祖父の話が武術とは違うことを言っているように颯玄には聞こえたが、理解できないわけではない。これまで組手の稽古や掛け試しの時にも、相手のことは考えたつもりだった。
だが、今回の話は空手となかなか重ならないのだ。全く次元が異なるような話のような感覚だった。そんな颯玄の様子を見て祖父はさらに続けた。
「では、そんな難しいことではなく、もう少し現実的な話をしよう。お前が本気で武者修行に出た時、誰かの助けが必要なことが必ず出てくる。サキさんはお前の修行の邪魔をするつもりはない。ただ、お前が夢を達成する手伝いをしたいというだけだ。例えばお前が怪我をした時、あるいは病に伏した時、看病してくれる存在があれば助かる。これまで幸いにもお前はそういう経験が無かった。もしそうなっても両親がいる。だが、この地を出て武者修行の道に入る場合、そういうことがあると覚悟しなければならない。先人の逸話にもそういうことがあるが、それを自分の身に置き換えて考えることが必要だ。ただ突っ走るだけしかできない武術家を猪武者と言うが、勢いが途切れた時に脆い。本当の武術家というのは場を読むことが大切で、常に慎重に考え、何かあった時にどうするか、という意識を持っていなければ大成する素質はあっても志半ばで倒れてしまうことがあるのだ。サキさんはそういうことまで考え、お前のために支えになると言っている。そういう心を分かってやれ」
颯玄は祖父の言葉に言い返すことができなかった。聞いていれば理屈は通っているし、そのことについては何も言えない。だが、自分の武者修行にサキも付いてくるということがどうにも想像できないのだ。
「分かった。一晩考えさせてくれ」
颯玄はそう言って部屋を出て、自宅に戻った。このまま稽古する気持ちが起こらなかったのだ。祖父とサキはそのまま部屋に残った。祖父の目は「大丈夫」と言っているようにサキは感じていた。