「さて、あとはこのベッドだけですよー。殿下。ゴロゴロしてないで、そろそろ起きてくださいよ」
「きゅぅ」
ぺしぺし、とコンがドミニクス殿下の頭を叩く。
「もう、このまま拠点まで送ってくれ。オレは寝ていたい」
「何言ってるんですか。ミーシャとハーマン様が皆のためにお風呂作ってるんですよ? 殿下も手伝わないと」
「オレなんか、そんなに役に立たないし。兄上とハーマンだけで十分だろ」
「そんな事ないから、ミーシャがあなたをメンバーに選んだんじゃなくて? 午前中、ミーシャがいなくなるまでは、しっかりやってくれてたって聞いたわよ」
「ハーマンだな。ちくりやがって。……姉上うるさい」
ゴロっと向こうを向く。
……あーもう。
こいつは昔からこうだ。
気持ちはわからんでもない。いなくなった神童第一王子と比べられて育ってきたから劣等感がすごいのだ。
やればできるはずなんだよ。
少なくとも攻略対象なんだから、スペックは悪くないはずなんだ。
神鳥がいないのことが、多分ネックになってるんだろうな。
そしてあれだ。
ヒロインが『あなたはダメじゃない~』とか言って立ち直らせるようなイベントが必要で、それがないと一生このままなのか。
まともなヒロイン追加をお願いしますよ、神様。
「姉上っていうの本当やめてくださいよ。私は、王妃になるつもりないんですから」
「うるさいな。姉上じゃないなら、オレの婚約者でいたいのか? 実はオレのこと好きなのか?」
ドミニクスが身を起こして、イライラしたように言った。
「は?」
「……なわけないよな。冗談だ。姉上」
またそっぽ向いて、ごろ寝した。
なんなんだ。
「おまえ、王妃になりたくなかったんだな」
背中を向けたまま……結構喋るな。
「……ええ、まあ。でも断罪されることがなければ、そのままなってたかと思いますよ。ただ、追放などされるようなら、自由を得られるチャンスだと思ってました。今もその思いは継続中ですけど」
「だから頑なに王妃拒否ってんのか」
「自由に生きるチャンスですもの」
「オレに、こんなベラベラ喋ってたら、逃げるものも逃げられないだろ。バカじゃないのか」
「まあ、それはそうなんですけども」
こんな事になると思わず、最初にミーシャには喋っちゃったし今更なんだよ。
それに一応ミーシャが2年は自由くれるって言ってるからなぁ。
ミーシャが逃してくれる、というならその2年は確約だと思ってるからその間にもゆっくり考えたい。
その2年の間に王妃が別の令嬢に決まらないかな、とか思ったりもするし。
ミーシャはともかく、国的には2年も私を保留するくらいなら他の令嬢を王妃教育させたいでしょうし。
そこは黙っておく。
「オレも逃げたい。どうせ帰っても王位継承権剥奪どころか、王宮から追放かもしれん。そんな晒し者になる前に消えたい」
……かなり落ち込んでるな、これは。
「……あなたはまだ、婚約破棄したいって叫んだだけですよ」
「それにしたって酷い醜聞になる。きっと助かってる奴らから色々広まる」
「今更、ですよ。 勉強しない王子、とか惰性王子とか、もう既に色々言われてますし」
「お前もうちょっと口を慎めよ。お前はいつだってオレに辛辣で事務的だ」
「辛辣ではなく厳しくしているだけです。それともサンディのように、甘くとろけるような言葉を囁(ささや)いたら、あなたは放り出さずに真面目に勉強してくれたんですか?」
「しないな。だがそっちのほうがいい。甘やかして懐柔すればよかっただろ。オレだってその方がお前とうまくやれた気がするぞ」
「それをしたら貴方は結局、私に全部丸投げするでしょ」
「別にそれでもいいだろ。政(まつりごと)はきっとお前のほうが向いてるだろ。オレをお飾りの王様にしてくれればよかった」
「まさかそのつもりで、勉強やら生徒会やら、抱えてる仕事放り出して、全部私にやらせてたんです?」
「だとしたら?」
「この……遊び人がー!!」
「ふん。おまえだって自由になりたかったんだろ。お互い様だ」
「……う。とにかくそんな私では貴方を支えることが出来なかった。私達は相性が悪かったですね、残念です」
「オレは」
「……オレは、お前といると、息ができなかった」
「ストレスの原因の一つでしたね。それはわかってましたよ。お小言多いうるさい女で悪かったですね! でももう、婚約解消になるわけですし、少なくとも私からは解放されたでしょう。……でもこの島で生活する間は良き仲間としてお願いしますね、殿下」
「……」
……返事がない。私とは溝が深すぎるか。
同じ拠点に暮らすなら、少しは打ち解けたい気持ちがあるのだけど、どうもドミニクス殿下とは喧嘩のようになってしまう。
「あ、そうだ。さっき、サンディの部屋を漁っていたら、例の課金クッキーが一枚でてきました。証拠として持ち帰って調べれば、殿下たちをおかしくしてしまった成分がでてくるかもしれません。そうすれば、サンディにクッキーを食べさせられてからの色々を潔白だったと証明できますよ」
「そうか」
なんだ、興味なさそうだな。
さっきあれだけ醜聞気にしてたのに。
ホント、私の言葉は何1つ、こいつには届かない。
そんなに私が嫌いなら、必要最低限の言葉だけ交わして無視してくれたらいいのに、文句はぶつくさいってくるんだよね。
「……父上が昔言ってた」
「え?」
「兄上は生きている気がすると」
……え、そんなことを?
王妃様はそんなそぶり欠片もなかった気がする。
彼女は一枚だけ飾ってたミーシャの姿絵を、苦しそうに眺めていたのを稀に見かけた。
王様がそれを伝えていたら、あんな姿を見ることはなかった気がする。
ドミニクス殿下にだけ言ってたのかな。
「だからオレは……もともと代理なんだよ。すべて兄上の代理。そろそろ開放されてもいいだろ。神鳥も喚べない王子なんだし。そんなクッキーなんて、あってもなくてもいい。オレはどのみち王宮にとって要らない人間になる」
こ、こじらせてるな……。
かといって私が慰めても駄目なんだよなぁ。
くそ、ホントに、まともなヒロインが生まれてこいつを攻略してくれたら良かったのに。
「殿下、昔から申し上げておりますが、神鳥のいない王も過去にはいらっしゃいました。でも、彼らは立派に国を治められていたじゃないですか」
「その言葉はもう聞き飽きた。やめろ。兄上が見つかったんだし、もうその話も関係ない。お前にしたってそうだ。元から兄上が選んでた婚約者候補で……」
「……」
「何もかも、オレのものじゃないんだよ。最初から」
ミーシャが第一王子だと知った時、ドミニクス殿下はどうなるんだろう、とは思っていた。
けれど、ツタ事件のあと、淡々とドミニクスがミーシャを次の王にしようとしていたから、問題はないのかと思っていた。
……問題がないわけでは、なかったのね。
「そう。じゃあやりたい事はないのですか? 興味がある仕事とかは?」
「食う寝る遊んでたい」
だめだこいつ! まあでも。
「……陛下がどう仰るかわかりませんが、少なくともミーシャが王になるならば、場合によってはそれも叶うかもしれませんね」
「勉強して兄上を支える臣下になれ、とか言わないのか?」
「何故私がそんな事。あえて言うならミーシャにこれから何かあった場合、またあなたは王様にならないといけないんですよ。それだけは肝に命じておいてください」
「やっぱりお前は口うるさい」
そう言うと、寝転がってる自分の真下に彼は闇を広げて沈み始めた。
「オレは拠点に帰って寝る。ベッドはいらん。小屋には入らないからな」
ドミニクス殿下は、そのまま寝転がった状態で、闇に沈んでテレポートした。
「……ドミニクス殿下」
いつも思う。
もう少し優しく、私もできないものかと。
でも、いつも彼とはこうなってしまうのだ。
婚約者なのだし、せめてもう少し、支えあえる仲にはなりたかったのだが。
クッキーを食べた後の彼に比べたら付き合えない範囲ではないのだけれども、やはり負担は感じる相手ではある。
やはり彼はヒロインじゃないと駄目なんだろう。
「しかしこのベッド、大きいな。とりあえず拠点に送っておくか……」
私はベッドを闇に沈めて、拠点に送った。