桜塚市郊外に位置する自然公園。
この自然公園は時代を遡ればそのルーツは大正時代にあり、激動の時代を超えグレートウォーも乗り越えてきたこの公園は時折戦いの舞台になりつつも、今も尚人々の憩いの場として愛されている。
そして、今その自然公園は……。
「……………」
「……何か言ったらどうですの?」
自然公園の休憩エリアに配置されたた椅子、そんな人々が憩いと安らぎの為に利用するソレに腰掛けた竜女怪人をマジカルウララは睨みつけながら言葉を紡ぐ。
一方マジカルウララノ言葉に対し、今も椅子に座り腕を組んだまま瞑目していた竜女怪人は片目を開くと酷く鬱陶しそうな表情を浮かべる。
「……ナニカ」
「ムキーーーー!ですわーー!!」
そして望とあらば言ってやるよ、と言わんばかりに適当な言葉を口にした竜女怪人の態度と明らかに自身を小ばかにしている様子に、マジカルウララは怒髪天とばかりに怒りの雄叫びを上げながら椅子から勢いよく立ち上がった。
「えぇい落ち着かぬかウララ、ゴリラからモンキーに退化してどうする。そっちの竜もむやみにケンカを売るでない」
そんな一触即発どころじゃないおっかない女の形をした破壊生物の間を、必死に仲裁しているコンコンは何度目かもわからない仲裁の言葉を放つ。
さり気なくコンコンが自身をゴリラ呼びしてきたことに、マジカルウララは愕然とした表情を浮かべるが仲裁に疲れ果てたコンコンの顔を見ると、抗議の言葉を引っ込めて渋々と言った様子で椅子に座り直す。
そんなマジカルウララを見て竜女怪人は鼻で笑って挑発するが、据わった眼をしたコンコンが新たなマジカルフラッシュグレネードを尻尾から取り出した瞬間、慌てて竜女怪人は目を逸らしていた。
今……自然公園は休憩スペースを中心に、崩壊か否かの緊張に包まれていた。
ちなみにこのような状況で良くも悪くも空気を読まない発言をする事に定評がある、竜女怪人に応じと呼ばれて抱き着かれたり引っ張られたりと酷い目に遭っていたロンロンは、緊張に包まれた現場には居ない。
ではロンロンがどこにいるかと言うと……。
「店員さん、バナナクレープと抹茶クレープとデラックスクレープ、後フルーツクレープをお願いするのである」
「はい喜んで、しかし君も大変だねぇ」
グラウンドゼロじみた現場にいないロンロンが何処にいたかと言えば、彼はウララから受け取ったお金を手にクレープ屋にお使いに行っていた。
コレはロンロンがあの場にいては竜女がまともに話をしようとしない為に、コンコンが選んだ苦肉の策である。
「そうなのであるよ聞いてほしいのである、我輩ゴリラと名前も知らない女怪人に引っ張られてロン/ロンになるとこだったのである!」
「麗しい女性に取り合いされるなんて男冥利に尽きるじゃないか」
「我輩そう言うのまだわからないから困るのである!」
ロンロンから代金を受け取りつつ軽口を交えながらクレープ屋の店員は手際よくクレープを一つ一つ焼き上げていく。
ちなみに今ロンロンを接客しクレープを焼いているのは、少し前にマジカルウララの友人に手を出した末にマジカルパンチで殴り飛ばされた淫魔怪人の人間に偽装した姿である。
淫魔怪人は正体がバレないか地味にひやひやしているが、ロンロンは割とそれどころじゃないので気付く様子はない。
「はい完成だよ、トレイは後で返してくれればいいからね」
「感謝なのであるー」
そうこうしている内に4つのクレープが仕上がり、店員からクレープを乗せられたトレイを受け取るとロンロンは戻りたくないと言わんばかりの重い足取りで、マジカルウララと竜女が火花を散らしている現場へと戻っていく。
そんなロンロンの後ろ姿を、敵対している立場ではあるもののクレープ屋店員に扮する淫魔怪人はそっと応援の祈りを送ってやることしか出来ないのであった。
「しかし、竜の巣ね……懐かしい名前を聞いたものです。あそこでしか手に入らない宝珠は女の子を陥とすのに便利な最高の宝物だったんですけどねえ」
騒動の渦中に放り込まれた哀れなマスコットの背中を見送りながら、店員に扮する淫魔怪人はそんなことを呟きつついざという時は逃げ出せるよう準備を始めるのであった。
「クレープ受け取ってきたのであるよー」
「ありがとうですわ!」
「うむ、忝いのう」
「まぁ王子、王子がそのような下々がするようなことなさらなくても良かったのに!」
ともあれクレープを乗せられたトレイを手にロンロンが戻り、テーブルの上に飛び上がりながらトレイを置けば三者三様に反応を示す。
「それで、我輩を王子と言うそちら様はどなた様なのであるか?」
椅子に飛び乗り、自分用の具材全部乗せな贅沢クレープに齧り付きながらロンロンは自分から目を逸らそうとしない竜女へ問いかける。
「申し遅れました、私の名はウェルロス。今は亡き偉大なる竜王に仕えていた侍女であり、貴方様の母であった女の妹にございます」
「うそん」
マジカルウララやコンコンがいくら尋ねても名を明かそうとしなかった竜女が、ロンロンが軽い調子で尋ねたとたん名乗った事に麗とコンコンはどれだけ徹底してるんだこの女、と言いたげな視線を向ける中。
一つの謎を明かす為に質問したら、更に謎が増えたロンロンはいつもの語尾も忘れて唖然とした表情を晒す。
「嘘などではございません、未だ竜王様が健在だった頃に卵だった貴方様は母だった女に連れ去られ。今この時まで行方不明だったのです」
「そ、そんな事言われても我輩困るのである!我輩は卵の状態で孤児院の前に放置されていたのであるよ!?」
「まぁ、なんと酷い……あの女は母でありながら、卵だった貴方様を捨てて何処ぞへ消えたというのですか……」
ウェルロスと名乗った女は心から嘆かわしいとばかりに目を伏せ、ロンロンはジェットコースターを超える勢いでぶちまけられる己の出生の話に、信じられないとばかりに叫ぶ。
「あの、コンコン。わたくしはその、あの方が嘘言っているようにも思えないのですけど……」
「しかし、その割には何かが引っ掛かると言ったところかの?儂もじゃ……しかし、うーむ、コレ口をはさんで良いか悩むのう」
食い意地が張っているロンロンが手に持ったクレープの事も忘れ、ウェルロスと名乗った竜女が告げる内容に感情的な言葉を返すのを見ながら、マジカルウララは何かが引っ掛かりコンコン経意見を求める。
マジカルウララから意見を求められたコンコンもまた、彼女の意見に同意を示すように頷く。
コンコンの長年を生きてきた勘が、このウェルロスと言う女は確かに真実は語っているだろうがその全ては語っていないと告げていたのだ。
だがしかし、地味にプライベートについて探られたり聞かれるのを嫌がるロンロンの家庭の事情に首を突っ込んで良いモノかと、コンコンは考えあぐねる。
「さぁ王子様、このような場所は貴方様に相応しくありません。私と一緒に貴方様が統べるに相応しい場所へと帰りましょう?」
コンコンとマジカルウララが考えを巡らす中、ロンロンもまた思考を回転させる。
色々と立て続けに衝撃的な情報を浴びせられ混乱していたロンロンであるが、その混乱が一周回る事で少し冷静さを取り戻した彼は、マスコット学校を飛び級で卒業せしめた頭脳で一つの違和感を見つけたのだ。
だが今ソレをこの場で指摘する事は、ロンロンがマスコットとして麗やコンコンと共に過ごしてきた事で培ってきた危機回避能力が、何か危険な事態を引き起こすとも告げていた。
順当に考えれば行くも地獄戻るも地獄、その中でロンロンが選んだ選択肢、それは。
「持ち帰って前向きに検討したいのでまた後日にしてほしいのである、その場所とやらに帰るにしてもお気に入りの枕と布団を持ってく準備とか必要なのである」
「まぁ、そうなのですね……承知しましたわ、それでは王子様。またお会いしましょう」
お役所仕事的な回答による時間稼ぎ、それがロンロンの選んだ道であった。
麗とコンコンが椅子に座ったままずっこけそうになる中、ウェルロスはロンロンの言葉に嫌そうな顔一つせず上品に微笑むと席を立ち、優雅に一礼した空間に溶け込むように消えていった。
暫くの間ウェルロスが消えていった光景を睨んでいたロンロンであるも、隠れている様子はないと確信すると大きくため息を吐いてから手に持っていたクレープをバクバクと食べ始める。
「ふぃーー……めっちゃ疲れたのである」
「良くやったのうロン坊、そして助け舟も出せずすまぬ」
「いやぁ、アレは多分我輩の言葉以外まともに応じる気なさそうだったのであるからしょーがないと思うのであるよ」
具材全乗せデラックスクレープを平らげたロンロンは、ウェルロスが手に取る事もなかったクレープを取ってむしゃむしゃと食べ始める。
「そんなに食べると太りますわよ?朝ごはんも大盛りオムライス食べたってメイドから聞きましたわ」
「甘いものは別腹なのである!」
「同じ事言ってたお友達の乙女さんは、ダイエット始めるハメになりましたわよ」
「ウララ、友人の悲しい体重事情はそのまま黙っておいてやるのが淑女の情けじゃぞ……」
先ほどまで緊迫した空気に包まれていた反動か、弛緩した空気が流れる。
それは先ほどのロンロンとウェルロスの会話に口を挟めずにいたマジカルウララも例外ではなかった。
「でも、ああいう手合いは苦手ですわぁ……もう面倒だから全部バトルで解決出来たら楽でしてよ」
「発想が魔法少女じゃなくて戦闘民族の発想なのである」
「そうじゃのう……しかしロン坊、あの女が言う事が真実だった場合。どうするのじゃ?」
蛮族思考丸出しなマジカルウララの言葉にロンロンがいつも通り突っ込むのを眺めつつ、コンコンは抹茶クレープを一口齧ってからロンロンへ問いかける。
「え?真実だったとしても我輩は王様とか嫌なのである、王様なんかになったら埋蔵金も発掘に行けなくなりそうなのである」
「ブレんのう……大物か底抜けのアホなのか、たまにわからなくなるわい」
「コンさん酷いのである」
いつも通りの軽口を叩き合うほどに、緩い空気が流れる中それでもロンロンは静かに心に誓っていた。
一度自身が育った孤児院に戻り、親代わりの院長に自分が孤児院で育つことになった切っ掛けの日について聞く事を。
そして、竜女怪人と遭遇した日の深夜。
ロンロンは荷物やら不思議ポケットに仕舞うと、寝床で爆睡しているコンコンを起こさないよう注意しながら寝室からこそこそと退室する。
彼が何をしようとしているのか、それは。
「ウララとかコンさんが、我輩が孤児院に帰って調べものしようとしてるとか知ると。無理やりついてきそうであるからな……」
屋敷の中を巡回する執事やメイドから隠れつつ、マスコット魔法で魔法の国のゲートを作りやすいよう環境を整えているいつものたまり場部屋へと足音を消しつつ向かい、ロンロンは独り言をぼやく。
ただでさえ、この前自分が未成年であることと孤児であることを知られた時は微妙に気を使われて気まずい事この上なかった故、ロンロンはこっそりと一人で調べる事を選んだのだ。
コンコンと麗宛てに置手紙もしているから安心安心、などと思いつつロンロンはメイドがよそ見をした瞬間を狙って静かにたまり場の部屋の扉を開け、部屋の中にその身を滑り込ませた。
「深夜に出歩くのは感心しませんわよ?ロンロン」
「うそん、なんでいるのであるか!?」
「タワケ、あの程度の隠形で儂を欺けると思うたか」
しかしロンロンが部屋の中にその体を滑り込ませた瞬間、部屋の電灯が点きロンロンの目の前には腕組みをした麗とコンコンが仁王立ちしていた。
まさかの二人が先回りしていた事実に、ロンロンは口から心臓が飛び出そうなぐらい驚き思わずしりもちをつく。
「コンコンから話を聞いてびっくりしましたわ、何を考えていますの!?」
「え?そんな驚いたり怒る事であるか?」
「このタワケ!そんなに思いつめるぐらいならさっさと相談せぬか!」
今まで見た事もない剣幕でロンロンに詰め寄る麗の様子に、ロンロンは驚きながらコンコンに視線で助けを求めるが、コンコンもまた麗に同調してふわふわ尻尾の毛を逆立たせながら怒鳴るとロンロンが部屋に残していた置手紙を突き付ける。
その置手紙には『実家に帰らせて頂きます、探さないで下さい』と書かれていた。
どう見ても家出宣言である。
「ま、まつのである!流石に我輩も孤児院にまで仕事仲間連れてくのは色々と恥ずかしいから、一人で行こうとしただけなのである!」
「孤児院? あの失礼極まりないウェルロスって女が言う竜の巣へ帰るのではなくて?」
「そんな生まれてこの方行ったことない場所なんて、実家と呼びたくないのである」
ロンロン必死の弁明、その内容に麗はロンロンが自らの意志で麗達に迷惑をかけない為にウェルロスの下へ行こうとしているのではないと、ようやく理解。
麗はほっとすると同時にふつふつと湧いてくる怒りに顔を俯かせると、ロンロンの体を持ち上げてずっしりとしたその体の重みを腕に感じながらもちもちしたお腹をわしゃわしゃし始めた。
「や、やめるのである!我輩のお腹をもちもちするのやめるのである!」
「このおバカ!置手紙をするならせめて書き方を考えるのですわ!」
「た、たすけてコンさん!」
ロンロンからして見たら理不尽極まりない麗の癇癪に、ロンロンはコンコンに対して大慌てで助けを求める。
だがしかし、コンコンからの返答は無情であった。
「ウララ、儂は寝直すから今日はロンロンを抱き枕にでもしてやるのじゃ。明日の朝にでもこのアホが世話になった孤児院に行くでの」
「わかりましたわ!」
「そ、そんなー!なのであるー!」
深夜であるにも関わらず巻き起こった賑やかな騒動、その騒動は。
「何があったか知らないけど、君たちもう寝なさい」
最終的に騒ぎを聞きつけて部屋に駆け付けた、ナイトキャップを被ったままの麗のパパによって一喝されるまで収まることはないのであったとさ。
【マスコット達による解説劇場~魔法の国の孤児について~】
「コンコンと」
「ロンロンの」
「「マスコット解説劇場―」」
「最近我輩が酷い目に遭ってばかりだけど、今日も頑張って16回目の解説劇場を始めるのである」
「天中殺かってぐらい不幸じゃのうロン坊、お祓い行った方が良くないかの?」
「一連の騒動片付いたら行ってくるのである、ついでに埋蔵金発見の祈願もやってもらうのである」
「多分その祈願は依頼するだけ無駄じゃから、素直にお祓いだけにしとくのじゃ」
「コンさん無慈悲過ぎない?」
「そんでもって今回は魔法の国の孤児についてであるな、ビシバシ解説していくのである」
「お、おおう……良いのかの?」
「別に我輩は孤児であることに後ろめたさとかそう言うの無いのである、両親健在な子が羨ましいと思う事は否定しないのであるがなー」
「どうしよう、ロン坊が思った以上に強い子で儂ビックリじゃ」
「コンさんコンさん、我輩を微妙に距離感のある扱いに困る親戚の子みたいな扱いするのやめない?」
「ともあれ孤児であるが、魔法の国も不幸な事故やらなんやらで孤児が出る事あるのである。それでも、グレートウォーの時みたいに魔法の国の住人が子供を残して早逝する事こそ少なくなったらしいのである」
「そうじゃのう、その辺りは人間界と変わらぬのう」
「せめてそういう処はふわふわであれよ、と我輩思わなくもないのである」
「やっぱりお主、ちょっと思うところ抱えてないかの?」
「抱えてないのである」