「アーシャ」
そのまま滝壺の魚を眺めていたら、ミーシャの声がした。
振り返るとミーシャが立ってた。
「一人になりたいって言ってたけど、隣座っていい?」
「いいよ」
私は頷いた。
「ミーシャ、なんだか急に大人びた気がするんだけど……どうしたの?」
「ああ……その。ハーマンが少し授業してくれたのもあるんだけど、実は今日、ショックなことが多すぎたせいか……いろいろ思い出したんだよね。昔のこととか」
「ショックなこと」
まさかあの連続スケベ事件のせいで昔を思い出したとな!?
「う、うん」
「…………」
私は体育座りしたまま赤くなった顔で俯いた。
「も……もう一度謝るね、本当に、ごめんね……記憶を失う前の僕は、もう少し自分を律することができるというか……。さっきまでの僕は本当に子供過ぎたね」
「……はい?」
その発言に、私は驚いて顔を上げた。
ミーシャはその私の様子に、柔和な笑みを浮かべる。
……子供過ぎた、とか何!?
律するとか難しい言葉言い始めた上に、大人びた微笑みを浮かべた!!
これが英才教育を受けていた神童第一王子の真の姿か……!?
ミーシャは滝壺を覗き込んで言う。
「ふふ、さっきから思ってたけど、髪がボサボサだね。切って整えたいな」
この数日そんなの全然気にしたことなかった子が!
「んー……」
ミーシャは光の刃をいくつか浮かべて、ジャキジャキジャキン、と自分の髪を切った。
「……よし、さっぱりした。アーシャ、変じゃない? 後頭部とか」
「だ、大丈夫でございます……」
うわあ……長髪でボサボサ気味だった髪がミディアムのちょうどいい感じに……。
なんで私の好みどストライクの髪型にしてくるんですか。やめてください!
ミーシャは座り直して、話を再開した。
「アーシャは、前に言ってたよね、ドミニクスが嫌いだから王妃になりたくないって」
「うん……まあ」
「でも、きっとそれは僕でもその他の相手でも……そもそも王妃になりたくないんだよね?」
「あ……それは」
その通りなのだ……どうしよう、ミーシャが急に雄弁になったよ……。
いや、もともと理路整然と喋る子ではあったけれども。
「いいから、言ってごらん」
「……ソウデス」
言ってごらん、とか完全に上からじゃないですか。
ああ、お姉さん終了のお知らせか……哀しい!
「わかった。じゃあ逃げて好きなことしたらいい。でも2年だけだよ……ああ、逃げていい、じゃなくて距離を置こう、だね」
「え……?」
よくわからなくて、首をかしげた。
「僕も王になるなら、勉強が必要だ。がんばって2年で仕上げて見せるから、そしたらアーシャに会いに行くから、僕の婚約者になってほしい」
なんだ……その計画性……。
これ、子供が考えることですかね?
「……どうしてそんな提案を」
「僕が今、子供過ぎるから気持ち的に歩み寄るのが難しいのだろう、と。それに多分、君は自由が欲しくてたまらないんだろうなって思ったから。多分そこが解消されないと……僕のことを見てくれないだろうし、王妃になる決心がつかないだろうなって。ちがう?」
「……ミーシャ、私の心読めるの?」
私は思わずポロッと。
ミーシャは吹き出した。
「ふふ、やっぱりそうなんだ」
「うっ……!?」
私は口元を抑えた。
「アーシャは可愛いね」
ミーシャは私の髪を一房とってキスした。
なに! それ!! どこで覚えたの!?
「君の子供の時の姿絵も思い出したんだよね、僕。」
「はい?」
「事故に遭う前、婚約者候補の姿絵を何点か見せられて、僕は君を選んだんだよ」
「な、なんだ…と…」
「会いたかった、僕のアナスタシア」
髪を手にとったまま、上目使いで見られる。
うああああ!! またウブな日本人を殺すような仕草とセリフを!!
「フフ、僕ったらね。事故に遭う前、君の姿絵を持ち歩いてたんだよ。早く会いたいなって思ってた。まさかこんな年月が経ってこんな場所で出会えるなんて。……運命を感じるね。そして……綺麗になったね」
また髪にキスし直す。
ウワァ。
決して嫌なわけではないですが!
私の中のウブ系日本人がドキドキ通り越して、カルチャーショックで死にそうです。
ちなみにですね。
美人に生まれはしましたが、王子と小さい頃から婚約しているわけだから、愛をささやきに来る男性もいませんでしたし、その、そういうの慣れてないんですってば!
そして、新事実。
まさかの……出会う前から執着されてた……?
「あ、あの。姿絵は何点かあったんですよね。姿絵だけで婚約者を選んだんです?」
思わず敬語になる。
会ってもないのに、他の候補削ったの!?
「うん。なんかビビッときた。あ、この子と僕は結婚するって」
ビビッと!!
前世でも聞いたことはある。
出会ってすぐに、あ、私この人と結婚するってわかった、みたいな話。
ひょっとしてそれですか。
この世界にもあるんですね!
私のほうはそういうのなかったですけど!!
どうしてでしょうか!
そういうのって一方通行なんでしょうかね!?
「はは……その頃、鳥さんはもういらっしゃったので?」
「いなかったよ、まだ。……ひょっとして鳥さんからの進言だと思ってる?」
「え、ええ。まあ」
「いてもいなくても関係ないよ。……だって今、確信してるよ。僕の目が正しかったって」
き、綺麗な瞳(め)しやがって!!
そしていい加減、髪を放してくれ!
「あの~~、でも……2年後に私が既に誰かと結婚してたり、結局のところ、王妃を拒否ったら……?」
ス……、と笑顔が怖くなった。
……?
笑顔なのに怖いよ……?
ひょっとして、優しい執着旦那ルートか、ヤンデレ執着旦那ルートしかないんですか?
というか、そもそも私、悪役令嬢なんですけど?
ヒロインがちゃんとした仕事しないから!!
これシワ寄せきてんじゃないすかね!?
ひょっとして、ヒロインを更生させるほうへ舵を切るべきだったか!?
「ふふ、さて。どうしようかな?」
あ、笑顔だけどこれ、怒ってますね? え? 怒ってる? すいません、怒ってます?
「恋愛と結婚は禁止しておこうかな。……気持ちの整理がついてない場合は……まあ、延長戦だよね?」
「好きなことしていいって言ったのに?!」
「ん……? まさか、恋愛するつもりだったの?」
髪にキス、というより、唇を当てたまま聞いてくる。
怖い。
下手なこと言ったら……
「いや、それは、予定には有りませんが、人生何があるかわからな」
下手なことを、言ってみたら……
「あはは、やだなアーシャ。そんな冗談やめてよ……僕を好きになるまでお城に閉じ込めたくなっちゃうかも?」
ヒエッ!!
優しい口調なのに圧がある。
この方、まだ中身、子供ですよね? 子供だよねぇ!?
「ああ、2年距離置くのやめようか……。そっちでも僕は良いんだよ。アーシャ」
「そっ そこは肝に命じておきます!!!」
「よろしい(ニコ)」
み、みーしゃあ……可愛かったミーシャは、どこおお……。
「王都に着いたら、逃げる隙を僕がつくってあげるからね」
「はい……」
完全に手のひらの上で転がされている……。
「さてと、それなら早く船を作らないとね。今日はいくつかハウスを作ったから、さすがに疲れちゃった。明日以降みんなでその事を考えようか」
そう言ってやっと髪から手を放した……。
「は、はい」
「敬語やめてね。そろそろ太陽が傾いてきたね。……アーシャはまだここにいる?」
あっ ハイ。いえ、かえります。
「……ううん、夕食の支度をするよ」
「じゃ、帰ろ。僕も一緒にやるから」
そう言ってミーシャは立ち上がり、私の手を引いて拠点へと連れ帰るのだった。