――無人島を脱出し、他のメンバーを王都へ送ったあと、ミーシャとあちこち旅をして。
私達が落ち着いて住み始めた街は今、雪が降り積もっている。
私とミーシャは、買い物に出たついでに郵便局へ立ち寄った。
この世界にも郵便システムはあるのだ。
「アナスタシア様ですね。こちらお手紙お預かりしています」
「ありがとう」
郵便局のカウンターで、郵便局留めの手紙を、私は受け取った。
「何か届いてた?」
「きゅ」
一緒に買い物しに街まで来たミーシャが、彼の首元で襟巻き状態になってるコンちゃんの頭を撫でながら言った。
まるでマフラーだ。あったかそう。
鳥さんは最近おうちで留守番が多い。
かわりにコンちゃんを乗っけてる事が増えた。
肩に何か乗っかってないと寂しいのかな、ミーシャ。
「うん。コニングから」
「コニング、まめだね。もう全然会ってないのに」
「まあ、私もたまに手紙は書いてるしね。息災が聞けるのは嬉しいわ。……なんだかんだ王宮がどうなってるかとか、気になっちゃうのよね」
「……そうだね」
「ミーシャ、寂しくない?」
「たまに寂しくなる事はあるよ。でもアーシャや動物達がいるから全然平気」
穏やかにニコリ、と微笑むミーシャ。
ミーシャは隠さずちゃんと自分の気持ちを言ってくれる。
やっぱ、ちょっとは寂しいよね。当然だ。
ちょくちょく届くコニングからの手紙は、連載されてる物語のようだ。
昔は身近だった人たちの、その後の話をこの手紙は語ってくれる。
私達は最近購入した牧場の家に戻って温かい珈琲を入れ、手紙を読むことにした。
これまで来た手紙によると――
ドミニクスは、本当に生まれ変わったかのように勉学に励み、次世代の王としてふさわしい人格者となったようだった。
もう、感動だよ。ほんと。
あの彼が生まれ変わったかのように素晴らしい人間になったなど。
ひどい目に遭(あ)わされてきた相手だけど、心底嫌いになれない弟みたいだから、素直に良かった、と安堵する。
……というかもうすぐ実質弟になるのだけれども。
えっとつまり。
余談だけどミーシャと私は春に街の教会で冒険者仲間を呼んで小さな結婚式をあげようか、と相談している最中だ。
そうそう。無人島脱出から数年経ってますので、ミーシャの前世でのヨーロッパのようなスキンシップぶりにも、大分慣れましたけれども、やっぱりちょっとした瞬間にまだまだ、恥ずかしいなぁ、と思うことはあります。ウブ系日本人は根深い。ですが、結婚式も挙げるわけですから、そろそろ本気で慣れていきたい。がんばろう。
……とミーシャに言ったら
「いちいち照れたり固まるのが可愛いから、そのままでもいいけど?」
とあっさり言われた。くっ。
すいません、ちょっとノロケました。
話は戻って。
私のあとにドミニクスの婚約者になったのは、私の従姉妹で、私よりすこし年下の娘だ。
私がいなくなった公爵家の養女となり、そこからドミニクスに嫁いだようだ。
私のその従姉妹は、最初は暗い顔をしていて、あきらかに落ち込んでいたそうだ。
いきなり王妃教育を施される事になり、王妃になることへの重圧で。
なんだか……申し訳ない! ごめんね!!
私が擦(なす)り付けてしまったんだよなぁ。
私なんて酷いことを……と思いながら読み進めていたが。
最初は暗い顔だったその娘も、ドミニクスが誠心誠意サポートしたおかげか、そのうちドミニクスと仲睦まじい関係になっていき王子妃となった今はではとても幸せそうだ、とのこと。
よ、よかった。
とくにドミニクスと仲睦まじく、彼を愛していると言う点において。
むしろ私が王妃にならなくてよかった!、と思えた。
それに私の親戚筋ということは、ドミニクスも貴族の勢力図をできるだけ変動ないように伴侶を選んでくれたんだろう。
ドミニクス……ありがとう。
私がいなくなってお父様も、目の前まっくらだったんじゃないだろうか。
ほんとね、そこは気になってはいたのよ。
コニングがドミニクスから聞いた話によると、彼はうちの両親に、
『アナスタシアは生きているが、探すな。これは神鳥の言葉である』
と伝えてくれたそうだ。
多分うちの両親は、私が生きていると知ったら、タダじゃおかない気がするから助かった。
ほんと、何から何まで、ありがとうドミニクス。
あの国、神鳥が言いましたっていえばだいたい通りそうだな……。
前世の水戸黄門の印籠みたいだ……。
――というか、それだけ神鳥がいる、というのはすごいことで。
神殿でも神託を賜ることがあるけれど、その受取り方を間違っている時、神鳥が指摘してくるらしいし。
同じく神鳥をもつ陛下が何も仰らなかったところを見るに、それで問題ない、と思われているのだろう。
どの神鳥も意見は一致しているように感じる。
だから私達はこのままでいることを、きっと運命からも許されている、と思っていよう。
ちなみに、沈んだ豪華客船の被害者だが。
行方知らずになったのはなんと、ヒロインのサンディのみ。
豪華客船が出発したあと、すぐに陛下の神鳥が船が沈む、準備せよ、と伝えてきたらしい。
つまり、船は沈んだが、救援はすぐに来たということである。
私達は自力で無人島を脱出したが、他の島にたどり着いた人や海の上に浮かんでいた人々も、助けがすぐに来たらしい。
神鳥すごい。
神鳥がいる王がその座につくっていうのはこういう事だよね。
普通はできないことをやってのける。
優秀な王でも神鳥がいる王は超えられないのだ。
ミーシャが行方知らずになっても陛下はドミニクスに「生きている気がする」と伝えていたので、陛下の神鳥はこの今の状況を先読みしていたのかもしれない。
そしてもともと、神鳥的には、ミーシャは王にならない予定だったのかもね。
そしてドミニクスまで失いそうになった王妃様は、今はどうされているだろう、と私は心配してはいたのだけれど、コニングによると、ドミニクスの変わりように大喜びで笑顔が増えたらしい。
なんだ、王家、順風満帆(じゅんぷうまんぱん)じゃん。
「ね、ミーシャ。この様子ならドミニクスも落ち着いたみたいだし……もう王妃様にそろそろ一度会いに行ってもいいんじゃない?」
「うーん……」
「……鳥さんは何か教えてくれないの?」
「あ、そうか。聞いてなかった」
ここに落ち着くまで2人で冒険者業をしていたのだが、その間も随分鳥さんにはお世話になった。
鳥さんサポート超手厚い。
そして鳥さんには「行ってもいいんじゃね?」みたいなこと言われたらしい。
最近鳥さん言葉が軽くなってきた気がする。
冒険者言葉というか、俗世にまみれてきてません? 大丈夫?
***
――結果として。
王妃様に会いに行った事は、良い事しかなかった。
ちなみに、ドミニクスが場を用意してくれて、陛下と王妃様のお二人に謁見することができた。
私達のことは祝福してもらえたし、ミーシャが生きていたことを本当に喜んでいらっしゃった。
王妃様は、ミーシャをギュッと抱きしめて、ミーシャもギュ、と抱きついて少し喜びの涙を流していた。
ミーシャの孤独がまた一つ消えた気がした。
しかしながら。
陛下は「やっぱね~。そうだと思ってたんだよね~」と軽いノリだった。
陛下……?
やはり国の頂点ともなると、いろいろと精神的構造がなにか違うのかもしれないな……。
でもやめてくださいよ、テンサゲですよ!!
私は両親に会わなかった。
多分、やっぱりろくでもないことになりかねない、と思うので。
ミーシャもそれを言ってこないから、おそらく鳥さんには確認した上で黙ってるんだろう。
生きてるのに逃走した公爵家の裏切りモノなうえに、第一王子実質誘拐だからね!
攫われた王家が黙認で、実家はおそらく大激怒するだろうこの状況。
私だって、両親とうまくいかないのは、寂しい。
そりゃ解りあえるならば素晴らしい。
でも、公爵家でなくとも。
例えば前世での一般家庭に置き換えて考えてもね。
娘が他所の家の息子誘拐して逃げたとか、許されないよね。うん。
――私は、最初に婚約破棄のあとに逃げようって決めていた。
そう、家出に関しては、長年かけて腹が決まっていた。
責任とれない悪い娘でごめんなさい。
本来は許されないことを許されているんだって事は、肝に命じておきます。
そしてやたら王家事情に詳しいコニングは、ドミニクスによって、王妃様専属の薬剤師担当になっていた。
ちょうど、前任者がやめるタイミングでドミニクスがねじこんだ。
コニングは伯爵家を継ぐ予定だったけれど、やはりサンディの時の彼の醜聞が拭いきれず、自ら弟に家督を譲ったらしい。
でも、彼自身、手紙には没頭できる仕事ができて幸せ、と言っていた。
しかし、醜聞が……といいつつも彼はちゃっかり結婚していた。
実は彼の妹が血の繋がらない養女であり、彼の妹はかなりのブラコンで、彼女のほうから押し切ったらしい。
あ、ひょっとしてその妹さん、ヒロインがコニング狙いの場合にライバルになる令嬢では?、とふと思った。
そしてハーマンは、予定通り王宮騎士には慣れた模様。
ただし、ヒロインに懸想していた為にやはり婚約者候補だった方たちには逃げられていた。
「自分は一生独身でも構いません!! この身は王家に、いえドミニクス殿下に一生捧げる所存です!!」
すこし泣いてない?
まあでも……そのうち誰か良い人みつかるんじゃない?
デリケートさにはかけるけど、悪い人じゃないし、王宮騎士だもの。
きっとそのうちわかってくれる女性が見つかるわよ。……多分。
そしてミーシャは、陛下と王妃様に再び訪ねることを約束して、私と牧場へと帰った。
私が闇属性魔法のテレポートで、繋いでいけば、いつでも会えるからと、ミーシャに伝えると、ミーシャは微笑んでありがとう、というのだった。
今までも優しい笑顔を浮かべてくれる彼ではあったけど、その時は本当に……何か吹っ切れて心底嬉しそうな笑顔を浮かべている、と私は思うのだった。
終わり