夜の食卓。
ミーシャが、私達がこれからどうするかを皆に伝えた。
そして、ミーシャがここで生きていたこと、私がここにいた事は、口裏を合わせて黙ってて貰うことにした。
「……そんな、兄上が王宮に戻れないなど」
「気にしないでドミー。元から言ってたでしょ。アーシャが手に入らないなら王様にはならないって。王宮に戻ってもお互いよくないって理解もしたし、それを言うのは最後にしよう」
「……そうですね。わかりました。立派ではないかもしれませんが、オレ頑張ります……だからいつか絶対会いに来てください」
「うん。頑張ってね……僕の可愛い弟」
ミーシャはそういうとドミニクスの頬にキスをした。
「……覚えています。昔、同じことをよくしてくれていた事。オレは……貴方が好きだった」
「一緒にいられなくて……ごめんね」
そうか、ドミニクスもミーシャが大好きだったから、それもずっとショックだったのね。
今まで一言も兄のことを言わなかったから、関わりのない兄弟かと思っていたけど。
「うおおおおおおおお!!!」
「ハーマン、ほら泣き止んで」
私はサンディのハンカチでハーマンの涙を拭った。
「しかし! しかし!」
ハーマンもまた、ミーシャが王宮に帰れないことがかなり胸にきたらしく、ずっと泣いてる。
「おう……。わかった、泣きたいだけ泣くと良い……」
「男前ですね、アナスタシア様……」
コニングは淡々としてた。
「冷静だね、コニングは」
「いえ……そうですね。ミーシャ殿下が王都に帰るのは、僕も危険だと思いますし……ただ、一緒に王都には帰りたかったですよ。これからも臣下もしくは友人としてあなた達と付き合いを続けたかった。……かえりみれば、この数日とても楽しかったんです、僕。……寂しくなります」
コニングには本当に世話になった。
王都に帰るなら本当に良き友人になれただろう。
「手紙、出すね」
「はい、良ければ、僕を窓口にしてくれれば、ドミニクス殿下にもこっそりお渡しします」
気が利く……! 良い子だなあ。
「ありがとう、コニング。ハーマンも。二人ともドミーのこと頼むね。これからドミーはとても大変だと思うから」
「はい!! もちろんです!!」
「ええ、僕でよければ、ドミニクス殿下の支えになります」
「……ありがとう、ふたりとも。よろしく頼む」
ドミニクスが礼を言う。
「それじゃあ、明日中に出発しましょう。サンディの船があれば、とくに荷造りも必要なさそうだし」
サンディのボトルシップは、海に浮かべて出現させてみたら、それはもう立派な船だった。
コンパクトな豪華客船と言って良い作りで、むしろこれを最初に見つけていたら、ここに住んだわ、みたいなレベルだった。
ふかふかのベッドもあるし、風呂もある。
せっかく溜め込んだタコの保存食とかもいらないくらい食料も詰まってた。
しかも、従業員までついてた。いや、本物の人間じゃないんだろうけど……この課金アイテムいくら!?
少し憂鬱だったのは、私があえて置いてきたサンディのトンデモ服を、ミーシャが持ち込んでいたことだ。
……おまけに、船内には新たなるトンデモ服が発見され、退屈な航海中、私はミーシャにせがまれて、何度かそれらを着用しました。したくなかった教育が効いてました、ハイ。
ちなみに、船は自動操縦でした。
もうなんでもありだな、課金。助かったけど。
そうして、ドミニクス達を王都へ送り届けた後、ミーシャと私は二人、遠くの国へと旅立った。
「そういえば、サンディのこと忘れてた……今更だけど」
私がちょっと気になって航海中、そう言った。
「んー……あれは、放置で。とりあえず……幸せそう? だっだし」
「幸せそうなの!? それ本当にしあ」
め、とミーシャが私の口を塞いだ。
「それ以上、いけない。……詳しく語ると、R15じゃなくなるから……」
!?
な、なんだろう。なんのことだろう。あーしゃ、よくわかんない。
◆◆◆
――数年後。
私とミーシャは、遠い国の山頂にある牧場に住んでいた。
しばらく、二人で冒険者業をしてあちこちを転々として、私の望む生活に、ミーシャは付き合ってくれてたのだけど。
ある時、今いるこの牧場を譲りたいと言う、跡取りのいない老夫婦に出会ったのだ。
私達はお金を貯めて、そこを買い取り、落ち着くことにした。
実は、ミーシャのテイムしていた動物や家畜たちも連れてきていたので、結構大所帯だったから、ずっとどこか拠点が欲しかったのだ。
かつての無人島の山頂に似たその牧場に、身体の大きなペロやピエールは大喜びしていた。
もちろん、コンちゃんも一緒だ。
ミーシャが言うには、島にいた真っ白な子たちはミーシャともう縁が切れない子達だったらしくどうしても連れてこないといけなかったらしい。
ミーシャは、いっぱい連れてきちゃってごめんね、と言ってたけど私は嬉しかった。
ペロもピエールもコンちゃんも大好きだからだ。
ミーシャの鳥さんは最近、牧場に自分の定位置をつくり、そこにずっと止まって、まるで牧場全体を見守っているかのようにしている。
そして最近、一人家族が増える事が発覚した。
神鳥を降臨させる子供が生まれたらやばいから、子供を持つのはやめようかって話をしてはいたのだけれど……まあ、欲しくなったよねっていう。
ミーシャが、私のお腹に耳をあてて目を閉じている。
最近、毎晩寝る前に彼はこうするのが日課のようだった。
「まだ何もアクションないでしょ」
と私が苦笑すると。
「でも、話がしたくて」
なぬ!?
「は、話できるの!?」
胎児だぞ!?
「んー。話っていうか、感覚的な交信だけど」
「まじで!?」
この……チート王子、どこまで人間離れしてやがるんだ……。
ちょっと待て、交信、ということは、腹の中のこいつも、まさかチートか。
私が彼の言葉にポカンとしていると、彼は、あーって顔をして言った。
「バラしちゃだめって怒られた」
「子ぉー! 私だけ仲間はずれか! 私にも教えろよ!」
「あはは。色々できること、生まれてからアーシャをビックリさせたいから黙っててって……あ、また言っちゃった。生まれてからいっぱい怒られそう」
……まじか。
相変わらず、チート王子に私は驚かされっぱなしではあったが、どうやら、そこにもう一人加わるようだ、
ヤレヤレである。
気がつくと、ミーシャはスヤスヤと寝ていた。
私は彼の頬にキスをした後、その頭をやさしく撫でると、私が攫ってきたその王子様は、とても幸せそうな顔で微笑むのであった。
しがらみを捨てる自由を求めていた私と、孤独に傷ついていた彼の物語は、ここでハッピーエンドを迎える。
おやすみ、ミーシャ。
明日も穏やかな日でありますように。
『ワタシ悪役令嬢、いま無人島にいるの。……と思ったけどチート王子住んでた。』
FIN