無人島生活9日目の朝。
私は昨晩のミーシャの行動に目が覚めてからも、脱力していた。
だめだこりゃ……。
答えは2年後かな、なんてゆっくり思ってたけど、その前に心が捕まってしまったような気がする。
今までは一人であちこち冒険したーい旅行したーい、って思ってたのに、ミーシャと一緒に行きたいな……とか考えるようになってきてしまった。
まさか自分がこんな短期間で籠絡されるようなチョロい人間だとは思わなかった。
あ、あれだけ長い間練ってきた逃走計画への思いが弱まっている……。
逃げ出して得られる自由よりも、ミーシャの傍にいたくなってしまっている。
前世含めて恋愛に縁がなかったから、逆に落とされやすいのかもしれない……。
でもこういうのって、一時の気の迷い、とかもあるよねえ……。
だいたい、ミーシャと一緒に行くっていうのはできない相談だ。
誘拐コースだし、彼は次の王になるのだから。
そうやって、うだうだしていた所、ドミニクスの声がした。
「おかーさーん、とれなくなったー」
「あ!?」
私が布団からガバっと起き上がると、そこにはドミニクスが自分の右腕を突き出していた。
その指には所々黒ずんだ透明なリングがはまっている。
「ちょっと、どこから突っ込めばいいかわからない行動とらないでくれます!? まず一番にテレポート使ってレディの勝手に部屋に入ってこないで!? 着替え中だったらどうするのよ! そして誰がお母さんよ!!」
「すまんな。ちょっとふざけてみただけだ。安心しろ、オレはお前を女だと思っていない。お前の着替えなど欠片も興味がない。その証拠に、今も言っただろう、お母さんと」
「あなたを産んだ覚えはないですよ!! あと王妃様に謝れ!!」
……朝から疲れる!!
私はベッドから起き上がって、サンディ産のネグリジェの上に、同じくサンディ産のカーディガンを羽織る。
「言葉汚くなったな、公爵令嬢」
「ここでは公爵令嬢じゃありませんから~。ただの島民です。で、なんですか、その指輪……まさか」
「サンディの荷物漁ってたら、出てきたから、なんとなくハメたら取れなくなりましたー」
しーん。
「……」
「……」
「サンディの荷物は私の許可がない限り触れないことって昨日言ったでしょ!?」
「お姉様はずるい。オレだって面白いもの触りたい」
「遊びじゃないんだよ!?」
「この島、娯楽少ないしな」
「娯楽言う前に働け!? ……はぁ」
私は、ドミニクスの手を取って、風呂場にテレポートした。
「どうするんだ」
「こういうのは石鹸を使うのよ。ツルツル滑ってとれるから」
「おばあちゃんありがとう」
「おばあちゃんの知恵だけどおばあちゃん言うな!?」
この世界にもおばあちゃんの知恵みたいな言葉はあった。
さすが日本産ゲーム。……だよね?
私は石鹸を泡立てて、ドミニクスの指につけてゴシゴシした。
「こうやってればそのうち、ツルっと」
「ツルッと?」
「……そう、つるっと……」
とれない。
「取れないじゃないか……」
なんでお前が私を非難の目で見る!?
「というか。この指輪、説明書か何か一緒になかったんです? なんですかこの黒ずんで禍々しい感じ」
「見つけた時は、黒ずんでなかったぞ。とてもクリアだった。メモはあった気がするが読めなかったからその場においてきたぞ」
クリアなものがどす黒く……。
近くに、僕と契約しない? とか言ってくる小動物型の魔族とかいませんでした?、と聞きたい衝動に駆られたが、我慢した。 くっ。
「騒がしいですね、何かあったんですか? ってアナスタシア様! 寝巻きのままじゃないですか!」
コニングが、少し頬を赤らめた。
「こいつが悪い!!」
私はドミニクスを指さした。
「本当、はしたない女だ。着替えくらい待ってやったのに」
「人の部屋に侵入しておいて何を言う!? あんたの前で着替えられるわけないでしょ!?」
「ドミニクス殿下……さすがにちょっと……ミーシャ殿下が聞きつけたらヤバイですよ? ちょっと、僕が話を聞きますから、食卓のほうへ」
コニング! なんて良い子なの!!
「サンディアイテムの担当者は、こいつだろうが」
ドミニクスが私を指さして、コニングを拒否った!
「……お手伝いが必要な時は僕とミーシャ殿下が手伝う事になってますので、今は僕がお手伝いします。ほら、わがまま言ってないで、行きましょうドミニクス殿下」
コニングは引かなかった。
私達より一つ年下だというのに、しっかりしている!!
コニングが私の中で株爆上がりである。来世で私のお兄ちゃんになってくれ。
「そうだそうだー。素直に言う事聞けー」
私はコニングの後ろから、やいのやいのした。
「――そうだよ」
ひゅ~~となんか冷たい空気が背後からした。怖い。後ろ振り向きたくない。
「勝手にサンディのアイテムを漁って、さらにアーシャの部屋に侵入した悪い子がいると聞こえたんだけど、どの子かな」
「こ、このひとでーす」
「こちらの方ですね」
私とコニングは振り返らずに、ドミニクスを指さして声の主――ミーシャに伝えた。
「すみません、兄上。指輪が取れなくなって慌てました」
「指輪が取れないの? それは困ったね? 僕が切り落としてあげようか……?」
指ごと切り落としそうな雰囲気だ……。
そして肩の鳥さんの目がまたハシビロコウになってる!!
これは……お怒りだ!
「すいませんでした……。せっかくのマジックアイテムみたいなので、取る努力をします……。失礼します」
ドミニクスは素直に謝ってそそくさと出ていった。
「コニング、ドミニクス殿下をお願いできる?」
「はい、アナスタシア様」
コニングにドミニクスを託した。
「ふう……。ミーシャ、おはよう」
「おはよう、アーシャ。朝から大変だったようだね」
「まったくだよ。ドミニクス殿下は、本当に世話が焼けるというか」
「それだけ?」
「……うん? それ以外何か? ああ。マジックアイテムの内容気になるよね。メモがあったらしいから着替えてご飯たべたら見に行ってくるよ」
「そう」
ミーシャはとても満足そうに、ニコリと微笑んだ。
う、笑顔が眩しい。
私は少し頬が熱くなったので、じゃ、じゃあ着替えてきまーす、と逃げるように自分のツリーハウスへテレポートした。