樹の家に着くと、そろそろ夕暮れだ。
樹の中で、拾ったロープ包を開けてみると、食べ物が入っていた。
干し魚や、缶詰。パン粉や小麦、パスタまで。
あ! 塩と砂糖入ってた!! これは大幸運!
どれも、しっかり魔力で保護されており、海水で濡れてない。やったね。
「結構ごちそうが手に入ったね」
「その丸いの、結構あるよ」
「え、缶詰あるの?」
「うん。島にいくつか、僕の秘密のお部屋を作ってるんだけど、そこにまとめておいてるよ」
なんと。
「食べ物の絵は描いてあったけど、食べものは困ってなかったから……転がしたり、積み上げて遊んだりとかしてた!」
缶詰が幼児の遊び道具になってた!
でもまあ、娯楽がないこの島では、良い遊び道具だったかも。
それを思うと少し切なくなった。
小さな子供が一人でコロコロと缶詰ころがしたり積み木遊びしてたのか……。
「おねえさん、どうしたの? 泣きそうなの?」
ミーシャが心配そうに顔を覗き込んできた。
「ん、大丈夫だよ。ミーシャは本当に良い子だね」
私はミーシャの頭をなでなでした。
「???」
ミーシャは少し不思議そうにしたが、またえへへ、と笑った。
うーん、どんどん仲良くなってしまっている。
あとでヒロインに怒られるかも。私の攻略対象なのに! みたいな……。
あのヒロインも多分、この世界に生まれた純粋なヒロインじゃなくて、このゲームをプレイ経験がある転生者に違いないと思ってる。ハーレム云々ブツブツいうくらいだし。
前世でいっぱいそういう小説読んだモン。
その歪んだヒロインたちと、やってる事がそっくりだ。
私もヒロインに生まれ変わっていたら、そんな感じで歪んだ性格になってしまってたのだろうか。
想像がつかないでもない。
前世で普通に生きてた人間がいきなりヒロインなんて強い立場を手に入れたら、世界を手に入れた独裁者の気分になってしまうかもね。
食事をとったあと、歯ブラシも数本入手できたので、ミーシャの歯磨きをしてあげた。
すごいなー、虫歯全然ない。
歯もきれいに生え変わってる。
ホワイトあんどホワイトで歯医者いらず。どうなってんの無人島暮らしなのに。なんかの補正はいってんのかしら。
彼の歯磨きを終えて、自分の歯磨きしようとしたら、なんとミーシャが私の歯磨きをしようとした。
「あ、いや。お姉さんは自分でできるから良いんだ」
「えー……、やってあげたかったのに」
良い子だなぁ。
「さてと、そろそろ寝ようか」
私はパジャマの上着だけ拝借することにした。
ネグリジェはトランクには入れてなかったんだよね。
やっぱ寝る時は、ゆったりした服を着たい。
ズボンのほうは、ミーシャに着せた。ぴったりだな。よかった。
私と言えば男物のパジャマだから、ブカブカだ。
前世で言えば彼シャツ状態だ。良くいえばネグリジェ。
さて、今日はちゃんとベッドをお借りしよう。
「…………」
ん? ミーシャがこっちを見て、少しほっぺを赤くして無言だ。
「どうしたの? ミー……」
言いかけて、がば、と抱きしめられた。
えっ!
「おねえさん、か、可愛い」
「えっ」
「抱っこして寝ていい?」
「えっ いや、それは……あ」
ひょっとして、寝る時のお供の人形とかテディベアー的な!
でもこれ、パジャマ着ただけだよ!?
どういう心境!?
「だめ?」
ミーシャの目がうるうるしている。……ううっ。
落ち着け、私。
そうだミーシャは今まで寂しい生活を送ってきたのだ。
人が恋しかろう。
見た目が成人男性であろうとも、こいつの心は幼児!
傷つけてはならない。
大体、私も前世では抱きまくら使用者だった。
アレは良い。みんなぜひ使うべきだ。
公爵家でも作らせて使ってたし。
ああ……思い出したら抱きまくら欲しくなってきた!
それはともかくとして。
私はミーシャの頭を撫でて、言った。
「いいよ、温かい島ではあるけれど、夜は冷えるしね」
「わーい!」
そのまま二人で横になる。
寝ながら話をする。
「拾ってきた本、読めそうでよかったね」
「あれって、お話が書いてあるんだよね?」
「正解。ミーシャは賢いね。物語集みたいだったよ」
私は知識書が欲しかった、残念。
でもミーシャの楽しみになるものが拾えてよかった。
「空き時間にお勉強教えてあげる」
「わーい。楽しみ!」
ペンと紙がほしいなぁ。
トランクの中には一応あったけど、勉強用、となるとちょっと足りなさすぎる。
「おねえさん」
「ん?」
「おねえさんの、瞳。紫色で綺麗」
じっと私の目を見て微笑んで言う。
イケメンだなぁ。
「君の瞳も青くて綺麗だよ。晴れた日の海みたいな色だね。きっと人間社会で生きてたら君はモテモテだよ」
間違いない。
「モテモテってなあに?」
「うーん、いろんな女の子が君のことを好きになるってことかなぁ」
「おねえさんは? 僕のこと好き?」
「もちろん。君は良い子だから大好きだよ。さ、おやすみ」
私は、母親になったつもりで、彼の額におやすみのキスを落として頭を撫でた。
「……はう。今のはどういう事? キスなのはわかるけど」
ミーシャの顔がかーっと赤くなった。
ん? おやすみのキスは、なんとなく知ってるんじゃないかと思ったけど。
でも王子なら、そういうアットホーム経験ないかもしれない。
寝る時もきっと一人だったろうし。
うちの公爵家でもめったにそういう事はなかった。
「おやすみの挨拶みたいなものかな。家族同士でしたりするよ」
「挨拶……そっか」
ミーシャが私の額にチュッとしてきた。うおっ……。
「おやすみ、お姉さん」
「……おやすみ、ミーシャ」
イケメンだから破壊力高い。しかしこいつは幼児。勘違いしてはならない。
さて、本当に寝よう。
農家したり酪農したり、明日からは文字教えたり、色々忙しい。
そうそう、お風呂作りの相談もしたいしね。
おやすみなさい。