爽やかな雲一つない空、時刻としては夕方と言って差し支えない時間帯であるも夏真っ盛りの今は多少太陽が傾いたぐらいの空模様。
度重なる怪人の出現を受けても尚逞しく健在を保っている桜塚市郊外の自然公園、その中で今や都市部からも顧客が足を運ぶほどの有名店となったクレープの屋台があった。
「こちら、ご注文の品です」
「きゃー!ありがとうございますー!」
うっとりとした顔を浮かべる女性の客へ注文のクレープを手渡し、代金を受け取っているのは異次元と呼んでも差し支えのない美貌を持つ青年。
元々美味しいと一部界隈で評判の良かったクレープ店であるが、このアルバイトの男性が雇用されてからはイケメン集客効果も相まって人気店の一つへと格上げされていた。
「顧客からほんの少しずつですが精気を受けたことで傷も癒えてきましたね、良き事です」
きゃいきゃいはしゃぎながらクレープを手に友人らと歩み去っていく顧客に対し、店員はにこやかな笑みで手を振りながら誰にも聞こえないような小さな声で呟く。
実はこの店員、結構前にマジカルゴリラに鉄拳制裁を食らった後悪の組織から足抜けした淫魔怪人インキュバス、そのものであった。
彼は上手い事クレープ店のアルバイトとして潜り込むことに成功した後、女性客やごく一部の男性客から向けられる恋愛感情や劣情によって少しずつ怪人的パワーを補充していたのだ。
「そしてゆくゆくは、力を再度強めてあのマジカルゴリラをこの手中に……」
「すいませーん、フルーツクレープ一つお願いしますの」
道行く通行人に聞かれないよう、そして悪巧みしている顔を見られないよう壁の方を向いていた淫魔怪人(擬態済み)は突如やってきた客の女性の声に反応する。
何処か聞いた事のあるような気がする声だが、気のせいだろうと思いその客の顔を淫魔怪人が眺めた瞬間。
「あは、私を口説いていた時と同じ擬態していたとは思わなかったの」
そこには可憐な笑みを浮かべる死神が立っていた。
そう、魔法少女シューティングスター(変身済み)である。
その姿を視認した淫魔怪人インキュバスの動きは素早かった、もしかすると彼の怪人生の中でも指折りの瞬発力で擬態解除しながら屋台の裏口を飛び出し、一刻も早くこの場から逃げ出そうと試みる。
しかし。
「大事な手がかり逃がすわけにはいきませんわー!!」
無慈悲な事に淫魔怪人の逃走経路には破壊と暴力の化身、マジカルゴリラが控えていた。
前門のゴリラ、後門の死神。
控えめに言って、詰みであった。
「乙女心を弄んだ淫魔は見敵必殺よ」
「待ってくださいシューティングスターさん、情報を吐かせるのが先ですわ!」
シューティングスターは手に持つ、小柄な自身の体躯と同じぐらいの長さを持つ銃のような杖を手にゆっくりと淫魔怪人へ近付く。
隙を見て逃げ出そうにも、マジカルゴリラが逃がしはしないとその目を光らせている。
その状況に置いて、淫魔怪人が選んだ手段はただ一つであった。
淫魔怪人は神妙な面持ちで地面に両膝をつくと、両手を地面につきながら頭を大地に擦り付けるかのように体を前面に倒した。
古来より伝わる伝統の謝罪及び命乞いの作法、DOGEZAである。
「知っている事全てお話しするのでどうか命だけはお助けを!!」
最早恥も外聞もない、清々しいと思えるほどの態度で命乞いをするイケメンの姿がそこにはあった。
「あのー、シューティングスターさん。さすがに情報収集としてはやり過ぎだと思いますわ」
「何言ってるのマジカルウララ、こいつは乙女の心を弄ぶ邪悪よ。情報を収集するんじゃなく徴収するつもりで当たらないと、すぐ煙に巻かれて逃げられちゃうの」
「そ、そんな酷い事この私がするわけ……」
正義の魔法少女とは思えないほどにまがまがしい気配を放つシューティングスターの姿に、マジカルウララは恐る恐る話しかけるがシューティングスターは据わった目付きでその言葉を一蹴。
ワンチャン、マジカルウララの言葉に乗っかれば上手い事逃げおおせると期待した淫魔怪人は慌てて顔を上げて弁明しようとする、しかし。
「誰が頭を上げて良いっていったの?」
「あべし!」
淫魔怪人のその行動に対するシューティングスターの回答は、整った淫魔怪人の顔面に靴底を叩き込むというハイパー塩対応であった。
「竜の巣の宝珠を使って女口説いてたって聞いたけど、どうやって調達してたか言えば命だけは見逃してやるの」
「あ、そこはちゃんと譲歩するんですのね」
シューティングスターは淫魔怪人の顔面に叩き込んだ靴底でぐりぐりとそのイケメンフェイスを踏み躙りながら、本来の目的である情報収集……ならぬ情報徴収を開始する。
遠目から眺める一般通過市民の見物人もドン引きする光景であるのは言うまでもない、
「そ、それは秘密で……」
「素直に話さないと、ケツにマジカルフラッシュグレネードをねじ込んでカエルみたいに爆破してやるの」
「どんな言葉にもお答えいたしますぅぅぅ!!」
「え、えぇぇぇ……」
しかしさすがの淫魔怪人、女の子を口説くのに色んな意味で便利な宝珠を確保する手段は言いたくないのか、この期に及んで黙秘を試みる。
だがしかし、それを上回る無法極まりないシューティングスターが言い放つ邪悪な脅しに淫魔怪人は即座に屈した、思わず暴力の化身であるマジカルゴリラもドン引きしていた。
うら若き魔法少女がそんな事するわけがない、そう断じるのは簡単な話である。
しかし淫魔怪人インキュバスは魂で理解した、このチンチクリン極まりないボディの据わった目付きをした魔法少女なら確実に、間違いなくヤると。
「この宝珠を使って、竜の巣への直通ゲート作ってこっそり盗んでました!」
「ふぅん、でもこんなのどうやって手に入れたの?」
シューティングスターの脅しに再度地面を頭に擦り付けた淫魔怪人は、懐をまさぐるとどの宝石にも似つかない美しい輝きを放つ宝珠を取り出し、シューティングスターへ提出した。
魔法少女はその宝珠を手に取りつつ、淫魔怪人が逃げ出さないよう睨みつけながらこの宝珠の入手経路について尋ねた。
「昔竜の巣から出奔したドラゴンから借金の方に巻き上げました!」
「どうしましょうシューティングスターさん、想定以上にこの怪人クズですわ」
「だから言ったの」
シューティングスターは淫魔怪人の言葉に、正体を知らず初彼氏と浮かれてデートに幾度かいっていた時妙に羽振りが良かったことを思い出す。
その辺りに資金源について叩けば埃が山ほど出てきそうであるが、今はそこまで追及している場合でもないとシューティングスターは結論づけると、どうしようもない屑を見る目で淫魔怪人を見詰めて呟いたマジカルウララの言葉に同意を示していた。
「魔法ゲートを開けるマスコットなら使える筈です、だからどうか命だけは~~!」
「マジカルウララ、コンコンさんも魔法ゲート開けるよね?」
「開けますわ!」
淫魔怪人の言葉に、念のためシューティングスターがマジカルウララへ確認すればゴリラは元気よくコンコンも魔法ゲートを開く事が出来ると答える。
後は用済みだとばかりにシューティングスターが死刑宣告を言い放とうとするが、その前にマジカルウララが淫魔怪人へ一つの質問をぶつける。
「ところでこの宝珠って、結局何ですの? 宝石とか鉱石ですの?」
「それは……」
「言わないとケツ爆破するの」
「その宝珠は竜達の魂や生命力を凝縮させた宝珠です!」
言い淀む淫魔怪人、即座に脅しに入るシューティングスターの言葉に淫魔怪人は切羽詰まった声で叫ぶように質問に答えた。
その内容にマジカルウララは思わず目を見開くと共に、そんな大事なモノを借金の方に差し出した竜もいたんだなぁ、と思わず太陽が傾きかけた青空を見上げた。
「なるほど……色々繋がったわね」
「ええ、それでこちらの怪人はどうしますの?」
大体必要な情報は取れたと言わんばかりに頷きながらシューティングスターは呟き、マジカルウララはこの後起こる事を何となく予想しながらも、念のためベテラン魔法少女へどうするか問い掛ける。
その言葉に対し、シューティングスターは……。
「……いいわ、今回だけは見逃してあげる」
「ありがとうございます!ありがとうございますぅぅ!!」
「良いんですの?まぁわたくしも正直、ちょっと哀れに思えてきてましたけども」
なんと想定外の慈悲を見せ、淫魔怪人を見逃すことを宣言した。
正直この後、お子様に見せられないレベルの処刑シーンが展開されると思っていたマジカルウララはまさかの回答に、びっくり仰天と言わんばかりの表情を浮かべた。
正直自分はここで死ぬと思っていた淫魔怪人、まさかのミラクル逆転ホームランによる生還に感謝の涙を浮かべながらDOGEZAの姿勢のまま何度も頭を下げる始末である。
「ただし、今度悪さしたらケツ爆破してやるの」
「ひぃっ?!」
だがしかし、そこは流石の正義の魔法少女。
もしも淫魔怪人がまたもや悪さをしたときには、その時には情け容赦なく命と尊厳を刈り取る宣告を告げた。
その言葉に、マジカルウララは思わず呟く。
「ところで素朴な疑問なのですけども、なんでシューティングスターさんはそんなにケツ爆破にこだわられますの……?」
現在コンコンは準備に忙しくてこの場におらず、ロンロンもまたウェルロスに攫われていない状況において。
マジカルウララのこの言葉に対して、気の利いた返しをする人物もツッコミを入れる人物もいないのであった。
【魔法少女による解説劇場~今回はお休み~】
竜の巣へのカチコミ準備に忙しいため、今回はお休みさせて頂きますと言う看板が立てられている。
その隣には淫魔怪人インキュバスが十字架に磔られているが、見なかった事にしておくべきだろう。