夏の朝陽が差し込む立派なお屋敷の中庭。
ゆっくりと辺りを照らし出していく朝焼けの中、特徴的な縦ロールな髪形をしている少女がゆっくりとした動きで演武をしながら呼吸を整える。
見る者に溌溂とした印象を与える愛らしさと美しさが同居した風貌の少女は、その可憐さに似つかわしくない道着に身を包んでいた。
しかし次の瞬間、風鳴り音と共に縦ロールの少女めがけて一枚の板が投げ込まれる。
その板の勢いは鋭く、このままでは瞑目しながら演武を続けている少女に直撃するかと思われたその瞬間。
「とう!ですわ!」
カッと目を見開いた少女は芸術的ともいえる踏み込みと同時に飛来した板を正拳突きで粉砕、更には次々と飛来する板を流れるような動きで次々と拳や蹴りで粉砕していく。
そうして板の猛攻を無傷で終えた少女は、強く深呼吸しながらゆっくり残身しながら構えを解いて固く握った拳を高々と掲げて力強く宣言する。
「復ッ活!春日井 麗完全復活!ですわーッ」
「御美事でございます、お嬢様」
「いや今の流れで完全復活って、絶対魔法少女の復活の儀式じゃないと我輩は思うのである」
朝から良い汗かいたとばかりに満面の笑みを浮かべる麗に、先ほどまで麗めがけて板を手際よく放り投げていた執事が近づいて麗へスポーツタオルを渡しながら主の娘である、お嬢様の復活を心から喜ぶ。
そんな健康的かつ健全な光景に対して思わず、ソレ絶対魔法少女のムーブじゃないだろとツッコミを入れるロンロン。
「お黙りですわ!」
そんなロンロンの言葉に対し麗はムっとした表情を浮かべると、寸詰まりなロンロンのマスコットボディを両手で持ち上げてもちもちしているお腹を両手でわしゃわしゃし始める。
「擽ったいのである!やめるのである!」
唐突に持ち上げられた上に、明らかに麗とロンロンが出会った当初よりもちもちしているロンロンのお腹をもちもちしながら麗は思う。
コイツ、明らかにずっしりと重たくなってやがる。と。
「ロンロン貴方、最近お太りになられていませんこと?数か月前よりかなりずっしり感ありますわ」
「育ち盛りなだけなのである!」
賑やかなお嬢様とマスコットの様子に執事は笑みを深めつつ、地面に散らばった板の破片を粗方集めて予め用意しておいたゴミ箱へ手際よく片付けると、朝練後の麗の入浴を手伝う指示をメイド達へ出す為に屋敷へと戻っていく。
「執事さん執事さん!助けてほしいのである!ウララが我輩のお腹もちもちするのやめてくれないのである!」
「悔しいけど、癖になる手触りですわ……!」
「ほっほっほ、仲良きことは美しき哉。と言ったところですかな」
そんな屋敷に戻ろうとする執事を慌てて呼び止めて救出を懇願するロンロン、一方助けを求められた執事はしばらくジッと麗とロンロンの様子を眺めていたが、特に問題なさそうだと判断してロンロンの訴えをそっと棄却した。
地味にひどい話であった。
その後は麗が朝の鍛錬の日課である入浴に赴く事でロンロンは解放され、ロンロンは時折すれ違うメイドさん達に愛想を振りまいてはクッキーを貰いつついつものたまり場の扉を開く。
「おはようなのであるよー」
「うむ、ウララの復活見届けご苦労なのじゃよ」
「コンさんも来てくれれば助かったのである」
「致し方なかろう、マスコット通信で魔法少女達にウララの復活伝えるのにこっちも忙しかったのじゃからな」
そんな具合に報告と雑談が入り混じった会話をしつつ、ロンロンはよっこいせなどと言いながら定位置となっている椅子の上に這い上がる。
凶悪な太陽光が窓から部屋の中に差し込む朝の七時ごろ、コンコンが定位置のソファの上を動いて微妙に太陽光から逃げ始めるようになるぐらいに、部屋の扉がノックされる。
「朝ごはんが来たのである!」
「む、もうそのような時間か。最近明るくなるのが特に早いから感覚が狂うのう」
「もう夏であるからなー、エアコンが効いたお屋敷から出たくないのである」
お腹がペコちゃんなのである、と大喜びするロンロンの様子に苦笑いしながらコンコンは軽やかにソファから飛び降りるとそのまま身軽な仕草で椅子に飛び乗る。
「お二方、今日の朝食はこちらになります」
「いつもありがとうなのである!」
「いつもいつもすまぬのう」
口々に感謝の意を述べるマスコット2名にメイドは微笑みながら会釈すると、テーブルの上に手慣れた手つきで食事が乗ったお皿を並べていく。
ちなみにこのお屋敷に努めるメイド達の間で、喋って動くぬいぐるみみたいなマスコット2名はとても人気があり、食事の配膳は希望者が多い余り当番制になった過去がある。
「いただきますなのである!」
「朝から随分な量を食すのう……太りゃせんか?」
「我輩育ち盛りだから、このぐらいペロリなのである!」
「若いというのは羨ましいのう……」
ロンロンの前に置かれたのは、ふわとろ半熟卵が乗った大盛りのオムライス。
一方コンコンは皮がパリッとする感じに焼き上げられた鮭に、梅干しが乗った御粥と漬物という渋い構成であった。
「いつも思うけど、コンさんの食事が渋すぎるのである」
「ロン坊が朝から健啖なだけじゃわい」
そんな軽口を叩き合いつつロンロンとコンコンは、それぞれ小さな手で器用に食器を使いながら食事を勧める。
ちなみに配膳を担当しているメイドは澄ました顔で入り口脇に控えながらも、小さな手で器用に食事をするマスコット達の光景を余すところなく目に焼き付けているが、特に実害はないため問題はない。
「ロン坊、お主から見てウララはどんな仕上がりじゃ?」
「動きのキレとか拳の破壊力も少し上がっていると思うのである、変身前なのに投げられた板を拳で粉砕するのは女子高生としてどうかと我輩は思うのである」
完全復活と麗も雄叫びを上げていたあの光景を思い出し、ロンロンは遠い目をしながら呟く。
もはや魔法少女と言うより、あれはグラップラーとかそういう類なんじゃなかろうかなどと本人がいない事に小さく呟く始末である。
「あの娘、これ以上強くなるのか……」
「そのうち隕石とかもマジカルパンチで叩き割りそうなのである」
ロンロンの言葉にコンコンは流石のウララと言えども、そこまで行くことはないじゃろうと笑い飛ばそうとする、が。
そもそも魔法少女として活動を始めた当初の頃から鋼鉄板を叩き割り、かなり前に出現した重戦車並みの装甲だと嘯いていたイモムシ怪人を、情け容赦なく鉄拳制裁で屠ったマジカルウララの姿を思い出して言葉を噤む。
「流石にそこまでの破壊力にはならんじゃろ……ならんよな?」
「ないとは言えないのがゴリラの恐ろしいところなのである」
あのゴリラならやりかねないと、何故か確信にも似た予感を感じた2名のマスコットは互いに顔を見合わせると乾いた笑いを上げる始末。
渦中の人物である麗が聞いたらへそを曲げそうな会話であるのは、言うまでもない。
コンコン的にはウララが強くなることは勿論良い事なのだが、余りにもゴリラ化が進むと嫁の貰い手がおらんくなるんじゃなかろうかと言う危惧があるのだ。
婚活百連発失敗を経験した喪女的に、花も恥じらう未来のある乙女がそのような事になるのはあんまり見たくないのである。
魔法少女シューティングスター?アレはもうコンコン的には同類認定している手遅れ枠なのは言うまでもない。
「ご馳走様なのである!」
「うむ美味であった、ご馳走様なのじゃ」
やがてマスコット2名の食事は終わり、メイドは手際よく食器を下げると2名の前に食後のお茶を用意して差し出すと、カートに食事後のお皿を乗せて退室していく。
魔法少女のマスコットとは思えない優雅な朝であるが、怪人が出ないときは割とこんな感じの朝の風景が日常であった。
「コンコン、ロンロン!改めておはようございますですわー!」
「おはようなのじゃウララ」
「うーん、完全復活の勢いで扉の蝶番が悲鳴を上げているのである」
そしてあいさつしながら勢いよく扉をあけ放ったウララに対し、コンコンは両手で湯呑を持ったままウララへ挨拶を返す。
ロンロンは勢いよく開けられた影響で軋んだ音を立てた扉の蝶番に目を向けており、あれいつか壊れるんじゃなかろうかなどと考えていた。
「夏休みに入りましたしわたくしも完全復活しましたから、パトロールに行きますわ!」
「うーむ、復帰して浮かれているのが手に取るようにわかるのう」
「我輩こんな暑くなりそうな日に外出たくないのである、日差しが殺人的なのである」
ウララが言い出した言葉にコンコンは苦笑いを浮かべつつ湯呑を傾けて中身を飲み干し、クーラーが効いた快適なお屋敷から出たくないロンロンは拒否の意を示す。
そんなロンロンの言葉に思わずジト目を向けるウララであったが、その時コンコンが大きな耳をピンと立てて何かを察知する。
「む、怪人が現れたようじゃの。場所は……郊外の自然公園のようじゃ」
「えーーー、マジであるかぁ……でもあの公園、しょっちゅう怪人が出てくるのであるな」
「最近は怪人出現時の避難ガイダンスが充実しておるらしいぞ、あの公園」
「管理者の人達の苦労が推し量れるのであるな」
どこかぐだぐだした空気が流れていたマスコット達の部屋であるが、しかし怪人が現れたからにはいかない理由はなく。
「よっしゃぁですわー!変身して早速向かいますわよ!」
ウララが掌に勢いよく拳を当て、気合が入った声をあげるのを見て2名のマスコットは変身補助にとりかかるのであった。
しかしこの時、麗達は想いもしなかった。
自分達が今までとはスケールの違う、大きな戦いに巻き込まれる事になるなど……。
【マスコット達による解説劇場~巨大ロボットについて~】
「コンコンと」
「ロンロンの」
「「マスコット解説劇場―」」
「この解説劇場も今回で14回目なのである」
「ウララも完全復帰したことじゃし、心機一転と言うのも大げさじゃがしっかりやっていかんとのう」
「であるなー、今回はグレートウォーで活躍した巨大ロボットについての解説をお送りするのである」
「と言っても我輩は学校で習った歴史とかしか知らないのであるが、世界を守る正義の組織が巨大ロボットを運用していたってマジであるか? コンさん」
「うむ、運用コストはべらぼうにかかっておったらしが、カラフルな戦隊ヒーロー組織がおって彼らが運用しておったのう」
「マジであるかー……どのぐらいあったのである?」
「儂が知っているだけでも5体以上は見た事あるのう」
「マジか、すげえのである」
「当時は巨大化する怪人やら宇宙怪獣が攻めてくることがあったからのう、そういう巨大ロボットも需要があったわけじゃ」
「前にゴリラ、じゃなくてウララが大暴れした怪獣の時とかも巨大ロボがあれば楽勝だったかもしれないのであるな」
「そうじゃのう、しかしあんな大怪獣滅多に現れるものでもないし、巨大ロボは整備やらの維持だけでも法外なコストがかかるものじゃ」
「世知辛い話なのである、それに歴史で習ったけどグレートウォーですべての巨大ロボが大破したって話であるしなー」
「うむ、強大無比なのは間違いないが今のご時世で新造するというのも中々上手くいかんそうじゃ、運用しておった組織もグレートウォーの総力戦で壊滅してしもうたしの」
「ライトスタッフ含めて壊滅するとか、どれだけ地獄だったのであるかグレートウォー……」
「基地の跡地も敵の攻撃の影響で立ち入り不可じゃし、今の所その辺りの運用は絶望的といった所と言うのが実情じゃの」
「なんかその基地の跡地とかお宝ありそうなのである」
「行くなよ?これはフリじゃなくてガチじゃからな?」
「わ、わかったのである」