颯玄はまずは自宅に戻った。両親は思ったよりも早い帰宅に何かあったのか心配したが、表情が暗いわけではない。むしろ清々しい感じだ。その様子に何も聞かずにゆっくり休ませようと思った。
次の日、颯玄は祖父の下を訪れた。自分がやりたいと気付いたことを告げたかったからだ。
道場に着くと、祖父がいる部屋に行き、正座した。その様子は何か吹っ切れたような感じで、祖父も変化に気付いた。
「颯玄、顔つきが変わったな。滝行で何か感じたか」
祖父は少々厳しい表情で颯玄の目を見た。颯玄は微動だにせず、祖父の目を見返している。
「悟ったというような大言壮語はしません。でも、武者修行をしたい、という気持ちになりました。そこで久米の先人が経験したようなことを俺もしたいと思います」
祖父は颯玄の話をじっと聞き、少し間を置いてから口を開いた。
「・・・そうか、お前にも久米の血が流れているからな。掛け試しを行なった時からいずれお前の口から武者修行の話が出てくると思っていた。稽古の年数や現在の実力からすれば、これからお前の力を伸ばすには良い経験になるだろう。・・・それで、どこへ行く?」
颯玄は祖父から肯定的な言葉が出るとは思っていなかった。てっきり「行くな」と言われると思っていただけに意外だった。
もっとも、反対されても行くつもりだったので、この反応は肩透かしを食わされた感じだった。予想外の返事だったので、どこへ行くと問われてもすぐに返事することができない。
「強い人と戦いたい。だからそういうところに行く」
実に漠然とした答えだ。精一杯答えた颯玄に祖父が言った。
「では、日本国中を歩いてみろ。有名・無名を問わず強い人はどこにでもいる。お前もここでは強いと言われるようになったが、まだまだ井の中の蛙だ。戦って怪我をしたり、命を落としそうになるかもしれない。命まで落とさなくでは腕や足を無くし、二度と武術ができないような身体になるかもしれない。武者修業とはそういうものだ。頭で考えているほど易しいことではない。お前にその覚悟はあるか?」
「ある!」
颯玄は力強く、祖父からの問いに間を置かずに答えた。そこには決意のほどがしっかり詰まっていた。