日本が誇る名山こと富士山、その麓に広がる鬱蒼とした富士の樹海
季節が梅雨時から初夏へと移り変わる事で不快な湿気が辺りを包む樹海の奥、自らその命を閉じようとする者以外は碌に足を踏み入れようとしない場所。
その奥地にひっそりと建っている蔦が無数に絡みつく建物の地下深くには、地表の朽ち果てそうな建物からは想像もつかない設備が所狭しとばかりに並んでいる。
そしてその設備から伸びるケーブルが集まる中心部、その場所には金属製の冷たい質感を見る者に与えるベッドがあり、その上には一人の少女が目を閉じて横たわっている。
明らかに異質なその存在、だがその少女はこの電子機械に埋め尽くされた空間に違和感を与えることなく溶け込んでいる、それは何故か?
ソレは、鋼鉄製のベッドに横たわる可憐な少女もまた、可憐な少女の外見をしていながらもその肌や髪の毛は金属製で作られているのが一目でわかる質感をしているからに他ならない。
「クハ、クハハハハハハハハハ!とうとう、とうとう完成したぞ!!」
鋼鉄製のベッドに横たわる少女の傍らに立つ、油で汚れた白衣を着用している老境に差し掛かりそうな風体をした男がその瞳に狂気を宿しながら両手を広げて天井を仰ぎ、喉が枯れんばかりに哄笑を上げる。
男の名前はドクトル・イースト、過激な学説と研究によって学会を追放された悪の科学者である。
彼が提唱した学説と研究が何かと言うと、魔法少女やかつて人々の為に戦ったヒーロー達の使っていたスーパーパワー、現在は魔法少女パワーと呼ばれる超常の力を人為的に生み出す為の研究であった。
研究の表題だけを見れば彼を学会から追放する理由などない、問題はその超常の力を作り出す為の手法にあった。
「学会の無能共め、世界を護る超常の力を遍くすべてに行き渡らせられるのならば!魔法少女の一人や二人など犠牲にしても構わんだろうが!!」
自身の叫びと共に当時の屈辱を思い出したドクトル・イーストは癇癪を起しながら、床に無数に転がっている空き缶を蹴り飛ばし、それでも尚苛立ちが収まらず乱暴に床を何度も踏み鳴らす。
彼が提唱した超常の力、魔法少女パワーを得る方法。
ソレはまぁ簡単に言ってしまえば、魔法少女そのものを炉心にするというモノであった。
昔の倫理を投げ捨ててまで怪人と相対していた時代ならいざ知らず、魔法少女にそっぽを向かれるような技術何て言語道断とばかりに彼の論文は破却され、学界から即落ち2コマな勢いでけり出されたのである。
残念でもなく当然であった。
「だがソレもここまでだ、儂が生み出した究極人型兵器メカゴリラ!コイツの力を以って魔法少女を自ら捕獲し、そして儂の理論が正しいという事を証明してくれるわ!」
苛立ちを抑えないままドクトル・イーストは芝居がかった叫びを上げ、その勢いのまま鋼鉄の少女が横たわるベッドに備え付けられたコンソールを乱暴に叩き、レバーを勢いよく引き下ろす。
そして次の瞬間、鋼鉄のベッドに繋がるケーブルに大量の電流が流れ込みベッドに横たわる鋼鉄の少女に膨大な電圧がかかる。
「さぁ、目覚めるのだぁ!この電撃でぇぇぇぇぇ!!」
激しく明滅する電流の稲光、その光によって狂気の笑みを照らし出されたドクトル・イーストの雄叫びが響き渡る。
その電流の輝きは刻一刻と激しさを増し、やがて部屋中を雷光が埋め尽くした次の瞬間ブレーカーが落ちたのかフッと立ち消える。
そして。
「プラズマ融合炉ノ起動ヲ確認、オハヨウゴザイマスデスワ」
「目覚めたかメカゴリラ!」
施設……研究所の非常電源が起動し照明が点灯した時には。
鋼鉄の少女、ドクトル・イーストにメカゴリラと呼ばれた存在が上体を起こしていた。
彼女の造形はまるで鋼鉄製の美少女フィギュアに、鋼鉄製のドレスを着せたかのような姿をしており……まるでどこぞの桜塚市で大型トラックを投げるわマスコットを投げるわの大暴れをしているマジカルゴリラを想起させるデザインをしていた。
「個人識別コード、『メカゴリラ』ヲ認識デスワ」
「陽電子AIの動作も安定しておるな、よろしい。メカゴリラよ自己診断プログラムを起動し稼働状況を報告しろ」
「自己診断プログラム、及ビ報告命令ヲ受領シマスワ」
自己と他者を正しく認識している被創造物の様子にドクトル・イーストは満足げに腕を組んで頷く。
メカゴリラの口から放たれる音声までお嬢様言葉のようであり、どう見てもマジカルゴリラに寄せているデザインをしているが、明らかに違うところが一つだけあった。
ソレは鋼鉄製とか以前に、ゴリラ呼びをナチュラルに受け入れているというところで……マジカルゴリラを何度もゴリラ呼びした日には、三回目ぐらいでマジカルパンチが顔面に突き刺さるのは言うまでもない。
そんなことはさておいて、ドクトル・イーストは被創造物に自己診断とその結果を報告するよう命令する。
命令を受けたメカゴリラは機械的な音声ながらどこぞのお嬢様っぽい口調で自己診断プログラムを起動し、自己診断をコンマ何秒に満たない刹那の間に終わらせた。
「自己診断結果ヲ報告シマスワ。
────プラズマ融合炉動作OK
────陽電子AI回路動作OK
────全プラズマジェットスラスター接続OK
────オールシステムグリーン
────スペシャル外装ウェポン・メカゴリラチェーンソー接続OK
────フレーム内蔵ウェポン接続OK
────オールウェポンコンディショングリーン
全システム異常ナシデスワ」
「よろしい、続けてお前の存在意義を復唱せよ」
ドクトル・イーストは天才である自分が組み上げたメカゴリラに不備がある事など欠片も思っていなかったが、それでもメカゴリラが自己診断し報告する内容に口角を吊り上げて上機嫌そうな表情を浮かべる。
そして狂科学者はメカゴリラに己の存在意義を述べるよう命令する。
ドクトル・イーストがメカゴリラに課した存在意義、それは魔法少女の捕獲……ではない。
勿論自身の学説を証明するためのサンプルとして魔法少女が必要なのは変わりなく、その大事な目的を見失ったわけではないのだ。多分。
「存在意義復唱、魔法少女ノ撃破」
「うむ、メカゴリラよ。貴様は儂の最高傑作に外ならんが……貴様の動力はプラズマ融合炉による科学的アプローチでしかない、そこは理解しておるな?」
「肯定デスワ」
「よろしい、まずは貴様の性能テストとして設定した目標を復唱しろ」
ドクトル・イーストはメカゴリラの反応に先ほどまで癇癪を起していた老人とは思えない程上機嫌になりながら、性能テストとして選んだ魔法少女の名前を述べるよう命令する。
「性能テストターゲットヲ復唱シマスワ、ターゲット……マジカルゴリラ」
「よろしい、ターゲットの情報と戦闘映像は貴様の頭脳に反復学習させてある。マジカルゴリラは確かに人間とは思えない規格外の物理戦闘力を誇るが、それしかない」
「肯定、マジカルゴリラハ投擲物ヲ用イル事ハアレドモ、基本スペックハ格闘戦デスワ」
ドクトル・イーストは自身が世紀の天才であることを自負している。
だがそれでも、魔法少女パワーから放たれる理不尽な光線攻撃や相手の思考に干渉するかのような攻撃に対して、科学的アプローチの結晶でしかない己の被創造物が必ず勝てると言い切れるほど自惚れてもいなかったのだ。
だからこそ、彼はまずは自身の作品が魔法少女に通用するかのテストを必要としていたのである。
その際AIに学習させる為に反復学習させたマジカルゴリラの戦闘データの影響で、マジカルゴリラっぽい思考回路の特徴を見せるようになったがドクトル・イースト的にはコラテラルダメージの範疇であった。
「貴様の動力であるプラズマ融合炉の出力、そして儂が作り上げた機体フレームならば貴様がマジカルゴリラに負ける道理はない! さぁ行くのだメカゴリラよ!!」
「出撃命令ヲ受領、メカゴリラ……出撃シマス」
ドクトル・イーストが声高に叫び、天井を勢いよく指さした瞬間……彼らがいる空間の天井がゆっくりと重厚な金属音を立てながら開くと、その遥か向こうに白い雲が浮かぶ青空が見え始める。
そしてドクトル・イーストの命令を受けたメカゴリラは鋼鉄製のベッドの上に立つと、背中の装甲を開きジェットスラスターを展開。
そしてメカゴリラはドクトル・イーストが安全な場所まで下がった事をその無機質な瞳で確認すると、背中に現れたスラスターと足の裏から激しいジェット噴射をしながら轟音を立てて遥か上空へと飛び立つのであった。
ちなみにメカゴリラの見た目がマジカルゴリラに寄せられたのは偶然、と言う訳ではなく反復学習させた戦闘技術を有効活用させるためであるらしい。
だが、マジカルゴリラの発言や行動パターンを学習させるという事がどのような結果を呼び込むのか、その結果をドクトル・イーストが知るのは少し先の事である。
彼は後に青空を見上げながらボヤく事になる。
「あの時自分自身で学習内容をきちんと選別しときゃよかったわい……」と。
一方その頃、会った事もないマッドサイエンティストとメカゴリラのターゲットになっていたマジカルゴリラことマジカルウララが何をしていたかと言うと。
「やっぱりうどん屋のラーメンは絶品ですわー!」
「うどん屋と言う屋号なのに家系ラーメンとか、いつ聞いても頭おかしいと思うんじゃよなぁ……」
「煮卵ウマー!なのであるー」
屋敷の一室にていつものラーメン屋に頼み、届いた出前ラーメンをマスコット達と味わっていた。
危機感と言うモノが欠片も存在してない光景としか言いようのない風景である。
しかしある時、ふとマジカルウララこと麗はラーメン丼を持ったまま軽く身震いした。
「なんだか、唐突に強敵が現れる予感を感じましたわ」
「ふーん、なのである」
「ほっぺにナルトを張り付けたまま真面目な顔をしても台無しじゃぞ、ウララ」
割と平和な魔法少女達であった。
【マスコット達による解説劇場~この世界の科学技術について~】
「コンコンと」
「ロンロンの」
「「マスコット解説劇場―」」
「そんなわけで今日も元気に解説する9回目なのである……コンさん、大丈夫であるか?」
「だ、大丈夫じゃ。少し油に胃袋が負けそうになっただけじゃよ」
「コンさんもう若くない……なんでもないのである」
「よろしい」
「今回はアレじゃな、この世界の科学技術についてじゃの」
「と言っても別にサイバーパンクでも無いし、特別近未来って事もないのである」
「軍事技術やら一部の特殊警察の装備は発展しておるが、一般庶民らの生活は特に変わってないからのう」
「ヒーロー達が使っていたオーバーテクノロジーも、あんまり解析進んでないらしいのである」
「まぁその中でも、一部では試験的に特殊なSFっぽい技術は進んでいるのであるなー」
「グレートウォーの時に活躍したパワードスーツを纏う戦士、あやつが纏っていた装甲装備なんてプラズマ融合炉を搭載しておったからのう」
「元が某合衆国特殊部隊用装備とか言う、とんでも兵器なのであるな」
「まぁ量産が整う前に悪の組織の襲撃やらなんやらで、現在稼働している同型機はおらんのじゃがな……」
「せつねえのである」
「あ、でも特別とんでもなく発展している技術あったのである」
「ああ、そういえばあったのう」
「土木技術やら建築技術はとんでもなく発展しているのである、土建の人達大活躍なのである」
「なんせ下手すると毎週のように何処かしら壊れたり、破壊されたりするからのう……」
「怪人保険なんてものが成り立つ社会であるからなー」
「ちなみに魔法少女保険もあるぞい、桜塚市では大人気らしいのじゃ」
「あー……ゴリラの暴力の余波であるな」
「そう言う事じゃ」