが全部薙ぎ倒すイレギュラーになると思うのである」
「やっぱり意識しとるんじゃないかタワケ!」