吹き抜けた一陣の風により石碑の傍に植えられた樹の葉が、小川のようなさらさらと言う音を立てながら揺れる。
「そうか……覚悟を決めたのじゃな。それならばお主は知らねばならぬ。お主自身の宿命を」
「我輩の宿命……どう言う事であるか?」
今まで自分を捨て子だったと信じて疑わなかったロンロン、しかし彼は捨てられたのではなく託されたのだと言う院長。
その院長が真正面から自分を見据えながら紡いだ、宿命と言う言葉にロンロンは怪訝な表情を浮かべる。
「そもそも待ってほしいのである亀爺ちゃん、竜の巣は数十年以上前にグレートウォーで滅んだと聞いたのである。我輩の年齢とは明らかに合わないのである!」
ロンロンは今年で15歳、グレートウォーと称される次元を隔てた数多の世界を巻き込んだ大戦が大体40年ほど前に起きたと言われている。
規模が規模だけに終結に十年以上かかったとしても、それでもロンロンの年齢とは明らかに合わない計算となる。
「それもそうじゃろうて、お主の卵が預けられたのはグレートウォーの真っ只中じゃ」
「ふぁっ?!」
「お主は15年前に卵から孵るまでの間の20年間以上、卵のままだったのじゃよ」
突然齎された衝撃の事実に、亀院長が先ほど言っていた宿命とかそっちのけで驚愕するロンロン。
通常の卵生で生まれるマスコットは、受精から卵で産まれるまで半年ほど。そこから3~4か月で孵化するのだが、文字通り桁違いの孵化時間に当事者であるロンロンが自身の事ながら信じられないのもやむを得ないと言えよう。
「やだ、我輩……卵から孵るの時間かかり過ぎ……?!」
「お主、いっぱいいっぱいに見えて割と余裕ありゃせんか?」
「しょうがないのである、我輩はネタを挟まないと死んじゃう呪いに罹っているのである」
「そんな呪い、見た事も聞いた事もないわい」
ロンロンのおどけた言葉に亀院長は呆れ交じりの溜息を漏らしつつも、いつもの太々しい調子を見せるロンロンに笑みを漏らす。
このままいつものように軽い言葉のキャッチボールを楽しみたいと、亀院長は頭の片隅で考えてしまうが頭を振るとロンロンの覚悟が萎む前に彼の宿命を語るべく口を開いた。
「……お主の母親は卵を抱えて逃げてきた時点で恐らくは限界だったのじゃろう、儂に卵と言葉を託してほどなくして息を引き取った」
「そうであるか……」
「彼女はもはや儂や職員達の呼びかけにもまともに返答できぬ中、縋るように願う様にお主の幸せと安寧を願っておったよ」
亀院長が静かに語った内容にロンロンは自身の傍らにひっそりと佇んでいる石碑へ目を向ける。
先ほどはおどけて見せていたものの複雑な感情が今も胸中で渦巻くロンロン、しかし捨てられたのではなく確かに愛され幸せを願われていたという言葉。
その言葉は確かに、ロンロンの心の中に今もあり続けている罅を優しく癒していた。
そして、だからこそロンロンの中に半ば答えが出つつある疑問が浮かぶ。
「亀爺ちゃんならそのぐらいなら、言い方は悪いけど気を使いつつもハッキリ言うはずなのである」
母が眠る墓標である石碑、その石碑から視線を亀院長へ戻したロンロンはいつものおどけた表情を消し、麗やコンコンも見た事がない真面目な表情で亀院長へ言葉をぶつけ……。
ロンロンの言葉に対し亀院長は沈痛そうに目を伏せて視線を地面に落とすのを見ながら、ロンロンは言葉を続けて今まで亀院長が頑なに語ろうとしなかった自身の出生に纏わる秘密について問いかける。
「亀爺ちゃんが言う宿命、それが我輩の母ちゃんの遺した言葉と名前にあるのであるな?」
ロンロンの言葉と共に孤児院の裏庭の再度一陣の風が吹き抜け、亀院長は覚悟を決めたようにゆっくりとその瞳を開く。
そして、亀院長はゆっくりと語り始める。
「そうじゃ。そしてお主が名付けられようとして、お主の母親が拒否した名前、それは」
時折揺れる木々の葉の音以外は亀院長の語りを阻むものがいない空間、ロンロンはごくりと生唾を飲み込んで静かにその話に耳を傾ける。
しかし、その時。
「へぇっくしょぉぃ! ですわ」
「こ、このたわけ!」
裏庭の孤児院近くにある茂み、その茂みから特徴的なくしゃみと取ってつけたようなお嬢様言葉と声の出所を叱責する声が辺りに響いた。
吹き飛んだ緊迫感に満ちた空気、思わず無言で声がした方向へ視線を向ける亀院長とロンロン。
「にゃ、ニャーン」
「こ、こゃーん」
「なんじゃ、猫と狐か。ロンロン、お主が付けられようとした名は……」
「いやいや待つのである!流石にコレをスルーして我輩の出生に纏わる話をするのは無理があるのである!」
すっとぼけたマジカルなゴリラっぽい猫の鳴き声と、わざとらしい狐の啼き声。
その声に亀院長は話を中断して済まぬの、などと言いつつ説明の続きをしようとするがロンロンは思わず全力で突っ込みを入れた。
更にロンロンはその勢いのまま先ほど豪快なくしゃみの声が聞こえた茂みに向けて指を突き付ける。
「何やっているのであるかこのマジカルゴリラ!」
「誰がマジカルゴリラじゃい!……やっべ、ですわ」
普通に誰何の声を上げても変な所で強情なゴリラ、じゃなくて麗はすっとぼけて顔を出さないと確信していたロンロン。
彼は麗が無視する事は出来ない言葉を即座に頭の中で組み立てて叫んでみれば、きしゃー!と叫びだしそうな勢いで茂みの中から愉快なお嬢様の形をしたゴリラが飛び出し……ロンロンに乗せられた事に思い至った表情を浮かべる。
「お、おほほ……失礼しましたわ」
「もういいから、ウララ達もこっち来て一緒に話聞くのである」
そしてそのまま麗はそっと茂みの中に再度隠れた。
どう考えても無理があるのは言うまでもない。
色々言いたいことがロンロンにも無いわけではなかったが、しかし後から二人に説明するのも二度手間だと思ったロンロンは麗とコンコンに対して手招きをする。
「すまぬロンロン、言い訳はせぬ」
「ごめんなさいですわぁ~……」
「謝るくらいなら、素直に待っていてほしかったのである」
「返す言葉もないですわぁ……」
とぼとぼとした気まずそうな足取りでやってきた二人に対して、ロンロンはジト目を向けつつソレはソレとして一言くらいは言ってやりたい気持ちがあったので、素直に本音をぶつける。
滅多にないロンロンのガチ目な言葉に、麗とコンコンはしゅんとした顔を浮かべながらロンロンの傍へととぼとぼとした足取りで集まるのであった。
そんな愉快な3人の様子に対し、亀院長は微笑ましそうな表情を浮かべると呪文を唱えて虚空からレジャーシートと座布団、そして卓袱台を取り出すと石碑の傍へと設置した。
「ロンロン、お主愛されておるのう」
「愛されているというか、出来の悪い弟分みたいな扱いされているのである。大変遺憾なのである」
「生き急いで背伸びしがちなお主には、それぐらいがちょうど良いわい」
亀院長の魔法によって用意された卓袱台と座布団、それらに座るよう促された麗達は促されるままに座布団に座る。
「相変わらず器用じゃのう、亀よ」
「いえいえ、護る事とこのような小手先以外は不得手ですとも」
鮮やかな古馴染の手並みにコンコンが感心し、麗がメルヒェンでファンタジーな魔法に目をキラキラさせる中。
ロンロンは苦笑いじみた表情を浮かべつつも、どこかでホッとしている自分がいる事に気付く。
「その、ありがとうなのである。一人で聞くのはちょっと心細かったから一緒に聞いてくれると助かるのであるよ」
「水臭いですわロンロン!」
「うむ、お主はまだ年若いのじゃから無理に一人で抱える必要はありゃせんのじゃよ」
どこか照れ臭い気持ちを感じながら素直なお礼を口にするロンロンに、麗とコンコンは互いに顔を見合わせると笑みを浮かべてロンロンに対して言葉を返す。
「むしろ水臭いですわよロンロン、亀の院長さんに呼ばれた時にわたくし達に声をかけてもよかったのではなくて?」
「そ、それは、その……なんか恥ずかしかったのである。 あ、こら、やめるのである!我輩のお腹をもちもちするのはやめるのである!」
ロンロンが亀院長に促されてついていった時から、彼が心配でしょうがなかった麗は頬を膨らませると、しどろもどろになりながら言い訳するロンロンを抱えてお腹をわしゃわしゃと撫で始め……ロンロンは小さな手足をじたばたさせながら抗議の声を上げた。
しかし本題はロンロンの出生の秘密の話を聞く事である以上、このまま亀院長を待たせるのも失礼と思い至った麗はロンロンをそっと座布団の上に戻し、優雅っぽく座布団に座り直す。
「いや、今更優雅気取っても手遅れだと思うのである」
なお麗のその行動は、ロンロンがぼそりとツッコミを入れたように手遅れなのは言うまでもない。
その言葉に衝撃を受けた表情を浮かべた麗を横目に、ロンロンは佇まいを直して改めて亀院長に自身の出生について聞くべく口を開いた。
「亀爺ちゃん、ちょっとバタバタしてアレだけども。 改めて聞かせてほしいのである、我輩の出生の秘密とやらを」
「うむ、良いじゃろう……」
先ほどと同じように、気を取り直して亀院長は言葉を紡ぐ。
しかし、先ほどまでと違うのはどこか悲壮な空気に包まれていたさっきまでと違い、どこか緩くも暖かい空気がその場には満ちていた。
【マスコット達による解説劇場~孤児院の院長について~】
「コンコンと」
「ロンロンの」
「「マスコット解説劇場―」」
「と言うわけで今日も始まった解説劇場も、今回で……えーっと、何回目だったのかもう忘れたのである」」
「前回もそうじゃったが、時々解説休んどるしのう」」
「まぁそんな事はさておくのである、今回は我輩の父親代わりである亀爺ちゃんについて解説するのである」
「あやつが引退間際に孤児院を開いたとは小耳にはさんだものじゃが、まさかロン坊がその孤児院に出身だったとはのう。世間とは狭いモノじゃ」
「コンさん、亀爺ちゃんと知り合いだったのである?」
「魔法の国がグレートウォーで巻き込まれた際に、肩を並べて共に戦った程度の知り合いじゃがのう」
「ソレ、一般的に言う戦友って間柄だと我輩は思うのである」
「でもまさか亀爺ちゃんが魔法の国の防衛隊の一員だったとは思わなかったのである、孤児院運営の資金の出所がわからなかったのも納得なのであるなー」
「孤児院を開くと聞いた時に尋ねて見たものじゃが、あやつの上司や同僚からも資金援助受けておるらしいからのう」
「ちょっと待ってほしいのである、亀爺ちゃんのコネが本気で気になる程度に広そうなのである」
「まぁ少なくとも、あやつは引退する時は当時の防衛隊指揮官やらの上層部があいさつに行ったとは聞いたのう」
「ガチの古強者だったのである」