次の日、颯玄は祖父の下を訪れた。その表情は緊張していた。
部屋に入るとサキがいた。後で来るであろうとは想像していたが、自分よりも早く来ているとは思っていなかったので颯玄は驚いた。2人の前に座る形になった颯玄は、おもむろに口を開いた。祖父から促される前に、先手を打った感じだった。
「昨日の話だけど、一晩考えた。武者修行の気持ちは変わらない。最初は自分一人で全国を回ろうと思っていたが、突然サキの話が出てきて、昨日は全くその考えが頭に浮かばなかった。武者修行に女連れというのは聞いたことが無い。俺が知らないだけかもしれないが、想像できなかった。でも、俺が怪我をした時とかいう話が出た時、それはあり得ると思った。全国には強い相手もいるだろうし、知らない武術と遭遇した時、不覚を取るかもしれない。幸い、掛け試しでも怪我をすることは無かったし、稽古でもそうだ。だから戦うことで生じる問題点を忘れていたような気がする。昨日の話はそこを気付かせてくれた。ただ、サキが普通の女だったら絶対に断った。足手まといになると感じるのは間違いないし、俺の気持ちも分かってくれないと思った。だが今は同じ道場で稽古していることでサキの空手に対する気持ちも分かっているつもりだ。好き嫌いという感情抜きで一緒に旅をしてくれるのなら、そういうことも有りかな、と考えるようになった。もちろんこの考えは俺の一方的なことだし、我儘だ。サキが一緒に来ても俺は何もしてやれないかもしれない。そんな俺の勝手な我儘を理解してくれるなら、一緒に旅することもできるかな、と考えたのが俺の結論だ。自分勝手な言い分だけど、もともと俺は一人で旅するつもりだった。だからあくまでもその同行者ということで良いなら・・・」
颯玄自体、自分の話が一方的で傲慢なことは理解していた。だからと言って自分の考えを変に取り繕っても、後でサキに迷惑をかけるのではということを念頭に置いた話だった。そのことでサキのほうから辞退してくれたら、という期待も心のどこかで考えていた。
祖父とサキには颯玄の心の中までは分からなかったが、黙って話を聞いていた。
「・・・お前の気持ち、考えは分かった。大人の男が決めたことだからわしは何も言えない。サキさん、お前はどうだ。今聞いた通り、颯玄の考えはとても傲慢で我儘だ。お前にとっては良い話ではないかもしれないが、どうする? 同じように一晩考えるか?」
その言葉にサキは凛として表情で答えた。改めて正座し直してからの返事だった。
「先生、颯玄に付いていく相談をした時からそれさえできれば他はどうでも良かった。だから、颯玄が同行することを断らなかっただけで十分です。一晩考えるということ必要ない。今、この場で一緒に行くとお返事します」
その力強く、迷いのない言葉に祖父と颯玄のほうが驚いた。肝が据わっていると、改めて感じていた。颯玄に対する思いと自分の心に強いものがあるのだろう。祖父はその話を聞いて、静かに頷いていた。
「・・・それなら颯玄。サキさんもそうだが、旅立ちは3ヶ月後にしなさい。その間、まだ早いと思うが、久米家に伝わる秘伝の技を伝授しよう。お前たち2人のみに教える。他の門弟に見られないようにするので、そのつもりで」
この稽古はその日の内から始まった。
そして3ヶ月後、2人は沖縄を発った。