――ピコン。
サンディの、ヒロインのステータスウインドウが開く音が聞こえた気がした。
「はい!? ミッション失敗!? 失敗エンディング、ゴリオの花嫁(つがい)~ゴリラの魔物に溺愛されて逃げられません!~……って何よぉおおお!!」
『ゴリオ』君は、サンディが目に入るやいなや――サンディに突進するかのように接近する!!
「いやあああああ!! 助けてえええジェフェリーさまあああ!!」
サンディは回復魔法を自分にかけた後、魔力変質した手足でスピードをあげて走るが、『ゴリオ』は早かった。
あっというまに追いついてサンディをつかまえると―――
「ウホオオオオオオオオッ!!」
大きな雄叫びを上げた。
「いやーーーー!?」
サンディ号泣。
「う、うあ……」
まるでなにか、恐怖映画を見ているような気分になり、私はその光景にドン引きした。
「……えっと、多分ね。嫁(つがい)ゲット、て言ってる」
横でミーシャが『ゴリオ』の言葉を伝えてきた。
「つがい!? サンディ、人間なんだけど!?」
「あはは」
ミーシャ! そのどうでも良さそうでいて、乾いていて、どこか黒そうなその笑い方はなに!?
ゴリオ君は、サンディを持ち上げたまま、森へ帰っていこうとする。
サンディは悲鳴をあげっぱなしだ。
「いやあああ!! この!! こうなったら課金して……っ」
「あ、やばいゴリオ君が課金アイテムで殺されるかも……っ」
「え、なに? 課金アイテムって」
「あ。 いや、その」
私がしどろもどろになった時、サンディが叫んだ。
「クレカ止められてるーーーー!! このタイミングで!? なんでよぉ!!」
……。
そっか、クレカ、クレカか。
前世のお金だったんだね……。
なるほど、亡くなっても登録されたままだったんだね。
そして、前世のご遺族が区切りを付けられた……。
そりゃ、故人が所持してクレカから金が流出してれば、そのうち気がついて止めるよね……。
それか、支払いが滞ったのかもね。
そのお金ってやっぱり、ゲーム会社に支払われてるのかなあ……。謎い。
「クレカ??」
ミーシャが首をかしげた。
まあ、知らないわよね。適当に流そう。どのみちこの世界には存在しないものだ。
「あはは……なんだろうねぇ~~クレカって……とりあえず、恐ろしい力は使えなくなったみたい…あの子」
「そっか。悪い子みたいだから、王宮へ連れて行って裁判しなきゃいけないかなって思ってたけど、ゴリオ君が幸せそうだから、このままでもいいかな」
「ゴリオ君はゴリオ君で、自分と同じ種族じゃなくてもいいの……?」
「……いいんじゃない? ゴリオ君は、ずっと振られ続けてるし……最近なんかもう病んでたし……うん。」
あっ。悪い顔してる! わざとだ! わざとなのね!? ミーシャ!!
しかし、病んでた!? ゴリオヤンデレ!? 想像がつかない!
そして、サンディはゴリオ君に連れられて、森の中へ消えていった……。
叫び声はずっと響いたが、段々遠く小さくなっていった。
どこへ連れて行かれたのだろう……。怖。
しばらく呆然と立っていた私達だったが。
「それにしても、アーシャが強くてびっくりしちゃった」
「……視えてたの?」
「うん、ペロが寝ちゃったから他の子の目を借りて。ひょっとしたら自分でなんとかしちゃうかもって思ったけど、やっぱり来てよかった。でもなんで逃げずに戦ったの?」
「あのタコ、私が乗ってた船を壊した魔物でね、あの子が手なづけてた魔物だったの。船にはたくさんの人が乗ってたのに……それが許せなくて」
「……女性に言う言葉じゃないと思うけど、アーシャ、かっこいい」
そう言ってミーシャはふふっと笑った。
「そ、そう? ありがとう」
私は照れてちょっとどもった。
かっこいいって言われるのは、なんだか嬉しい。
「……でも、それより、……身を挺(てい)してかばってくれてありがとう」
子供の純粋な無謀さかもしれないけど、あんなに風に人をかばうなんて、なかなかできる事じゃないと思う。
でももう、二度とあんな事させたくない。
「ううん、結局アーシャが解決しちゃったし」
「解決したのは鳥さんのおかげだって――あ」
私は足の力が抜けて座り込んだ。
魔力の使いすぎだ。
まさか3サークル……使うとは思わなかった。
「アーシャ、大丈夫?」
「大丈夫、魔力をたくさん使ったから疲れただけ」
目覚めたペロが、近くにきた。
「アーシャ、ペロにもたれて。少し寝るといいよ」
もふ、とペロにもたれさせられる。
うあ……これは令嬢をダメにするもふぁー。
バサ、と鳥さんが羽ばたきした。
羽が一枚落ちた。
「あ。鳥さんが羽くれるって。手に持って」
「羽……?」
羽を受け取ると、そこから魔力が流れてくるのを感じた……え、すごい。
また、同時に癒やし切ってなかった背中の怪我が治っていくのを感じた。
「……すごい」
「鳥さん、すごいでしょ?」
「うん」
「さ、少し寝て。太陽がお昼の位置にくる少し前に起こしてあげる」
頭を撫でられて、寝かしつけられる。
「……ありがとう」
私は素直に従って目を閉じた。
ミーシャの大きな手が私の頭を撫でているのを感じる。
さっき庇われた時のことを、また思い出す。
しばらくは、何度も思い出してしまいそうだ。それくらい胸がギュッとした。
自分が傷つくのも構わないと抱きしめてくれた。
いや、それだけじゃない。
タコからだって助けてくれたし、騎士団からも守ってくれた。
この島に来てからずっと助けてくれてる。
今だってそばで寄り添ってくれてる……。
心が子供だから、と意固地にならずに……少し、ミーシャとの未来を考えてみようか。
王妃になっても、ミーシャと一緒なら……と、いう気持ちが少し生まれた。
私は、頭を撫でているミーシャの手を取った。
眠るまで握っていたくなった。
「アーシャ……?」
「……起きたら、タコ拾って帰ろうね。お昼ごはん焼いてたべよ」
「あれ、食べれるの……?」
「ふふ。あとで一応鑑定するね」
風がそよそよ、と気持ちいい。
花畑から花の香りが流れてきた。
前世ではこんな環境、体験したことなかった。
なんか贅沢だな――と考えたあたりで私は眠った。