コンコンが己の恥やらなんやらを曝け出す羽目になった翌日の事。
いつものたまり場と化している屋敷の一室にて麗達はのんべんだらりと雑談に興じていた。
普通に平日の昼間なのに麗が屋敷にいるのは単純に、右腕の怪我について友人や先生に心配かけたくないという理由で欠席をしているというだけなのだが、それはそれで友人たちに心配をかけているという事にゴリラは気付いていない。
「平和ですわねぇ」
「そうじゃのう」
「煮卵ウマーなのである!」
爺やが淹れてくれた紅茶を一口啜り、どこか弛緩したような気の抜けた表情で呟く麗の言葉に、玉露を啜っていたコンコンもまた同意を示す。
一方ロンロンは昨日の麗からの約束通り煮卵食べ放題を堪能していた。
今現在は魔法少女活動も休養している為、怪人が出現してもよほどの状況じゃない限りは出ないよう麗はコンコン達に厳命されているのだ。
「でもコンコン、右腕は確かにまだ直ってないですけどそれ以外は問題ないのですから、怪人が出たらわたくしも出撃した方が良いと思うのですわ」
「たわけ、お主は前のメカゴリラとの戦いで限界まで魔法少女パワーを使ったじゃろう?一度限界まで力を使ったら、復帰には相応に時間がかかるからおとなしくしとるが良い」
「アレであるな、ロボゲーでブーストゲージ使い切ったら満タンになるまでブースト使えないのと同じ理屈であるな」
「……まぁ語弊は無い事もないが、おおむねそんな感じじゃの」
しかし人々の平和のために戦う事こそが自身の信じる魔法少女道である、そう妄信している麗は怪我してないところで戦えば良いのに、などと口にするがコンコンから窘めるような口調でその行動を止められる。
魔法少女パワーの枯渇から復帰についても釈然としない様子を見せていたが、ロンロンが補足した説明に父親が昔やっていたゲームでそんな風な事もあったなどと思い出し、とりあえず納得する事にしたらしい。
「でも他の魔法少女さん達に押し付けるのも何だか申し訳ないですわ~」
「でもウララは他の魔法少女が困っていたらすぐに助けに駆け付けていたわけだし、たまには頼るのも悪くないと我輩は思うのである」
「そうじゃぞ、良い機会じゃし少しはゆっくりせよ」
「ぐぬぬ、ですわ」
コンコン達はこういうが、マジカルウララが現在戦えない状態という事で割と悪の組織達はフィーバータイムと言わんばかりにはしゃいでいる。
しかし彼らが満足のいく結果を出した事はない、それは何故かと言うと……。
「しかし我輩ひでー話と思うのである、ゴリラ……じゃなくてウララ対策をガチガチに固めた怪人とか出したら、ウララと方向性が全く違う魔法少女出てくるとか最早詐欺だと思うのである」
「物理耐性特化していた岩石怪人とか、応援に来たシューティングスターの収束砲撃魔法で一撃じゃったからのう」
簡単な話であるマジカルゴリラ対策をガチガチに固めたら、まったく方向性の違う魔法少女達が出てくるというクソゲー案件に悪の組織は巻き込まれたのだ。
「そう言えばこの前出た悪の女怪人は不思議な結果に終わったのう」
「結構前にウララに鉄拳制裁された淫魔怪人っぽいのが、フェロモンで惚れさせて即帰宅させていたのであるな」
「え?それは初耳ですわ!?」
「言うの忘れていたのである」
「このおバカ!」
ちなみにまさかの大活躍した淫魔怪人(現在クレープ屋のバイト)は、観察していたロンロンに気付くとマジカルゴリラに活躍したことを伝えてほしいと念入りに伝言していたりする。
だがしかし、ロンロンはその伝言をうっかり忘れていたのはロンロンが今さっき話した通りなのであった。
「あの怪人の思惑はわかりませんけど……でもまぁ、うん。わたくしが本調子に戻る事を最優先すべきなのは理解しましたわ~」
「それでよいのじゃよ、貴重な休暇と思えば良い」
渋々と言った様子でまず自分がやるべきことを理解した麗の言葉にコンコンは満足そうに頷くと、尻尾から愛用している櫛を取り出して自分の尻尾を梳き始める。
つい最近醜態を晒した事はありつつも、それでも頼りになるマスコットのコンコンを何となく眺める麗であったが、ふと何かを思い出す。
「そう言えばコンコンって、人間形態に変身できるって昨日言っていましたわよね?」
「んん? まぁ、言うたのう」
「コンコンの人間の姿、見たいですわー!」
「この娘は藪から棒に何を言うかと思ったら……」
年齢不詳の喪女狐マスコットと、パワーと暴力と破壊力で見落としがちだが花の女子高生であるウララの会話を横目に、ロンロンは我関せずとばかりに煮卵を貪り食う事を再開し始める。
こういう時の女子会話に混ざっても碌な事がない事を、ロンロンは今までの経験から習得していた。
「そんな見て楽しいモノでもないと思うがのう……ほいっと」
「おお!凄いですわ!」
麗から送られる期待に満ちたキラキラした視線に、コンコンは気恥ずかしそうに溜息を吐いて櫛を尻尾に仕舞う。
そしてのそのそと動いた後、ぴょんっと椅子から回転しながら飛び降りれば瞬く間に巫女服のような衣服に身を包んだ、狐耳と尻尾が生えた少女の姿に変化した。
「コレが儂の人間形態じゃよ、耳と尻尾も消せん事はないが面倒じゃからこうする事が多いのう」
「凄い!凄く愛らしいですわコンコン!」
小学校高学年女児ぐらい、少女体型に悩む魔法少女シューティングスターぐらいの背丈に起伏の乏しい姿に変化した可愛らしいマスコットの姿に麗はテンションを上げて歓声を上げる。
一方ロンロンは、江戸時代も経験してきたのにその外見は若作り頑張り過ぎだと思うのであるなどと思いつつも、口に出した日には折檻待ったなしなので黙って煮卵を味わっていた。
しかし好奇心全開となった麗は煮卵を貪っているロンロンにも視線を向け始める。
「ロンロンも人間形態に変身できますの!?」
「むぐ? 我輩はできないのであるよー、昨日も話したけど人間変身は大人マスコットだけに許された秘儀なのである」
麗からの問い掛けに対し、ロンロンは頬張っていた煮卵を呑み込むと小さな手をひらひら振りながら自分は使えないと話す。
しかしその言葉にコンコンはちょっと待て、と言わんばかりの視線をロンロンへ向けた。
「待てお主、魔法の国のマスコット検定は合格しておるんじゃよな?」
「藪からスティックに何言い出すのであるかコンさん、検定合格してなければマスコット業やれない事は常識なのである」
「マスコットって、検定あるんですわね……」
ロンロンの発言に驚愕するコンコンに対し、ロンロンは何常識的な事聞いているのであるかと言わんばかりの口調で返答する。
一方麗はマスコットが検定のある免許制だという事を知り、また一つ魔法の国の法律に詳しくなっていた。
「ならば人間変身の許可証も簡単に出るじゃろう、アレがあるだけで手当ても大きく変わるのじゃぞ?」
「そりゃ我輩だって取りたかったのである、でも年齢制限に引っかかったんだからどうしようもないのであるよ」
「マスコットって、お手当でるんですのね……」
もしかしてこのすっとこドラゴン、申請サボったのではなかろうなと言わんばかりの視線をコンコンがロンロンに剥ければ、ロンロンは溜息を吐きながら世知辛い事情と共に取れなかった事情を明かす。
ついでに麗はまた一つ、マスコットに纏わる魔法の国の法律に詳しくなった。
「ま、まてまてまて!ロン坊!お主今何歳じゃ!?」
「え?言ってなかったであるか?」
「聞いておらんわ!というか他人に年齢聞いたら儂も言わなきゃならんから聞けるわけなかろうが!」
「その怒り方は我輩、めっちゃ理不尽だと思うのである」
人間形態のまま、大きな狐耳と尻尾をピンと立てたコンコンが驚きを隠そうとしないままロンロンへ向けて言葉を捲し立てれば、ロンロンはすっとぼけた調子で言葉を返す。
なんせロンロンは普段から飄々とした態度を貫くすっとこどっこいで、その立ち居振る舞いから成人したマスコットであるとコンコンは思い込んでいたのである。
ちなみに麗はマスコットは見た目や口調から年齢がわからないから、頭にハテナを浮かべ首を傾げていた。
「ち、ちなみに聞くがの……ロン坊、お主今何歳なのじゃ……?」
恐る恐るロンロンに対して年齢を訪ねるコンコン。
一方問われたロンロンは天井を見上げながら指折り数えると、視線をコンコンへ向けてその口を開く。
「えー?確か14……ああいや、この前15になったのである」
「お主未成年じゃったの?!」
「え?ロンロンってわたくしより年下だったんですの!?」
「なんで二人そろってそんな驚いているのであるか?」
思った以上に若いどころか、ロンロンが未成年マスコットだった事実にコンコン驚愕。
ついでに麗は割とおっさんのように思っていたロンロンが、実は自分より年下だと知って驚愕。
そんな二人の反応に対して、なんで驚いているのかわからないと言った様子のロンロン。
控えめに言って混沌の坩堝な有様であった。
「こ、コンコン。マスコット達って成人年齢幾つなんですの?」
「人間と同じ20で成人じゃ、と言うかマスコット養成の学校卒業したら大体成人近くなるじゃろ……!」
「あ、我輩学費かかるの嫌だったからとっとと飛び級して卒業しているのである」
ロンロンの発言に対して嘘をつけ!と叫びそうになったコンコンであるも、先手を打ってロンロンが取り出したマスコット免許証を見て、それが嘘じゃないと知ると絶句する。
麗は知る由もないが、世界の命運をかける闘いに赴く事もありうるマスコット免許証を取得するのは、人間社会で言う国内最高峰大学を受かり現役卒業するぐらいには難易度が高い行為なのだ。
ソレを更に飛び級で目の前のすっとこドラゴンがやらかしたという事実に、コンコンは顎が外れんばかりに驚き、麗も経験豊富なコンコンが今まで見た事がないレベルで驚いている様子からとんでもない事だと何となく察する。
「お、お主一体なんでそんなとんでもない事を……」
「大した事じゃないのであるよ?マスコットになれば家族にも給付金出るから、お世話になった孤児院への恩返しで頑張っただけなのである」
「「孤児院?!」」
口を震わせながら呟いたコンコンの言葉に、ロンロンは最後の煮卵を味わいながら咀嚼して呑み込むと、どこか気恥ずかしそうにしながら答え……さらに飛び出てきた新情報に二人は異口同音に叫んだ。
「我輩は卵のまま孤児院の前に放置されていたのである、それを拾って育ててくれた孤児院に恩返しするために頑張っただけなのであるよ」
「な、なんと……お主、そこまで立派な心根を持っておったのか」
「衝撃の事実過ぎますわぁ……」
ノンデリでアホな事しか言わないすっとこどっこいだと思っていた同僚の言葉に、コンコンは感動しながら呟く。
一方麗は畳みかけるようにロンロンから放たれた衝撃の事実に、頭から煙が出そうなぐらい混乱していた。
「しかし言われてみれば納得もできる、こやつ魔法の国へのレポートとか申請書とかいつの間にか。卒なくこなしておったわ……」
「え?!マスコットのお仕事ってそういうのもありますの!?」
「そりゃ他人に戦ってもらうんだから、きっちりきっかりその辺りは魔法の国の法律で決まっているのである」
「ほへー……そうなのですわね」
ロンロンから放たれた衝撃の新事実、その驚愕の内容にコンコンと麗はただ翻弄されるしかなかった。
「しかしお主、なんでそう言う事言わぬのじゃ……」
「えー?だって家庭の事情わざわざ言うのも、なんか嫌だったのである。同情とかほしいわけでもないのであるしなー」
「もしかして、ロンロンがたまに埋蔵金探しに出かけるのも、孤児院へ送金する為ですの?」
コンコンがそう言う事は言わぬかタワケ、人間形態のままロンロンを抱き上げ……抱き上げられたロンロンはこういう風になるから言いたくなかったのであると呟く。
そしてはたと何かに気が付いた麗が、ロンロンが定期的に失踪したり出かけては埋蔵金やらトレジャーハントに出かけている事の目的が、それに付随しているのではないかと思い至りロンロンへ問いかけた。
「え?埋蔵金探しは我輩の純然たる趣味なのである、金銀財宝見てニヤニヤしたいのである」
「……なんじゃろう、ここは怒るべきところなのかもしれんが。凄くホッとしている儂がいるのじゃ……」
「その気持ちに関しては、何となくわたくしも同意ですわ……」
曇りの一点もない眼で割とトンチキな事を言い放つロンロンの様子に、コンコンと麗はどこかホっとした様子で溜息を吐くのであった。
なおしばらくの間……。
「気まずいしなんか気持ち悪いから今まで通りでよいのである!!」
子供扱いされる事に恥ずかしさを感じたロンロンが、彼らしくない懇願の叫びを上げるまでの間。
ロンロンの扱いがいつもより優しくなったのはちょっとした余談である。
【マスコット達による解説劇場~魔法の国事情~】
「コンコンと」
「ロンロンの」
「「マスコット解説劇場―」」
「と言うわけで今日も始まった解説劇場も、今回で12回目なのである」
「そうじゃのう、ところでロン坊。飴ちゃんはいるかの?」
「微妙に距離感図りかねている親戚の子供みたいな扱いは勘弁してほしいのである」
「今回は魔法の国について軽く解説していくのであるよ」
「うむ、まず魔法の国と言っても実際は一つの国体ではないんじゃよな」
「そうなのである、国連っていうかアレである。機動戦士なアニメとかで出る連邦とかそんな感じなのである」
「この例えセーフなんじゃろか……」
「知らんのである、怒られたら多分某オールハイルブリターニアな感じってなるから安心なのである」
「いや、そっちの方が儂ダメだと思うんじゃが」
「魔法の国にはそりゃもう色んな人種がいるのである、我輩みたいな寸詰まりの珍生物が多くいる国もあれば」
「誰が寸詰まりか全く……儂の人間形態みたいな、いわゆる獣人みたいなのまで多種多様じゃのう」
「ただまぁ、アレであるな。割とみんな呑気だし平和主義者な人が多いから諍い事は殆どないのである」
「海賊とかおるにはおるが、地球の歴史にあった海賊みたいな悪辣な連中はおらんしのう」
「だからこそ闘争心とかそういうのが重要になる魔法少女パワーが引き出せなくて、人間達に力を渡して活躍してもらっているわけなのである」
「ちなみにガールズプリンセス、GP魔法少女隊はその中でも例外じゃの」
「あの国出身の戦士たちはまぁ、うん。割と血の気多いのである」
「ともあれ、そんな民族特性あるもんだから法律も割と性善説に則ったモノが多いのである。厳しいのは人間社会に干渉するマスコット業に関係するモノが多いのである」
「なんせマスコット免許更新の際には精神鑑定した上で、更新のたびに筆記試験あるからのう。アレくそ大変じゃわ」
「あんなの楽勝だと我輩思うのである」
「そうじゃった、こやつマスコット学園を飛び級して卒業している歴史でも中々いない天才じゃったわ」