「え? 他にも人がいるの?」
「うん」
樹の家に帰り、昼食をとっている時に、あいつらの話をミーシャにした。
私が、その人たちに好かれていないってことも。
場合によってはミーシャに危害を加えるかもしれない、とも。
「えええ、怖いなあ」
「とにかく、その二人が何か言ってきても、信じちゃだめだよ」
そんな事いう私も昨日出会ったばっかりで、信用もなんもないんだけども。
少なくとも、第二王子のドミニクスが、神鳥連れてる第一王子と仲良くできるわけがない。
彼が王宮に戻れば、確実に王太子の地位はミーシャに移る。
それだけ神鳥の存在は大きい。
「うん、お姉さんがそういうなら」
にっこり笑って良いお返事。良い子だ……!!
そして、漂流物を見に行きたい、という話をする。
「ああ、それなら。ご飯の後でいこうよ。一番よく流れ着く場所知ってるから」
「ミーシャは頼りになる男の子だねぇ」
「えへへ! まかせてー。この島のことなら知り尽くしてるよ!」
島民ガイド強い!
◆
「お姉さん、こっちだよ」
まるで、エスコートされるみたいに、手を引かれ、海岸の岩場を降りる。
「ミーシャ、私、こんな岩場へっちゃらだから手を引かなくても大丈夫だよ」
「あ……そか、わかった」
ミーシャはなんとなくのように、自分の手をじっと見た。
記憶はないけれど、子供とはいえ王子だったのなら、エスコートの経験があるはずだ。
やらされるからね。
その記憶にない昔の習慣から出たのかもしれない。
自分でも不思議なのかもね。
ミーシャに連れて行ってもらった海岸は、思った通り色々落ちてた。
「うわぁ、結構落ちてるね……お!」
やった! 旅行用のトランクが落ちてる!
衣類が手に入る予感!
「おねえさん、欲しい物あった?」
ミーシャは海水でびしょびしょになってる本を拾い上げてる。
乾かして読めるかな?
本当に本が好きなんだね。
「うん、多分。あまり長居したくないから、さっさと行こう。ミーシャはそれだけでいい?」
「うん」
トランクを、ミーシャと出会った滝壺近くへ運び、開ける。
トランクデザイン的に男物かな?、と思ったらビンゴだった。
襟シャツに、シャツ、ズボンが何点か。
掘り出し物だよ!!
背丈のある男性のものだったのか、サイズもゆったりしている。
ついでに、タオルや手鏡にブラシ……旅行カバンには大抵入ってそうなものが詰まってた!
個人的には石鹸が入ってるのは、超嬉しかった!
……お風呂、つくりたいなぁ。
私は魔力で闇を浮かべてそこから数本、腕を出す。
その腕を使って、じゃぶじゃぶ洗濯した。
「わ!? お姉さんなにそれ!!」
「びっくりしたよね。お姉さん闇属性なの。こうやって闇の球を浮かべてねー。手出したりして自分の手の代わりに使ったりできるんだよ~」
「すごーい! おもしろーい」
魔力を温存したいときは素手で洗濯するけどね。
今日はそんな必要もなさそうだから。じゃぶじゃぶ。
「ミーシャ、君の着替えが手に入ってお姉さんは嬉しい」
「え、でもそれはお姉さんが着てよ。僕はこのままでも」
「だめ」
「え」
「お 願 い だ か ら 着 て」
頼むから脱腰ミノしてくれ……!! 少なくとも私といる間だけでも!!
衣類はたくさん入ってたから、私もいくつかは使わせてもらうけれども。……まずはお前だ!!
しばらくすると、洗った服は結構早く乾いた。
早速シャツとズボンを着せてみる。
「ん……動きにくいなぁ。でも肌触りはいいね。えへへ」
そう言って微笑んで、髪をかき上げるミーシャ。
う。
……やばい、これは、かっこいい。
しまった、これ。
あの腹黒ヒロインが見たら、絶対落としにくるぞ……。
いや、そもそも。この子は攻略対象なのかな?
この世界の基盤となってる乙女ゲームを私は知らない。
知らないけど、なんとなくピンときたんだよね。これ、乙女ゲームの世界だって。
だから自分は悪役令嬢だと思ったし、やっぱり断罪イベントも来たし。
だから、前世で色々プレイしたり本で読んだ経験から、こういう子って隠しルート、隠しキャラなのかも……、とピンとくるのだ。
それに第一王子だしな。
この手のゲームで、第一王子が攻略対象に入ってないとか、まずありえないだろう……。
「……」
もし、ヒロインがこの子を落としたとしたら……。
学園であったことを思い出して、ちょっと心が沈んだ。
いわゆる攻略対象たちは、ヒロインがやってくるまでは、友人とまではいかずとも、同じ学院にいて嫌われるような間がらでもなかった。
なのに、彼女がやってきてからは、私を『わざわざ』憎しみを向けてくるようになった。
悪役令嬢だから仕方ないんだろうとは思いつつも、傷つかないわけではなかった。
この子がそうなったら……この純朴な瞳に憎悪を浮かべるようになってしまったら、私は立ち直れないかもしれない。
でも、それでも、この子が攻略対象だったとしたなら、この子はヒロインのもの、なんだよね。
それなら、ヒロインからこの子を隠そうとするなら、やはり私は悪役令嬢だ。
……私はこの世界での必要悪。倒されるべき役回りなんだ。
忘れる所だった……自分の立場、しっかり覚えておかないとね。
その為に逃げる準備してたんだから。
でも、あのヒロインのせいで、この子の瞳が曇るのは嫌だ、という気持ちは消せる気がしなかった。