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㊻無人島生活9日目04■ ワタシは悪役令嬢だから王子様をさらおうかとオモイマス。いや、だから。さらうのはワタシのほうです


  王子兄弟が泣いて抱き合っているので、しばらく二人で話でもして……と私はドミニクスのツリーハウスから退出した。


 頭が痛い。

 もう完全に外堀が埋まってしまっているな。

 いや、内堀ももうやばい。


 ……ミーシャのことを、考えると鼓動が早くなる気がする。


 前世でこんな体験はない。

 これってアレなの? そうなの?


 しばらく、自分のツリーハウスでぼんやりしていると、昼ご飯の時間になった。

 ハーマンが一人で準備してくれてた。

 神鳥がドミニクスのもとへ来た、ということで、少しだけ豪華な食事が用意されてた。


「おめでとうございまーす!」


 サンディ冷蔵庫にあったジュースで乾杯する。


「ありがとう」


 綺麗なドミニクスは、微笑みを浮かべてそう答えた。

 ……慣れない!


 ドミニクスは、ホントに態度も柔和になった。

 今までが本当に嘘のようだ。


 手のかかる弟がいなくなった感じがして、せいせいした、と思いつつも少し寂しい気もした。……が、やはり喜ばしい。

 今の彼なら、王宮に帰り、いずれ王になってもやっていけると思う。


 しかし、ドミニクスに神鳥が現れたなら、彼の王太子の座は不動になるのでは?


 いくらドミニクスがミーシャに王太子の座を譲る、と言っても神鳥が現れたなら話が違ってくる。


 ドミニクスが今まで王太子として過ごしてきた時間の重みは決して軽くない。

 どれだけ彼が無能王子だったとしても、だ。


 彼の背後には、将来の官僚の椅子取りゲームが終了している貴族達がいるのだ。


 ミーシャは逆に疎ましく感じられる存在になるのでは、と考えて、少しゾクっとした。


 それだけならまだいいが……ミーシャの周りに、今回覇権を取り損なった貴族達が集まるのが想像できる。……そして、対立が起こる。


 そして、もともとはミーシャの婚約者になる予定だった私でも、きっとこのままドミニクスの婚約者だ。

 そしてミーシャの婚約者は、私とは違う派閥の令嬢が婚約者として選出される事が予想できる。




「アーシャ、ちょっと山頂に連れてって欲しいんだけど」


 私が悶々と考えていると、ミーシャにそう声をかけられた。


「ん? 良いけど」


 リクエスト通り、山頂の山小屋付近に連れて行った。

 ペロが嬉しそうに出てくる。


「よしよし」

「どうしたの? 今日の水やりや餌やりは、もう終わったんでしょ?」

「うん。実はアーシャに話があって」

「話?」

「――僕ね、やっぱりアーシャと行く。王宮には戻らない」

「えっ。いきなりどうしたの?」


 ミーシャは、ペロにもたれて座って、一度うーんと伸びをした。


「僕が帰ると……貴族の派閥を考えるとね。国が荒れると思うんだ」

「――ああ。……うん」


 私もその横に座った。

 詳しく聞くと、私がさっき考えていた事とちょうど同じ話だった。


「アーシャもそれを考えていたんだね。ちなみに鳥さんも同じ意見なんだ」


 ああ、神鳥が言うならもう間違いないわ。


 ――ミーシャが帰ったら国が、荒れる。



「でも。王妃様がずっとミーシャの肖像画を苦しそうに眺めていて……一度は帰ってあげたほうが……」


「うん、わかるよ。でも一度でも帰ったらきっと王子に戻らないといけないから、だめだ。 両親には、いずれは会いに行く。ドミーが王になってその地位が固まったあとに。だから、申し訳ないけれど母上にはもう少し待っててもらう。ね。僕にもこういう事情ができた。――だからアーシャと一緒に行かせて」


 ミーシャは私の手を握った。


「それとね、たとえアーシャが僕の王妃になってくれたとしても……アーシャの今の笑顔が消えるのはいやなんだ、僕」

「…………あ……」


 この間、夜の浜辺でそういえば聞かれたな。

 ……私の事、……そんな事まで考えてくれてたんだ。


 確かに、私と一緒に行って行方をくらますのが、丸く収まるかも。


 そう考えつつも、私はせつなくなった。

 子供の頃に一人になって、ここでずっと一人きりで生きてきて……やっと生まれた故郷へ帰れるチャンスが目の前にあるのに、ミーシャは帰れないのか……。


「アーシャ、なんで泣きそうなの?」

「ミーシャが、故郷に帰れないのが……つらい」


「アーシャは優しいね。初めて会った日から僕に優しかった。大好きだよ」

「どうして私をそこまで、好きって言えるの? ……いくら昔、姿絵で私を気に入ったからって、……出会って数日だよ?」

「……」


 ――少し無言になった後、ミーシャは目に少し涙が浮かべながら言った。


「……初めて出会ったあの日、滝壺で君を見かけた時、どれだけ僕が嬉しかったか……わかる?」


 ミーシャの涙が、ぽつ、と握りあった手の上に落ちてくる。


「……ミーシャ」

「しかも君はとても優しかった。出会って数日、とか言わないで。大好きだ。アナスタシア。僕は故郷より、両親より、君を帰る場所にしたい」


「…………っ」


 私はずっとミーシャがヤンデレになるかも、とか思って。

 確かに言動は不安になるものも多かったけれど、その根底にあるこの純粋な気持ちを軽んじてきたのだと気がついた。……最低だ。

 一体どうして私は、こんな純粋な彼から逃げようとしていたのか……。


 ――ああ。

 もう。もう、いいじゃないか。細かいことは。

 私は……私もミーシャといたい。


「私、ごめん、ずっとミーシャから逃げようって思ってた」

「知ってたよ。でもそれは気にしないで。長年立ててきた君の計画に、僕が割り込んで邪魔してるんだか……わっ!?」


 私はミーシャに抱きついた。


「一緒に行こう、ミーシャ」


「……アーシャ。本当にいいの?」


 信じられない、といった顔だ。


「……なにその顔。あれだけ僕から逃げたら許さないって言ってたくせに」


 私はミーシャの目にうっすら溜まっている涙を拭った。


「うん、それはそうなんだけど」

「そこは変わってないんだ!?」


「ふふ……アーシャのほうから、そういう風に言ってもらえるなんて思わなかったから」


 つまり、一方通行のままだと思ってたのか。

 たしかに自分だけの思いで通すと決めていても、一方通行よりは、相手が認めてくれたほうがいいに決まっている。


 よし。私は覚悟を決めた。

 そういえば、私は悪役令嬢なのだ。

 悪役っていうならば、王子を誘拐してやろうじゃないか。


「ミーシャ。わ、私はミーシャに、一緒に来て欲しい。もう誘拐になるとか……どうでもいい。というか誘拐する! ……国がミーシャを必要としないなら、わわわ私が貰っていくから……!」


 あまりかっこよく言えなかったが、恋愛音痴なので許して欲しい。


 ミーシャは、あはは、と笑って言った。


「嬉しい。じゃあ、僕を攫(さら)ってくれますか、かっこいいお姫様」

「い、いいともー……ん!?」


 言い慣れないセリフを言って緊張していた私の隙を狙って、ヤツは、簡単に私の唇を奪った。


「なっ……ななな」

「フフ。でもね。アーシャ。実はさらうのは僕の方だよ?」

「え、いや、ちょっと!?」


 こいつまた、ウブ系日本人が苦手とすることを言おうとしている!!


「ありがとう、君を貰ってくね、アーシャ」


 すっかり上機嫌で頬ずりしてくる。


「ち、ちがうし、さらうのは私の方だし……」

「ふふふ」


 なんだその満面の笑顔。

 こ、この野郎、さっきの涙どこいった!?



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