「……ぐすっ」
「……ん?」
少し落ち着いて見ると、男は泣いていた。
強い力で私を抱きしめているものの、震えている。
「えっと……言葉通じます?」
私は声をかけてみた。
すると男は顔を上げた。
――う。
顔は薄汚れているけれど、精悍な頬に、端正な顔つき。そして海のような青い瞳。
その切れ長の目から、涙が滝のように流れ落ちている。
「えっと……あなた、は? 言葉わかります?」
私は流れる涙に手を伸ばして拭った。
冒険者魔法に、言葉を通じさせる魔法があるにはあるが、とりあえず共通語で話しかけてみる。
男はコク、と頷いた。
「うん……。わかる。おねえさん、突然抱きついて、ごめんなさい……」
男はそう言うと、手を放し、私から少し距離を置いた。
パタパタ、と先程肩に乗ってた鳥が追いついてきて、その肩にまた止まる。
……ん? お姉さん? どう見ても同じ年もしくは少し上に見えるけれど。
「あなた、お名前は?」
男は首を横に振った。
「わからないの……あっ! ごめんなさい」
男は私が取り落とした制服のブラウスを、私の上半身を隠すように押し付けてきた。
なんだ、良い人……良い子? じゃない?
とりあえずタンパク質にされる心配はなさそうだ。
「ああ、ありがとう」
私はにっこり微笑んだ。
「……っ」
男は少し顔を赤くした。
「君は一人……?」
「うん、ずっと一人だったよ。ぐすっ。気がついた時からずっとここで一人っきりなの」
……? 喋り方が、まるで小さな男の子だ。
「どこから来たとかわからないの? ここに来る前のことを何も憶えてないの?」
「(コクコク)」
私は察した。
おそらく、船の事故でここにたどり着き、さらに記憶を失くしたんだな。
喋り方から考えて、きっとそうだ。
幼い頃からここで一人で生きてきたんだろう。
教育してくれる人もいないから、その時のままの喋り方……と。
ふむ……名前がないと不便だなあ。
とりあえず……私は前世で好きだった映画俳優の名前で呼ぶことにした。
「しばらく、ミーシャって呼んで良いかな」
「みーしゃ。いいよ。うん、僕おぼえた」
「私の名前はアナスタシアよ。よろしくね」
そして私も、船の事故で今日この島に流れ着いたことを彼に話した。
彼はなかなか飲み込みが早く、すんなり私の話すことを理解してくれた。
「うん。ねえ、おねえさん、そろそろ暗くなってきたから、僕帰るけど……狭くてよかったら僕の家くる? 夜は魔物や肉食のケモノが多くて危ないから」
お。渡りに船。
ちなみに普通のケモノは魔力を持たない、いわゆる動物枠。
魔物はこの世ならざる異界からやってくる化け物、みたいな枠だと思ってもらいたい。
どっちも危ないのに変わりないけれど。
「いいの? うれしい、とっても助かる!」
今日のところはお世話になろう。
私はミーシャに連れられて、彼の家へ向かった。
◆
ミーシャの家は、とても大きな樹の高い位置に、ぽっかり開いた穴を利用したものだった。
まるで童話にでてくるメルヘン小動物のおうちのようだ。
穴が小さければ、小鳥やリスさんとか住んでそうな。
ちゃんと扉がついている。すごい。
「この扉、自分でつくったの?」
「うん」
「すごいねー」
「えへへ」
話し方が、本当に小さな男の子のまんまだな。
顔が可愛げのあるイケメンだし、慣れてきたのもあって普通に可愛く見えてきた。
中には藁のベッドがあったり、小さな木のテーブルがあったり。
これは……メルヘン!
「可愛いテーブルセットだね」
「えへへ。でも、最近小さくて」
「確かに、身体のサイズに合ってないね」
「うん、そのうち作り直したいんだ。さ、おねえさん。ここで寝て」
ミーシャが藁のベッドを指さした。
そしてなんと、何かのケモノの毛皮が敷いてある……。
あれ? よく見ると藁の下に綿……ウール? まで。
「え、でも。君のベッドでしょ。いいよ、私は床で」
「いいんだ、そのベッドも小さくて最近使ってないんだ僕。大丈夫だよ。ほら床で寝る用に編んだ藁があるんだ」
そう言うと、彼はベッドの下からゴザのようなものを取り出した。
子供の頃から何年もサバイバルしてるだけあるな……教えてくれる大人もいないのに、これだけのことをやるなんて、もともとかなり賢いお子様だったのでは?
私は感心した。
「そっか、じゃあ遠慮なくベッドは使わせてもらうね」
なんだか気持ちがほっこりした。
寝床の割り振りが決定すると、次にミーシャは食事を用意してくれた。
「え、ミルク!?」
「うん。少し遠いところでヤギさん、飼ってるんだ」
「へえー」
「えっ。じゃがいもにとうもろこし!?」
「あ、それで合ってたんだ。今日のお昼の残りしかなくてごめんね」
「農耕してる!?」
「のーこー? ああ、農耕。ちょっとお庭みたいなの作って水やりとかはしてるよ」
「脱帽だわ……」
「???」
ち、小さい子(いや、大きいけど)がたくましく、こんな生活をしているだなんて!
というか魔物はどうしてるんだろう。
こんな戦い方も教えてもらえない環境で、こんな子が……あ。
「ミーシャって魔法使える?」
「魔法? うん、使えるよ? ほら」
そう言うとミーシャは手の中に小さな光をふわり、と浮かべる。
「うあ」
「えへへ、綺麗でしょ」
光魔法じゃん。
光魔法には確か、自動(オート)攻撃魔法があったはず。
予め魔力をこめた光を自分のそばに浮かべておくことにより、主の危険を察知すると勝手にその光が敵を攻撃する。
なるほど、道理で小さな子供が生き残れるワケだ。
この世には結構な種類の属性魔法があるけれど、光魔法はレアな部類だ。
それこそ王族とか……ん?
そういえば、私もまだ幼少だったころ。
第一王子が船旅の途中に、事故に合い、行方不明になる事件があったはず……。
私はミーシャを思わず見つめた。
「???」
キョトン、とするミーシャ。
いや、まさか。そんな。
……こんな生活をしているのに顔にどことなく品がある。
あれ? 良く見たら黒髪に青い瞳、そして顔つき……王妃様に似てない?
ちなみに第二王子であり、私の婚約者であるドミニクスは父親似。
アーモンド色の髪にグリーンの瞳で、ミーシャとは兄弟だったとしても全然似ていない。
……いや、いやいやまさか。……ん?
ちょっと待て。
ミーシャの肩に乗ってる鳥……白くて気品があって……尾が長くて……言ってみれば白い鳳凰、みたいな……これに似たようなの、どっかで……。
「あ」
「う?」
……王様だ!! 王様の神鳥だ!!
代々王家は、次に王位を継ぐ者に、神鳥が姿を現し、生涯通してその王のサポートをする。
……それだよ!!!
弟で私の婚約者のドミニクス殿下には神鳥が降臨していない……。
間違いない!! この子、何がなんでも、王位継承権第一位だよ!!
この子が王宮に帰れば、ドミニクス殿下を押しのけて、間違いなくこの子が次の王様だ……。