昼頃。
コンコンと、ツリーハウスの扉がノックされる。
「アナスタシア様、昨晩、そして今朝も……オレの失言が過ぎました。出てきてもらえませんか……。その、オレはどうにも口下手なところがありまして……」
ハーマンがなんか言ってる。
出る気力ない。帰ってほしい。
「……」
無視とかはしたくないので、返答は返したいのだが、言葉が思い浮かばなかった。
「朝もお食事とっていないでしょう。扉の外に飲み物とサンドイッチを置いておきますので食べてください」
そういえば、食べてなかったな。
食欲はない。
「あと……その。昨晩の装いは、オレ個人としては、可愛らしく思いました。普段のあなたとは全く違って見えましたので。話の流れ的に、まるで、ふしだらだと言ってしまったようになりましたが……清楚な装いで……可憐でした。このようなドア越しに伝えることでもありませんが……」
別に他人に褒めてもらいたくて着たわけじゃなくて、故郷が懐かしくて着ただけだから、と言い放ちたいが、前世のことを言わなきゃならないから、そうは言えない。
「そしてサンディの服は個性的なものが多かったな、と思い出しました。今朝の事だって、着れるかどうか袖を試されてるとこにミーシャ殿下が訪ねていったのですよね」
その通りだ。
でも、私もうっかりドア開けちゃったしな。
「それじゃ……飯だけは、しっかり食べてくださいね」
梯子を静かに降りていく音が聞こえた。
あー……こういうのって長引けば長引くほど、出て行きづらくなるのわかってるんだけど、出ていくタイミングがむずかしい。
しばらくしたら、今度はコニングが来て、ドア越しに声をかけてくる。
「まだお昼たべてないんですね。鮮度が落ちちゃいますよ……えっと。いえ、すいません。……その昨日の僕の失言について、謝罪をしにきたんです」
コニングは別に何も……。
「サンディだと違和感ないってドミニクス殿下が言っていたでしょう。僕もそれに賛同しましたが、それはサンディが、王都ではまず見かけない、ああいう変わった服をプライベートでよく着ていたので……。サンディが着てるならギャップは感じないって言いたかったんです。ドミニクス殿下もそうだと思いますよ。決して昨晩のあなたの装いが変だったとか、似合わないという意味ではないのです」
なるほどね。ありがとう。
でももう、宥(なだ)められれば宥められるほど、恥ずかしい……!
子供じみた真似して一人で帰っちゃったし。
「……コニング様は何も悪くないですよ。申し訳ないですが、もう少し一人にして頂けますか」
「はい。皆、あなたに悪かったなって思ってますので、落ち着いたら出てきてください」
……気を使われるのがつらい。私もうっかりしてた事だし。
かといって気を使うなとも言えない。
なんだこの状況。
気分はとっくに落ち着いている……というか、落ち込んでいる。
どんな顔して出ていこうって段階だよ。
出て言ってまた謝られても、またどっか遠く行きたくなりそう。
復帰するのって、心にかなり力が必要だよね。
「はあ」
何度かため息をついた。
しばらくすると、被った布団から出てた頭部分を突かれた。……えっ!
「おい」
「!?」
少し頭を出して部屋を見ると、ドミニクス殿下がいた。
闇テレポート使って勝手に侵入したな!?
「勝手に部屋に入らないでくださる!?」
私はガバっと起き上がって苦情を言った。
「……なんだ、元気なんじゃないか」
「これは元気とは違います!」
「……ぷっ」
「何故笑うのです」
「いや、お前のこんな姿、初めてみたから」
「……そりゃそうでしょうね!? 私だってこんな醜態さらす羽目になるとは思いもしなかったわよ! もう帰ってくれます!!」
私はまた布団を全部かぶった。
「……お前、素はそんなヤツだったのか?」
声が笑っている。畜生。ドミニクス殿下にこんなところを見られるとか一生の不覚だわ。
ドミニクス殿下がなにやらガサゴソし始めた。
人の部屋で何してやがる。
「ほら」
布団の上からまた突かれる。
「なんです……」
私は布団から顔だけだして、部屋を見ると、服が2箇所に分けられていた。
「お前が着ても違和感なさそうで――兄上の毒にもならなさそうな服と、それは駄目だろって服を分けておいた」
「声が笑ってますよ……まさか貴方にそんな甲斐性があるなんて思いもしませんでした」
「暇つぶしだ」
そうですか!
「ちなみに。それは駄目だろって服が大半だったから、着られる服は少ないぞ」
「なんでそんな服ばっかりなのよ……」
「珍しく意見があうな。オレもそう思う。頭がまともになったら、サンディの服はやばいものばっかりだ。むしろこんな服、王都のどこで購入したんだ。謎だ。王都に帰ったらブティックをちょっと調査したほうがいいかもしれ……いや、どうでもいいか」
「……」
……そうやってすぐ自分の意見を捨ててしまうんだから。まったく。
そしてヤツはツリーハウスの扉を開けて、そこにあった食事を部屋の中に入れた。
「ほら、とりあえず食え」
「……どうも」
やはり食欲はなかったが、作ってくれたハーマンに悪いから食べる事にした。
「食べますから、そろそろ出てってくれます?」
「食べたら出てくるか?」
「……そのうちには」
「そうか、なら食べ終わるまで待っていよう」
なんでよ!?
「傍にいられると食べにくいんですけど!?」
「気にするな」
「貴方が言うセリフじゃないですわよ!?」
結局、監視されながら、私は食事を済ませた。泣きたい。
「食べ終わったなら、他の奴らが落ち込んでるし、そろそろ出てってやれ」
「先に貴方が出てってくれませんか」
「だめだ。今、オレと出ていった方がいい。オレも引きこもる事が多いからわかるが、出ていくチャンスをどんどん失うだけだ。お前のことだ、自分でもわかってるんだろう――ほら」
「ちょ」
私はドミニクス殿下に腕を取られ、彼が出したテレポートの闇に呑まれ、強引にツリーハウスから連れ出された。
「――あ」
出た場所は、食卓の近くだった。
「アーシャ!!」
一人で机に突っ伏してたミーシャが顔を上げた。
「ずっとここにいたの?」
「アーシャが出てきてくれるの待ってた」
あれ、いつの間にかドミニクス殿下がいない。
ここで私を置いて自分はどこかへテレポートしたな。
「アーシャ、本当にごめん。昨日のこと謝ろうとして小屋に行ったのに……えっと」
ミーシャの顔がまた赤く染まった。
「今朝のは、私が悪かったよ。ごめん、びっくりしたよね」
「いや、元はと言えば……昨日の夜、僕が逃げ出したせいで」
「もういいよ。もうこの話は終わりにしよう。ハーマンたちにも散々言われたし」
「……そか。うん。でもアーシャ、あのね」
「ん?」
「昨日の夜の……あの服なんていうの?」
「ゆかた、だよ」
「そか、ゆかた。良かったらまた着て見せて。あの服、好きだった」
「浴衣、好き?」
「うん、服の形が独特だったし、面白いなーって……あ、もちろん着てたアーシャもとても可愛くて僕はビックりしたんだけどね」
……単純に浴衣が好き、とミーシャは言ったのを聞いて、私は嬉しくなった。
もちろん、私を褒めてもらえるのは嬉しいんだけども、それよりも昨日浴衣を着た時は望郷の思いがあった。
私の故郷の服、良い! みたいな気持ちだった。
「……遠くの国の民族衣装みたいなもんなんだけどね。男性用のもあるんだよ。男性用はね、グレーとか紺とか……落ち着いた色多くてね。かっこいいよ」
「へえ。いつか着てみたいな」
ミーシャは目をキラキラさせた。
「ミーシャ、きっと似合うよ。私も浴衣を着た男性は素敵に感じられて、好き」
こういうと、私も人のこといえないな。
「……アーシャ、どうしたの? 少し……泣いてない?」
「嬉しくて」
「え、なにが?」
「ミーシャが、浴衣を好きって言ってくれたことが」
「え、そんな事で?」
ミーシャがキョトン、とした。
「うん」
「……よくわからないけど、えっと、でも良かった。アーシャが笑ってくれて」
そう言って、ミーシャは自分の頬をかいたあと、涙を拭うように私の頬を撫でた。
――残念ながら、私は浴衣の作り方は知らない。
でも、想像することならできる。
うん、ミーシャはイケメンだから、やっぱり似合うね。浴衣。