颯玄は地面の上に持ってきた布を敷き、横になって夜空の星を見つめながら考えていた。自然の中に本当に自分一人で身を置く環境になっているが、空気を感じ、闇を感じ、聞こえるか聞こえないかの音を感じ、そこに少しでも溶け込めれば、という意識で横たわっていた。
こういう環境について、颯玄自身は気にならなかったが、ハブだけは気になっていた。もし噛まれた場合、すぐに対応しなければならないからだ。命に関わることであり、それについてはいかなる空手の達人でも贖えない。ハブは夜行性なので、颯玄が休んでいる時が活動時間になる。そう考えるとオチオチ寝ていられないが、そこは運と割り切り、自分が決めたことだからということで、まず一夜を明かした。
いつの間にか寝落ちした颯玄は次の朝、目を覚ました時に自分に言った。
「昨晩は大丈夫だったか」
実感だった。もし昨晩、噛まれていたら今日の自分は無い、といった気持ちだった。朝が来ない状態にならなかったことに感謝しながら、再び滝行を含めた稽古を開始した。
緊張感のある夜を過ごしたせいか、何か感覚が変わってるような感じがある。
しかし同時に、たった1日で大きな変化があるわけはない、多分十分眠れていないことが関係しているのだろう、と自分に言い聞かせていた。
持ってきた食べ物を口にし、早速、朝の稽古に入った。お腹を十分満たすだけの量は摂らなかったため、すぐに準備運動代わりに基本などで汗をかき、そのまま滝つぼのほうに行った。水の感触は前日と同じだ。
まずはただひたすら水に打たれた。昨日よりも早く、水の冷たさや痛さを感じなくなった。音も同様だった。時間も感じない。
この場所での滝行は初めてだったが、これまで同じようなことはやっている。そのためか、滝に打たれるということそのものについては慣れているからか、昨日同様、水圧を感じながらのその場突きを行なった。
目の前には滝の水以外には何もない。自分に腕にはその水の重さを感じるだけだ。前日と同じ状況だか、颯玄の頭の中に一つの閃きがあった。
「広い世界で戦いたい。今、俺の腕にはこれまで戦ってきた誰よりも大きな力が加わっている。いくら突いても水は倒れない。俺が知らない世界にはそういった強い男たちがいるんじゃないのか。確かに祖父や知念先生は強いだろう。でも、もっと異質な相手、俺が知らないような戦い方をする者がいるんじゃないのか。今経験しているこの滝の水のような・・・」
滝行の成果とは言えないかもしれないが、自分のやりたいことが頭に浮かんだのだ。
「これも俺が祖父の血を引いているせいなのか? この滝はそれを俺に教えたのか?」
自分で思ったことに思わず笑みを浮かべる颯玄だったが、何か悟ったと言えることではない。
だが、これを滝行修行のおかげで心の声を聞けたとし、道場に戻り、祖父に話そうと考えた。自分がこれからやりたいことに気付いたのだ。