「ごちそうさま」
私は食事を終えて、食器を下げた。ドミニクスのぶんもだ。
まあ、王子だし流石に片付けろ、とは言えない。
ミーシャは、私やハーマン達がやろうとすると、自分でやるって言ってくれるんだけど。
食器洗いはコニングとハーマンがやってくれるので、私は少し散歩することにした。
さすがに暗いから、適当な棒を拾い、ミーシャに光を灯してくれと頼んだ。
松明代わり。
ホントは闇魔法で暗闇も見通せる魔法あるんだけど、夜散歩でそれは風情ないしね。
「僕も行きたい。いい?」
「いいよ」
駄目とかいったら、どうせまた、大丈夫……? とあらぬ方向の心配をされるに違いない。
私はミーシャを連れて、最初に流れついた浜辺へテレポートした。
「あれ、海? てっきり森の中を散策するか滝壺の方へいくかと思った」
「うん、たまには海の音も聞きたいと思って。海辺の旅行も憧れだったしね、うーん、でも。夜に来たら海って真っ黒で怖いね。昼間は暑いし……今度来る時は夕方にしようかな」
王妃業から逃げられるかどうかもわからないし、今のうちにこの島でもできる心残りは解消しておくのだ。
ああ、やっぱり来てよかった。真っ暗だけど、そのかわり、星がとても綺麗だ。
前世では全然見ることができなかったくらいの星の数。
さすがに天の川はないし、星座も全然ない。
余談だけど、前世では北斗七星探しては、その横にある不吉な星があるかないか、とか確認して遊んでた。
「じゃあ、少し明るくしようね」
そう言って、ミーシャが小さい光を無数に浮かべてくれて、浜辺を明るくしてくれた。
まるでイルミネーションで飾り付けられた街道のようだ。
「うあ! 綺麗!」
前世のクリスマスを思い出す。
「ふふ。でも魔物に見つかっちゃうかもね」
「大丈夫。見つかったらテレポートで帰ろ。わあ、嬉しい! クリスマスみたい!」
「クリスマス……?」
おっと……。とりあえず遠い国の文化と言っておいた。
明るくなると、綺麗な貝殻がいっぱい落ちているのに気がついた。
前世でも綺麗な貝殻拾うシチュエーションて憧れてたなあ。
地元に海がなかったわけじゃないけど、こういう綺麗な貝殻を拾えるような海ではなかった。
「綺麗な貝殻を拾ったね。持って帰るの?」
「うん、せっかくだから、1つくらい飾りでも置こうかな、と思って。額縁のような板を作ってね、そこに貝殻を飾ろうかな?」
「へえ。アーシャはそういうアイデアよくでるよね。僕は飾りを作ろうとか、今まであまり考えたことなかったや」
「ミーシャも作る?」
「……うん、作ってみようかな」
ミーシャも貝殻を物色し始めた。
こういうのするなら、絵の具とか欲しいなぁ。貝殻に色塗ったりできたら楽しそう。
貝殻を探しながらミーシャが言った。
「ねえ、アーシャ。アーシャは王都に帰ったら笑顔が減っちゃう?」
「え……ああ、さっきの話し?」
「うん」
「うーん、そうだなあ。やっぱりこことは違って、リラックスできる場所じゃないから、どうしてもそうなるね。ふふ。そして私は少しツリ目だし、心の中では必死になってるから顔が怖くなるかも?」
「そんなに怖いの?」
ミーシャが苦笑した。
「怖いよ~~。舐められちゃいけないって思ってたから気を張ってたし。でもミーシャのお母さん……王妃様は優雅な笑顔をいつも自然と浮かべられて、それでいて優しそうで、でも周りから見くびられることもない。カリスマがあるっていうか」
「母を褒めてくれてありがとう」
そう言って微笑んだミーシャの笑顔が眩しく感じられた。
ま、まあ、イケメンだから当たり前か。
「当然だよ。本当に王妃様は素敵だもの」
「アーシャだって、とて……もあ!?」
私はミーシャの口を速攻で塞いでしまった。思わず。
「あ、ごめん。思わず」
手はすぐ放した。
「どうしたの……?」
さすがにビックリしてるな。ごめんよ。
「あー……。いや、なんか照れくさいこと言われそうな気がして」
「アーシャも素敵だよって言おうとしただけだよ、それが照れくさいの?」
「言われた!! いや、照れくさいでしょう。実は、そういうの言われるの苦手で」
「女性はそういうの言われるの好きじゃないの? アーシャのこと褒めちゃ駄目なの?」
不思議そうに小首を傾げる。……可愛いな!!
「あ……そう言うわけでもなく、どうも慣れないというか。社交辞令ってわかる分には平気なんだけど、ミーシャは本当の気持ちで言ってくれてると思うから余計に照れくさいというか。め、面倒くさくてごめん」
一応、そろそろ礼儀として、彼を子供として見るのは、やめようと思ってたわけで。
でもそう思うとですね……。例えばこの状況。イケメンと浜辺デートしてるようなもんですよ。
こんなの、ウブ系日本人はバグを起こしてしまいますんですよ、ハイ。
「慣れてない、か。そういえばドミーとも喧嘩ばっかりだったみたいだね」
「うん」
そういう意味では、ドミニクスは気楽な婚約者だったとも言える。
「じゃあ、慣れよう」
ミーシャにいきなり抱き寄せられた。
「ぎゃふん!?」
「ぶっ……なにその驚き方」
「そんな事より、褒め言葉が苦手っ言ってるのに、なんで抱き寄せる!?」
「ようは、男性から甘い言葉を囁かれるのが苦手ってことでしょ? だったらスキンシップにしようかと。数日前は僕が抱きついても平気そうだったよね?」
「それは子供扱いだったからだよ!! 泣くよ!?」
「なんだ、嬉しいな。本当に子供扱いやめてくれたんだ」
頬にチュ、とされる。
「NOOOOOO!!」
「何語? ああもう、顔が真っ赤になっちゃったね」
クスクス笑って……おま、今日、真実を知ってショックやったんちゃうんか!!
もう立ち直ったんか!
その後、スキンシップからは解放されたものの、しばらく甘い言葉攻めされ。
私はエネルギーを使い果たし、もう拠点の風呂はいって寝たい、と言った所。
「お風呂あがりにユカタまた着てほしいなぁ。もう皆は温泉はいっちゃったみたいだし、僕達だけだろうから平気だよ。約束したよね?」
「なんだと……」
まだ解放してもらえなかった。
さらに温泉まで連行され、帰りは歩いて帰ろうと、浴衣デートさせられた。
「そうそう、いつかボクだけの時にあの服も着てくれる?」
「何を」
「こないだの白いニットの服。可愛かった」
「あの服のことは忘れて!?」
嘘でしょ!! 意図せずしてしまった、効かなくて良い教育が効いてる!!
そういえばこいつは、物覚えの良い神童だった!!
そんな扉は閉めなさい!!
「……アーシャは僕の知らない世界を色々教えてくれるね」
知らなくて良い世界ばかり教えてる気がする!
「え、いや、そのですね、わかってるよね? ……わざとじゃなくて」
ミーシャは、フフ、と微笑んで言った。
「わざとじゃないけど……でも。責任とってね……?」
があああ!!
拠点近くに帰るまでずっと、そんな感じでいじられていた。
それじゃ、また明日……と別れ際にドミニクスのことを確認された。
「ドミーとは、本当に仲悪いんだよね?」
なぜあの仲の悪さを見ていてそんな事を疑ってるんだミーシャは。
ひょっとして、今日のこれはそのせいですか?
さすがに違うからね、それは。
「なんでそんな事聞くの? 一目瞭然じゃない?」
と答えると、ミーシャは、ニコ、と微笑むだけだった。なんなんだ。
私は自分のツリーハウスに帰ると、ベッドに突っ伏すように倒れた。
疲れた……疲れたんだけど。
前世からずっと恋愛に縁のなかった私としては、ドキドキもしていた。
こんなに、こんなに好きって……言われた事がない。